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波有伝説~海をゆく虹色の鱗【後編:不老不死の秘薬】  作者: 唯紅蓮真美(いちべにまみ)
第三章 砂塵に眠る無畏の宝窟

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第65話 砂漠の大妖、鷹王



 妹たちから面倒な責任を押し付けられた長姉の皇后は、慌ててその芋を外へと放り投げた。


 「ええ、その通りでございます、大王様。今しがた申し上げた通り、どうか私たち姉妹をお責めにならないでくださいませ。……それよりも『人面桃(じんめんとう)』将軍! あなたは常に小月湖(しょうげつこ)の周囲を巡回しているはずでしょう? 私たちが行った時は、あなたの姿なんてどこにも見えませんでしたわよ」




 (へぇ、僕たちがさっきいた場所は『小月湖』って言うんだ。確かに、可愛らしい新月みたいな形をしていたもんな)


 小亀は草むらの中で一人納得していた。



 一方、神識を繋いで会話を聞いていた波有は、思わず吹き出しそうになっていた。


 (人面桃将軍って……何、そのおかしな名前!?)




 すると頭上から、弁明するような声が響いた。


 「大王様、お言葉ですが、私はずっとあそこで巡回を続けておりました。ただ、皇后様とお妃の皆様が湖畔で髪を洗っていらっしゃるのが見えましたので……。もしかすると皆様が水遊びでもされるのではないかと、お姿を覗き見るような不敬を働き、お気を悪くさせてはならないと考え、気を利かせて先に引き揚げてきたのです」



 声の主は、さっき外で見かけたあの人面蛇身のヘビ妖怪だった。



 (やっぱり、あいつか!)


 天幕の中の空気は凍りつくほど深刻なのに、波有はやっぱり笑いを堪えきれなかった。


 この『人面桃』と自称する妖怪は、きっと自分の顔が美男子だと勘違いしてそんな名前をつけたのだろう。


 確かに、キリッとした太い眉に大きな目をしていて、それなりに凛々しい顔立ちではある。けれど、人面桃花(桃の花のように美しい顔)なんて言葉からは、程遠いレベルだった。




 皇后はすかさず自分の正当性を主張する。


 「普段なら私たち姉妹も小月湖でゆっくり過ごしますけれど、今日は大王様からお客様をお迎えするとお達しをいただいておりましたもの。お言葉に背かぬよう、急いで髪を洗ってすぐに戻ってまいりましたのよ!」




 「衛隊長(えいたいちょう)、お前が立て。報告しろ!」


 鷹王が床の最前列に跪く一人の男を指さした。


 その声は、天幕の布を切り裂かんばかりの鋭さで室内に激しく反響する。




 波有は気づいた。


 鷹王は、怒っていない時でさえ、声がやたらと甲高くて耳障りなのだ。


 美しい音律を愛する人魚の血が流れている彼女にとって、この不快な声は本能的な嫌悪感を抱かせるものだった。




 跪いていた群衆の中から、一人の男が立ち上がった。


 小亀と波有は妖怪たちの足元の草むらに隠れているため、男の顔までは見えない。


 ただ、その声は鷹王のトーンにどこか似ていた。声の張りからしてまだ若い男のようだ。衛隊長を務めているくらいだから、鷹王とはかなり近い血縁か、お気に入りの部下に違いない。




 男はハキハキとした声で答えた。


 「大王様にご報告いたします。私率いる鷹衛隊が上空から巡回をしていたところ、小月湖で下賎な民どもが湖の水を盗んでいるのを発見いたしました」


 「急いで降下して追い払おうとし、その場にいた砂ネズミ、砂ウサギ、砂キジらの何匹かを捕らえることには成功いたしました。しかし、逃げ足の速い奴らは、私たちが地上に着く頃には跡形もなく逃げ去っておりました」



 男は一呼吸置くと、悔しそうに声を尖らせた。


 「何より忌々しいのは、小月湖の泉の水が、ドロボウどもに飲み尽くされてほとんど底を突いていることです。このままでは、あと数日もしないうちに完全に干からびてしまうでしょう」




 鷹王は激上し、怒りのあまり地団駄を踏んだ。


 「おのれ……! なんということだ、万死に値する!」



 そして、今度は飛び火するように人面桃将軍へ怒りの矛先を向けた。


 「貴様がもっと早く見張りに戻っていれば、こんな事態にはならなかったのだぞ!」




 ―――




 実は、鷹王の部下たちの中で、ヘビ妖怪は比較的頭の回る男だった。


 おまけに口が達者で言い訳が上手いため、普段は鷹王にかなり重宝され、将軍の地位まで与えられている。


 

 本人は自分の容姿に絶対の自信を持っているだけでなく、インテリを気取るのが大好きだった。


 人間界の小難しい本を何冊か齧り、その知識をもとに『人面桃』なんて小洒落た名前を自分につけたのだ。



 鷹王に激しく叱責されても、彼はこれっぽっちも焦っていなかった。


 持ち前のペテン師のような巧みな弁舌があれば、いつだって鷹王の怒りをかわし、ピンチをチャンスに変えられると知っていたからだ。




 将軍は、世にも珍しい『双頭のヘビ』の妖怪だった。



 一本のヘビの体に、まるで一卵性の双子のように全く同じ顔が二つ並んでいる。


 ただし、片方の顔は常に目を固く閉じたまま、ピクリとも表情を変えない。



 動いているもう一つの顔には、「理不尽な濡れ衣を着せられて可哀想な僕」という被害者の表情を浮かべ、眉をハの字に潜めながら、滑らかな口調で弁明を始めた。


 「大王様、滅相もございません。私は皇后様方への配慮から良かれと思って席を外したのです。まさかあの卑しい民どもが、私の純粋な配慮に付け込み、恩を仇で返すような暴挙に出るとは……。今日こそあやつらを見せしめとして処刑しなければ、今後真似をする者が後を絶ちません。大変なことになりますぞ!」



 将軍はさらに大袈裟な身振りを交え、鷹王の恐怖心を煽るように言葉を重ねる。


 「大王様、ここ百年ほど、地の気温は上がり続けております。沙の谷の周囲にあった小さな水源は、すでにことごとく黄色い砂の中へと消え去ってしまいました。きっとそれが原因です。あの飢えた民どもは、首をはねられるリスクを冒してでも、小月湖へ水を盗みに来ているのです」


 「極論、今日私がそこに見張りに立っていたとしても、結果は同じだったでしょう。もし小月湖まで干からびてしまえば、大王様のお膝元にあるこの『大月湖(だいげつこ)』が、砂漠で唯一の水源となってしまいます。これはまさに、我が国の存亡に関わる危機的状況でございます!」




 ―――




 世に知られる「三大能(さんだいのう)」の中で、鷹王は最も知能が低く、頭からっぽのわからず屋だった。


 それなのに、光如意羅漢たちと肩を並べ、大能と恐れられている理由は至極単純だ。



 一つは、圧倒的な長寿。この世に彼より長く生きている存在はいない。



 もう一つは、その神秘性。


 彼は自分を神のように高く見積もっており、かつて星盤仙尊と一度だけ顔を合わせたのを除けば、砂漠の外の人間で彼の真の姿を見た者は誰もいないのだ。




 ミステリアスで、プライドが高く、その上横暴で理不尽。


 とにかく強欲で、お金や宝物には目がなかった。



 一国を買い取れるほどの富を持っていながら、彼はそれでも「もっと欲しい」と求め続けている。


 当然のように、この大砂漠にあるものは、砂の一粒に至るまで全部自分の所有物だと思い込んでいた。


 だからこそすべての水源を独占し、風砂を操って、許可なく生きて砂漠を出ることを誰にも許さなかったのだ。




 将軍の言葉を聞くうちに、鷹王は考え込んでしまい、次第に怒りの勢いが削がれていった。


 「……何か、良い知恵はあるか?」



 ヘビ妖怪は、鷹王が自分の口車にすっかり乗ったのを確認すると、わざとらしく正義感に燃えた表情を作ってみせた。


 「まずは、先ほど申し上げた通り、この愚民どもを見せしめにして処刑することです」




 鷹王はすぐに、ガラガラに枯れた不快な声を張り上げた。


 「よし! 衛隊長、天幕の入り口にもっとたくさん木柱を立てろ! 不届き者どもを全員括り付け、干からびるまで炎天下に晒し者にしてやれ。他の奴らへのいい警告になるわ!」




 その瞬間、部屋の中央で縄をかけられていた小さな妖怪たちの間で、一斉に動揺が広がった。


 必死に命乞いをする者や、声をあげて泣き崩れる者。



 しかし、波有の目の前で、彼らは次々と容赦なく口を塞がれ、鷹衛隊の兵士たちに蹴られ、引きずられながら、天幕の外へと連行されていった。


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