第70話 作戦開始!
ヘビの妖怪―人面桃は将軍という立場なだけあって、鷹王から与えられたテントは大天幕のすぐ隣という一等地に置かれていた。
中はそこまで広くはないものの、様々な調度品や家具が並び、カラカラの砂漠のなかではちょっとした豪華な暮らしぶりだった。
おまけに、気の利く従順な下っ端の妖怪が三人、甲斐甲斐しく彼の身の回りの世話を焼いている。
普通なら、暇な時間は涼しいテントの中でゆっくり休めば良さそうなものだ。
けれど、彼は違った。
彼の趣味はかなり個性的で、わざわざ高い場所に体をトグロ状に丸めて、日光浴をするのが大のお気に入りなのだ。
他の妖怪たちが悲鳴をあげる砂漠の強烈な太陽光こそ、彼にとっては最高の癒やしだった。
昨日は一日中、鷹王のそばにピッタリと張り付かされていた。
まずは小月湖を見回って干上がった状況を確認し、大王が大激怒するのをなだめた。
その後も、怒り心頭の鷹王の後ろをビクビクしながら追いかけ、今度は『無畏宝蔵穴』という隠し洞窟まで走らされた。
彼は洞窟の入り口の激しい砂嵐の中でじっと待たされているというのに、鷹王は中のコレクションを一つ残らず嬉しそうに数え上げてから、ようやく満足げな顔で出てきたのだ。
丸一日、食べ物どころか水一滴すら口にできず、歯の隙間にじゃりじゃりと黄砂を詰まらせながらの移動だったため、体はもうクタクタだった。
だからこそ、今日は一歩も動かずに日光浴をして過ごそうと決めていたのに、お昼寝の真ん中で突然叩き起こされてしまい、彼の気分は最悪だった。
「人面桃将軍! 将軍! 早く起きてください! 大王様がお待ちかねの『お客様』が到着いたしましたぞ!」
彼は超人的な精神力で眠気を一気に吹き飛ばすと、「ちゅるり」と音を立てて天幕の屋根から滑り降りた。
長いヘビの尻尾を地面にくねらせながら進むと、あっという間に見慣れない二人の若い人間の前に立ちはだかった。
「いやあ! こちらの眉目秀麗な神使のお二方は、もしや通天山から来られたのですかな? 我が大王様もずっとお首を長くしてお待ちしておりましたぞ!」
伊貴たちは人面蛇身の怪物を間近で見るのは初めてだった、心の中で(うわ、ちょっとグロいな……)と引いていた。
けれど、事前に波有たちから「腹黒い将軍だ」と聞いていたので、目の前の怪物が噂の張本人だとすぐに察した。
二人は油断なく、丁寧に拳を包んでお辞儀をした。
「私たちは通天山の星盤仙尊の命令を受け、沙の谷の鷹王様へ避暑の宝物である『冰晶傘』を献上しに参りました」
そう言うと、伊貴は旅の荷物から一本の傘を取り出し、両手で恭しく差し出した。
人面桃が傘を開いた瞬間、骨組みから白い霧がふわっと四方に広がり、周囲の空間が一瞬にして涼しい空気へと変わった。
将軍は熱いのが好きで寒いのが大嫌いなため、思わず身震いをしてブルブルッと寒気を覚えたが、口では大絶賛してみせた。
「おお、素晴らしい宝物だ! 大王様もきっと大喜びされますぞ! 神使のお二方、遠路はるばるご苦労様でした。ささ、中へお入りくだされ!」
―――
天幕の中へ入ると、すでに知らせを受けていた鷹王が、皇后と一緒に高台の席に座り、目をギラギラと輝かせながら彼らを待ち構えていた。
伊蘭と伊貴は再び跪いて礼拝し、将軍の手から冰晶傘が鷹王へと献上された。
予想通り、鷹王は傘を手に取ると「素晴らしい、実に見事じゃ!」と何度も手を叩いて喜び、二人を宴の席へと招き入れた。
案内された席には、それぞれの左右に美しいお妃が一人ずつひざまずいた。
伊貴の隣に座った小柄な女性を見て、(あ、この子が波有の言っていたトニさんだな)と気づいた。
鷹王は酒杯を高く掲げ、豪快にハハハと大笑いした。
「沙の谷に客人が訪れるなど、本当に久しぶりのことじゃ! 星盤仙尊がワシを友人として重んじ、避暑の至宝を贈ってくれるとはな! 今日は実にご機嫌じゃ!」
伊貴はニコニコと愛想笑いを浮かべながら応じた。
「我が仙尊も、大王様とご自身は世界に並び立つ大能であり、通天山と沙の谷は良き隣人同士であるからして、贈り物を交わして友好を深めるのは当然のことだとおっしゃっておりました」
鷹王は満足そうに頷き、さらに尋ねた。
「通天山で最後に会ってから、もう数百年は経つな。おぬしたちの師匠の体調はいかがじゃ?」
伊貴はわざと顔を曇らせ、悲しげなトーンで言った。
「大王様の前で嘘を吐くわけにはまいりません。実は、仙尊の体調はあまりよろしくないのです」
「特にここ数十年の間、仙尊はすでに『天人五衰』の時期に入られており、今回ご自身でこちらへ足を運べなかったのもそれが理由でございます。どうか大王様、お許しください」
―――
このとき、幻影術を使って姿を消した波有は、伊貴の隣に立ってすべてを見届けていた。
彼女の目には、鷹王の瞳の奥に「やったぞ!」という勝ち誇った光が走ったのがハッキリと見えた。
けれど、鷹王はわざと口元を引き締め、悲しそうな演技をしてみせた。
「なんと……それも天のさだめか! 聞けば南方の解脱院もすでに主を失ったというのに、今度は星盤仙尊までがそんな状態とはな。ワシ一人だけがこの世に取り残されるのは、あまりにも寂しすぎるぞ! はぁ……」
伊貴は表情一つ変えずに答えた。
「おっしゃる通りでございます。解脱院の光如意羅漢様が亡くなられ、我が師もこのような状態。将来、世間を支える大能は、大王様ただお一人になってしまうかもしれません」
鷹王は心の中のニヤニヤが止まらなくなり、もうこれ以上まともな顔を維持できないと思ったのか、早く宴席を切り上げて裏で思いっきりガッツポーズをしたい衝動に駆られていた。
「ここまでの旅路はさぞ疲れたであろう。酒や料理をたくさん食べて、ゆっくり休むが良いぞ」
伊貴たちは再び深くお辞儀をした。
「大王様のご配慮に感謝いたします。お気をつけてお戻りください!」
隣に座っていた皇后は、鷹王がせっかちに出ていこうとするのを見て、慌てて言葉を挟んだ。
「大王様はお前たちの労をねぎらうため、特別に側妃を下さるそうです。私たちの場所は人間の都ほど堅苦しい決まりはありませんから、お妃と言っても緊張なさらないで。ただ、この子たちに優しくしてあげてくださいね」
伊貴たちはもう一度深く頭を下げた。
「大王様、並びに皇后様、ありがたき幸せに存じます!」
―――
姿を隠した波有は、トニとお姉さんが師兄たちのグラスにお酒を注いでいるのをじっと見守っていた。
けれど、彼女は少しも心配していなかった。
トニがどんな方法を使ったのかは分からないけれど、お酒の中にはもう、人を狂わせる『海市花』のエキスは入っていないはずだからだ。
彼女は今、トニの姉さんが早く席から離れてくれないかとそれだけを願っていた。
そうすれば、すぐに姿を現して彼女と直接話をすることができる。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
鷹王と皇后が去ったあとも、忌々しいヘビの妖怪が、いまだに対面の席にどっかと居座っていたのだ。
彼はもともと近くに女性を置くのを嫌うため、周りにお酌をしてくれる人はいない。
自分一人でちびちびと美酒を味わっている。
将軍は頭を左右にゆらゆらと揺らしながら、探るように話しかけてきた。
「ところで神使のお二方、人間の都へは行かれたことがありますかな?」
伊貴は心の中で(ついさっきそこから来たばかりだよ)とツッコミを入れつつ、澄ました顔で答えた。
「将軍、過去に数回ほど訪れたことはございます。ただ、我が師匠は大変淡泊な性格で、賑やかな場所を好みません。そのため、私たち弟子も滅多に都へは立ち寄らないのです」
人面桃は自慢げにニヤリと笑った。
「いやいや、仙尊を軽んじるわけではございませんがね。やはり歳をとると家でじっと静養するしかありませんが、お二方のような若くて才能あふれる少年なら、都へ行って名を轟かせ、大暴れしてくることもできるでしょうに!」
伊貴は恭しく頭を下げた。
「まだ修行の浅い下っ端の弟子に過ぎず、法術も未熟で、強力な法器や宝物も持っていません。都へ行ったところで、大した成果は残せないでしょう」
人面桃は不敵に微笑んだ。
「おぬしの師匠は世に名だたる三大能の一人だ。数千年も生きておられて、お宝の一つや二つ、溜め込んでいないはずがなかろう? その中から数点でも持ち出せれば、都で一躍ヒーローになれるはずですぞ」
「将軍は本当に博識であらせられる。まるで何でもお見通しのようですな」
伊貴は顔いっぱいに「尊敬の念」を浮かべてみせた。
人面桃は目を細めて言った。
「我が大王様には『無畏宝蔵穴』という隠し場所があってな、そこには数え切れないほどのお宝が眠っているのだよ。すべては大王様が長年かけて集められた極上の法器や法宝だ」
「世間の誰もが知る通り、通天山はただの雪山で、財布の中身もカラカラに貧しい場所です。我が師も物欲のない性格ですから、国を傾けるほど富裕な沙の谷の鷹王様とは、とても比べものになりませんよ」
伊貴が徹底的にへりくだってみせる。
人面桃はハハハと大笑いした。
「神使は若い割に、随分と落ち着いておられるな。恐れ入った、恐れ入った!」
そう言うと、彼は雑に一礼した。
「では、これにて失礼する。ごゆっくりお寛ぎくだされ。もしお休みになりたければ、用意された小部屋がございますので、お妃たちに案内してもらうと良い」
将軍はそう言い残すと、席を立って天幕の外へと去っていった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ブックマークや評価ポイント(下の方にある☆☆☆☆☆をポチッとしていただけると嬉しいです!)で応援していただけると、大きな執筆の励みになります^^




