第77話 地下宮殿の約束
出られた! ついに脱出だ!
激しい竜巻がすーっと収まり、一行が半空から砂丘の上へとドサッと転がり落ちたとき、頭や口の中は黄色い砂だらけになっていた。
けれど、はぐれることなく全員が一緒に、無事に逃げ切れたのだ。その事実だけで、胸が熱くなるほど興奮が込み上げてくる。
トニはそっと目を閉じ、体いっぱいに外の空気を吸い込んだ。
(……やっぱり違う!)
カラカラに乾燥した、一滴の水分も含まれていない熱い風、水分を含んだ沙の谷の涼しい風とは全く違っていた。
姉たちと一緒に砂の谷に入ってからというもの、長い間、故郷であるこの外の広大な砂漠に触れていなかったのだ。
―――
見渡す限りの砂丘がうねるように続き、まるで大海原の波がそのまま凍りついたかのようだ。
トニを先頭に一列になってゆっくりと進んでいく。
遠くから見れば、広大な砂の海をゆったりと進む一艘の小舟のようだった。
頭上からは容赦ない太陽の光が降り注ぎ、熱気がぎゅっと凝縮されて、砂漠全体が巨大なオーブンのように焼き焦がされている。
前にここを通ったときに命を救ってくれた『冰晶傘』は、もう鷹王の手に渡ってしまっている。
瞬く間に、波有と小亀は、お湯で茹でられた大エビのように真っ赤になってしまった。
トニはすぐに二人の異変に気づき、心配そうに声をかけた。
「大丈夫? もう少しだけ我慢できる? すぐ近くに秘密の地下通路の入り口があるの。そこに入りさえすれば、日に照らされなくて済むから」
そう言うと、彼女は身につけていた白いローブをパッと脱ぎ始めた。
「この服ね、強い日差しを防ぐ力がかかっているの。羽織れば、きっと少しは楽になるわ」
一瞬の早業で服を脱ぎ出したトニを見て、止める間もなかった少年たちは、一斉に顔を真っ赤にしてフイッと視線を逸らした。
「あはは、大丈夫よ! 中に全く同じものを着ているんだから。ただ、帽子がなくなっちゃうけどね」
トニは口元を抑えてクスクスと笑った。
見れば、確かに下にはもう一枚、寸分違わぬ白いローブを着込んでいる。
波有は本当に熱中症になりかけていたため、恥ずかしがっている余裕もなかった。
小亀の手をグイッと引っ張ると、トニの白いローブを二人で一緒にすっぽりと被った。
幸いにもローブはかなり大きめだったけれど、それでも一つの服に入るのだから、息を合わせないとまともに歩くこともできない。
最初はあちこちぶつかってギクシャクしていたものの、やがて呼吸を合わせ、「いち、に、いち、に!」と心の中で掛け声をかけながら、同じ歩幅で綺麗に歩き始めた。
その姿は、はたから見ると驚くほど息がぴったりで微笑ましかった。
小亀は、予期せぬ「至近距離の幸せ」にすっかり頭がのぼせてしまっていた。
顔をリンゴのように真っ赤にして、恥ずかしさのあまり前を見ることもできず、ひたすら足元にある波有の靴を見つめ、その声を聴きながら、一歩一歩ついていくのが精一杯だった。
「おいおい、見てみろよあいつら。顔を真っ赤にしちゃってさ。知らない奴が見たら、お熱いカップルにしか見えないぜ?」
伊蘭がまたニヤニヤしながら小亀をからかった。
すると、いつもは穏やかな伊貴が、珍しく少し呆れたように彼を窘めた。
「大師兄、少しは同情してあげてくださいよ。二人とも、本当に暑くて限界なんですから」
伊蘭はトニに向かってペロッと舌を出すと、自分の頬をパチンと叩いて、わざとらしく涙を拭うジェスチャーをしてみせた。
「悪かった悪かった! 俺が配慮に欠けていたよ、どうかみんな許しておくれ!」
トニはもうお腹を抱えて大笑いだ。
彼らと一緒に過ごすようになってから、この賑やかで楽しいやり取りを何度も目にしてきた。
彼女は心の中で、(外の世界って、なんて面白くて、笑顔に溢れているんだろう!)としみじみ感じていた。
トニのローブのおかげで直射日光は防げているものの、周囲を満たす熱風とカラカラの空気のせいで、波有と小亀の足取りは次第に重くなっていった。
一歩を踏み出すのすら、まるで泥の中を歩いているかのように苦しい。
それでも二人は歯を食いしばって歩き続け、ついにトニが地下通路の入り口を見つけ出した。
―――
周りはどこを見渡しても同じような砂丘にしか見えなかったのに、トニが先導して砂を払うと、砂丘のふもとにポッカリと大きな空洞が現れた。
入り口には、太くて頑丈な樹木の幹がいくつも交差するように組まれ、崩落を防ぐ支えになっていた。
洞窟の中は一寸先も見えない暗闇だったけれど、伊貴が懐から『夜明珠』を取り出すと、柔らかな光が前方をパッと明るく照らし出した。
トニは嬉しそうに目を輝かせた。
「すごい、素敵なお宝ね! それ、あなたたちの世界ではみんな使えるものなの?」
「これは海で採れる特別な宝物なんだ。魔力を使わなくても、置いておくだけで光るんだよ。今度、師父たちを無事に救い出せたら、伯父様にお願いして、トニちゃんにも一つプレゼントするよ」
伊貴が真っ直ぐな目でそう告げると、トニは急に胸がドキリと高鳴るのを感じた。
彼女は照れくさくなって少年の視線からパッと目を逸らし、誤魔化すように呟いた。
「……私ね、小さい頃に三姉とよくこの地下に遊びに来ていたの。すごく楽しいんだけど、ただ真っ暗なのが怖くて。でも、このお宝があれば、もう道に迷う心配もないわね」
夜明珠の光があるとはいえ、洞窟の地面はデコボコしていて歩きづらかった。
みんなで足元を取られながら長い時間進んでいくと、やがて目の前が完全に塞がれ、行き止まりになった。
そこは円形の巨大な崖のようになっており、下を覗き込むと真っ暗で底が見えない。
トニが振り返って説明する。
「底にはね、昔の地下宮殿が広がっているの。宮殿を通り抜けた先に、次の通路が繋がっているわ。真っ暗に見えるけれど、そこまで深くはないから、滑り台みたいに滑り落ちれば大丈夫よ」
大穴の下に降り立つと、夜明珠の優しい光が地下の広大な空間全体へと広がっていった。
「地下宮殿」とはいうものの、目の前に広がっていたのは、まるで巨大なクジラの骸骨が並んでいるかのような、不思議な白い骨組みの世界だった。
大木のように太い柱が二列にわたって真っ直ぐ並んでいるけれど、どれも高さがバラバラで、あちこちが激しく崩れ落ちている。
地面にポツポツと散らばっている古い土器の破片が、気の遠くなるような時間の流れを物語っていた。
いくつかの場所にはまだ崩れかけの壁が残っており、そこには躍動感あふれる美しい動物たちの彫刻が施されていた。
一体どんな材料で建てられたのか、かつての威風堂々とした面影はどこへやら、いまは夜明珠の光の中で白々とした寂しい光を放っている。
―――
「ここ、本当に広いのね……」
波有がため息混じりに呟いた。
「でも、中はすっかり空っぽなの」
トニが少し寂しそうに言った。
「皇后のお姉様が言っていたわ。大王様が砂漠中にあるこういう地下宮殿から、お宝を一つ残らず集めて、あの宝物庫に隠しちゃったんだって」
小亀が激しく首を縦に振った。
「そう! その通りだよ、 僕がみんなに話した、無畏って精霊が守っている場所だよ。あそこには本物の金色の海があったんだ。本当に、見渡す限りの金色の海! 今思い出しても、心臓がバクバクしちゃうくらい眩しかったなぁ」
トニが言葉を続ける。
「それも、お姉様から聞いたことがあるわ。この砂漠にあるすべての金鉱も、大王様が全部宝物庫に吸い上げちゃったらしいの。だから金色の海ができちゃったのかもね」
伊貴は静かにため息をついた。
「……もしかしたら、砂漠の水源が次々と干上がってしまったのも、それが原因かもしれない」
「えっ? 二師兄、どういうこと? 地下宮殿のお宝や鉱石が、お水と関係しているの?」波有が不思議そうに尋ねる。
「うん。おそらく、砂漠の地下に眠っていた鉱物やお宝は、砂漠全体の自然のバランスを維持するための『大地のエネルギー(水源)』そのものだったんだよ。鷹王は砂漠の主なんだから、本当はその法則を分かっているはずなのに」
伊貴が痛ましそうに頷いた。
「あんな奴、自分の欲のために、そんなことをしたら砂漠の他の生き物たちがみんな死んじゃうって分かっていてやったんだね!」波有は怒りで拳を握りしめ、胸を震わせた。
会話を聞いていたトニは、複雑な表情で俯き、迷うように口を開いた。
「波有ちゃん……水がなくなっちゃったのは大王様のせいだって言うのね」
「でも、お姉様たちはいつも、大王様は砂漠の絶対的な支配者で、ここにあるものは全部大王様のものだって言っていたわ。私たち姉妹が彼に仕えてお妃になれたのは、この上ない名誉で、ありがたいことなんだって」
彼女はどこか遠くを見るような目で、ぽつりと呟いた。
「私はこうして逃げ出せたけれど……本当に水が全部なくなっちゃう日が来たら、お姉様たちはどうなっちゃうの? 砂漠の仲間たちはどうすればいいの?」
伊貴は彼女の痛みに寄り添うように、優しい声で語りかけた。
「きっと、何か方法があるはずさ。無事に師父たちを助け出すことができたら、今度はトニちゃんを助けるために必ず戻ってくる。だから一人で抱え込まないで」
それが今はまだ、叶うか分からない約束でしかないと分かっていても、トニの心には温かいものが灯った。
彼女は小さく微笑んだ。
「ありがとう、伊貴」
自分のために本気で悩んで、助けたいと言ってくれる仲間が側にいる。結果がどうあれ、未来に一筋の光が見えるような気がした。
それこそが、今の彼女にとって何よりも救いだった。
すると、隣でずっと眉をひそめて考え込んでいた波有が、しばらくして顔を上げた。
「……もしかしたら、私、みんなのため、役に立てるかもしれない」
全員の視線が一瞬で彼女へと集中した。
「後四が言っていた、光如意羅漢の話を覚えている? 錫杖で岩を叩いて、お水を湧き出させて人々を救ったお話」
小亀が目を丸くして驚いた。
「えっ、師姉、それと同じことができるの?」
波有は急に見つめられて顔を真っ赤にした。
「う、ううん! もちろんやったことはないから、本当にできるかどうかは分からないよ!」
それでも、彼女は覚悟を決めたように言葉を続けた。
「でもね、星盤仙尊がくれた金剛石は、世界で一番硬い宝石なんだって。だから、この石を使って砂漠の地面を思いきり叩いてみたら……もしかしたら、地底の奥深くにある新しい水源を呼び起こすことができるんじゃないかなって、そう思うの!」
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