第78話 蛇の将軍、まさかの一目惚れ!?
それを聞いたみんなは、一気に目の前がパッと明るくなった。
トニは思わず波有をぎゅっと抱きしめ、目に涙を浮かべながら問いかけた。
「本当なの!? 私の一族が、これでもう救われるのね?」
波有は少し気恥ずかしそうに俯き、小さな声で答えた。
「まだ頭の中の思いつきでしかないんだ。本当にそんな力が私にあるかどうかは分からないけれど……もしできるなら、絶対に力になりたい」
隣で小亀も嬉しそうに声を弾ませる。
「絶対にできるよ! 師姉は今、人魚の姫としての本当の姿を取り戻しているんだ。あの頃の魔力さえ戻れば、不可能なはずがないよ。なるほど、仙尊様が宝石をくれたのには、そんな深い意味があったんだね」
伊貴の顔にも優しい微笑みが浮かんだ。
二人の少女を見つめながら、トニのために心から喜んでいた。
それから、彼はぐるりと周囲を見渡し、廃墟の様子を観察した。
「それにしても、昔ここにはどんな凄い人が住んでいたんだろうね」
「詳しくは分からないの。小さい頃に、お母さんから聞いたお話なんだけどね」
トニが記憶をたどるように言った。
「そのまた昔のおじいさんのお話では、一万年前のこの場所は、砂嵐は強かったけれど豊かな森や湖があったらしいの。人間界のお偉いさんや仙人たちも、ここに立派な宮殿や街を建てて暮らしていたんですって。それがだんだん乾燥していって、数千年前に鷹王が来て支配者になってからは、完全に砂漠になっちゃったみたい」
波有の顔にぱっと笑みが浮かぶ。
「じゃあ、大昔のオアシスの水源は消えたわけじゃなくて、ただ地面のうんと深いところに隠れているだけかもしれないね!」
そのとき、伊蘭がちょっと空気を読まない調子で二人の会話に割り込んできた。
「波有のアイデアは確かに素晴らしいと思うぜ! でもな、師父たちが今も都で助けを待っていることを忘れちゃ困る」
伊貴もハッとして頷いた。
「大師兄の言う通りだ! 今は先のことを考えるより、先を急ごう! あのずる賢いヘビの将軍に、俺たちの逃亡がもうバレているかもしれないからね」
そうだ、今は何よりもまず、この砂漠を脱出することが最優先だ。
鷹王や手下たちが、すぐ後ろまで追ってきているかもしれない。そう思うと、みんなの心に一気に緊張が走り、自然と足取りが速くなった。
―――
トニの案内で地下宮殿を通り抜けると、目の前にそびえ立つ巨大な絶壁が行く手を阻んだ。
彼女が頭上を指差す。
伊貴が夜明珠を掲げて照らし出すと、崖の壁面に、岩に穴を開けて丸太を差し込んだだけの、細くて危なっかしい棧道が上へと伸びていた。
波有がそれを見て怯えた表情を浮かべたので、トニは優しく微笑みかけた。
「大丈夫よ。上の道は見た目よりずっと頑丈に作られているから。下を見ないで、前だけを見て進めば怖くないわ」
一行はトニの後に続き、細く曲がりくねった道を慎重に一歩一歩、螺旋を描くように上へと登っていった。
波有は絶対に下を見まいと、すぐ前を歩く伊貴の足元だけに視線を釘付けにし、彼の足跡をなぞるように必死についていった。
誰も口を開かず、ただ静かに暗闇の階段を登り続けた。
どのくらい歩いたろうか、やがて前方にうっすらと外の光が見えてきた。
トニが振り返り、彼たちに笑顔を向けた。
「みんな、大丈夫? もう少しで外に出られるわよ」
「外って、もう砂漠を抜けたのかい?」伊貴が期待を込めて尋ねたが、トニは首を振った。
「ううん、まだよ」
彼はがっくりとため息をついた。
「やっぱり、まだしばらく砂漠を歩かなきゃいけないのか……」
トニはクスクスと笑った。
「でも、ここはもう砂漠の端っこよ。地上に出れば、遠く通天山の雪山が見えるはずだから!」
その言葉に、みんなホッと胸を撫でおろした。
とにかく、この足元がすくむような崖の上の棧道から、もうすぐ解放されるだけでもありがたかった。
波有のすぐ後ろを歩いていた小亀が、小さな声で話しかけた。
「師姉、トニちゃんの白いローブは、これからは一人で着なよ。僕はもう大丈夫だから。本当は白鶴がいない代わりに、元の姿に戻ってみんなを乗せて飛びたかったんだけどな……。今思うと、ちょっと調子に乗りすぎだったよ。あのまま外を飛んでいたら、今頃熱風でカサカサの干物になっていたかもしれない」
波有はそのセリフがおかしくなって、悪戯っぽく笑い返した。
「じゃあ、私が一緒に飛んでいたら、魚の干物になっちゃってたね?」
それを聞いた彼らも、どっと笑い声が沸き起こった。
笑い合いながら進むうち、前方の光の輪はどんどん大きく、眩しくなり、みんなの足取りも自然と軽くなっていった。
―――
ところが、突如として、眩しい光の輪の中に、どす黒い人影がぬっと現れた。
いや、それは人間の頭を持った、不気味な大蛇のシルエットだった。
続いて、人面桃将軍の忌々しい声が洞窟内に響き渡った。
「大王様の大切なお宝を盗み出すとは、身の程知らずな泥棒猫どもめ!」
言い様、将軍は長く太い尻尾を猛烈な勢いで振り抜いた。
ズガガガンッ! と激しい音がして、洞窟の出口に組まれていた太い丸太の支柱が、一撃で木っ端微塵に粉砕される。
蛇の将軍が尻尾を左右に激しく振り回すと、ゴォッという音とともに大量の黄砂が洞窟の内側へと吹き込み、身を隠していた波有たちの姿を容赦なく暴き出した。
人面桃は、まさか逃亡者の中にトニまで混ざっているとは思わなかったらしく、一瞬だけ動きを止めた。
「ほう……案内人がいたわけか! 貴様らがここまで迷わずに来られたのも納得だ。お妃、大王様を裏切るなど、自分がどうなるか分かっているのか? 哀れなことだ、お前の大姉(長女)までが、妹のせいでどんなお仕置きを受けることになるか!」
トニは恐怖で身体を震わせながらも、必死に声を絞り出した。
「お姉様は何も知らないわ! これは、私一人が勝手にやったことよ!」
伊貴がすかさず彼女の手をギュッと握りしめた。
「怖がらなくていい、俺たちがついている。みんなで君を絶対に守るから」
その様子を見た蛇の将軍は、嘲るようにゲラゲラと笑い出した。
「守るだと? 人間の言葉に『泥の仏像が川を渡る(自分のことで手一杯)』というものがあるだろう。自分たちの命すら危ういというのに、よくそんな大口が叩けたものだ。本当にここから逃げ切れるとでも思っているのか?」
「現実を教えてやろう。盗み出したお宝にはな、それを守る精霊(器霊)の感知能力が宿っているのだ。お前たちがどこへ逃げようと、無畏にはすべてお見通しなのだよ!」
波有たちは思わず顔を見合わせた。
やっぱり、あのモヤシっ子の精霊に位置がバレていたのだ!
人面桃は勝ち誇ったように笑いながらも、脳内では超高速でソロバンを弾いていた。
(……おかしいな。あの神使の二人だけじゃなく、通天山の弟子が他にも二人増えているぞ。あいつらは星盤仙尊の身内だ。ガチで戦うとなると、こっちが一人で四人を相手にするのは分が悪すぎるな……)
精霊の無畏から「蓋紅沙が移動している」という知らせを受け、真っ先に現場へ駆けつけたのは将軍だった。
今頃、鷹王が数百匹の鷹衛隊(精鋭部隊)を引き連れて、大移動でこちらに向かっているはずだ。
(よし、ここは無理に戦わず、大王様が到着するまで言葉巧みに時間を稼ぐのが得策だな)
そう方針を決めると、将軍はわざとらしく柔らかい口調に切り替えた。
「いやはや、まさか助っ人まで連れていたとはね。最初からお宝を盗む気満々でここへ来たというわけか。おや、それにしても、そっちにいるお嬢さんは、ずいぶんと……」
将軍はまず伊蘭と伊貴の二人を警戒していた。何としても蓋紅沙を砂漠の外へ出させるわけにはいかないからだ。
そのため、隣にいた若い男女のペアには、さっきまでまともに目を向けていなかった。
―――
ところが、何気なくその少女に視線を移した瞬間――将軍の脳内は、真っ白にフリーズしてしまった。
言葉を失い、完全に目を見開いて固まる。
(なんだ、この娘は……!? 信じられないほど、美しい……!)
世のものとは思えないほどの、息を呑むような美少女がそこにいた。
大きくて黒い、吸い込まれそうな杏のような瞳が、冷ややかに自分を睨みつけている。
長い睫毛がパチパチと瞬くたびに、自分の魂までどこかへ吸い取られてしまいそうだった。
大王の腹心である彼の周りには、これまでにも数え切れないほどの妖怪たちが、媚びを売って擦り寄ってきた。
けれど、プライドの高い彼は、鷹王の側にいる皇后やお妃たちですら「中身のない退屈な女たちだ」と内心で見下していたのだ。
そんな彼が、生まれて初めて、一人の異性に対して心の底から胸を撃ち抜かれてしまった。
世界がひっくり返るほどの衝撃とともに、(何が何でも、この娘を自分のものにしたい!)という強烈な執念が湧き上がってくる。
しかし、美少女の隣では、端正な顔立ちの少年(小亀)が、怒りを露わにして自分を睨みつけていた。
彼が猛烈に気に食わず、激しい嫉妬が燃え上がる。
そこまで考えて、人面桃はさらに声を優しく作った。
「おやおや、二人の神使様は、可愛い師弟と師妹を連れてこられていたのですか。それならそうと、早く言ってくださればよかったのに! 」
「大王様はわざわざ宴を開いてもてなし、お妃様まで差し上げて、あと数日だけでも滞在していただこうとしただけですよ。それを無下にするなんて、少々冷酷がすぎるのではありませんかね?」
伊貴は警戒を崩さないまま、大人の対応で軽く拳を包んで礼をした。
「大王様のご好意には感謝いたします。ただ、星盤仙尊様が、僕たちの帰りが遅いのを心配されていると思いまして、急ぎ帰路についたまでです」
けれども、小亀は将軍の様子がおかしいことに気づいていた。
こいつはさっきから、あからさまに目の色を変えて、下劣な視線で何度も師姉を盗み見ているのだ。
小亀の胸の奥から、怒りの炎がトサカのようにブワッと燃え上がった。
「師兄! くだらないお喋りに付き合う必要なんてありません! 時間を引き延ばされたら、鷹王が来て本当に逃げられなくなっちゃいます!」




