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波有伝説~海をゆく虹色の鱗【後編:不老不死の秘薬】  作者: 唯紅蓮真美(いちべにまみ)
第三章 砂塵に眠る無畏の宝窟

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第62話 【後編・第2話】ゆでダコ、ならぬ「ゆでエビ」二匹



 和白と藍は、伊貴たちを山の下まで送り届けると、さらに雪山とゴビ砂漠の境界線まで付き添ってくれた。


 神使たちは別れを告げると、反転して南の人魚島へと一閃、凄まじい速さで飛び去っていった。




 ちなみに雲英は、法術が使えない自分自身が足手まといになるのを心配していた。


 百年分の霊力をもらったものの、やはりここに残って星盤仙尊の身の回りの世話をすることに決めたのだ。




 残された五人は、小亀が懐から取り出した鶴の羽を大きな白鶴へと変え、背中に乗り込んだ。




 砂漠に一歩足を踏み入れると、眼下にはうねるような砂丘がどこまでも連なっていた。


 見渡す限りの黄色い砂が地平線の彼方で空と溶け合い、本当に終わりが見えない。



 これほど広大な大砂海を見るのは全員が初めての経験だった。


 最初のうちは「うわあ、すごい!」と、口々に壮大な景色に歓声を上げていた。


 けれど、半日ほど飛行を続けた頃、状況は一変した。




 頭上の太陽がジリジリと容赦ない高熱を放ち、砂漠全体が熱気で揺らぎ始めたのだ。


 白鶴の背中の上は、またたく間にサウナ状態になり、滝のような汗を流して喉をカラカラに乾かせた。


 水筒を取り出して喉を潤し、上着を脱ぎ捨ててみたけれど、そんなものは焼け石に水。



 気がつけば水筒のストックは残り少なくなっており、伊貴は激しく後悔した。


 「ああ、完全に俺のミスだ! もっとたくさん水を持ってくるべきだった! 和白神使にあれほど釘を刺されていたのに、まさかここまで暑いなんて……!」




 ―――




 そんな中、しっかり者の伊念が波有と小亀の方へ視線を向けた。


 「ねえ、二人はもともと水族の生き物でしょう? このカラカラの砂漠は、私たち人間に比べて相当きついはずよ。大丈夫?」




 伊念の言う通りだった。



 大砂漠の空気は極度に乾燥していて、水分が微塵も含まれていない。


 これが波有と小亀には耐え難い苦痛だった。



 水を飲んではいるものの、二人の唇はすでに干からびてひび割れ、顔は高熱を出した時のように真っ赤に染まっている。


 それでも、彼らは声を漏らさずじっと耐え忍んでいた。




 先ほどまで砂丘の景色に気を取られていた伊貴は、伊念の言葉にハッとして慌てて二人を振り返った。


 姿を見た瞬間、彼は肝を冷やした。




 この頑固者たちが、どうして限界になるまで何も言わないんだ。


 「おいおい、真っ赤じゃないか! まるで湯釜で茹で上がったエビ二匹だぞ。これじゃあ目的地に着く前に干からびてしまう!」



 彼は急いで荷物の中から、和白に託された『氷晶傘』を取り出してパッと広げた。


 「ほら、早くこっちへおいで! 傘の下に入りなさい!」


 伊貴は問答無用で二人の身体を引き寄せた。



 氷晶傘からは、ひんやりとした涼しい冷気がかすかに漂っていた。


 心地よい冷気に包まれた瞬間、波有と小亀は、ようやく地獄から生き返ったような心地になった。




 「二師兄、でも、これって鷹王への贈り物じゃなかったの……?」


 波有はカサカサに枯れた声で尋ねた。



 伊貴は二人の顔色を覗き込んだ。幸い、さっきほどの不気味な赤みは引き始めている。


 「まずは生きてそこに辿り着かなきゃ、贈り物も何もないだろう。伊念に言われるまで忘れていたよ。お前たちは水族だから、人間よりも何倍も熱に弱いんだったな」




 氷晶傘のおかげで、なんとか夕日が沈む時間帯まで持ちこたえることができた。



 沈みゆく夕日を浴びた砂丘は、まるで黄金の波のよう。


 見渡す限りの砂海の中に、時が止まったかのように美しく波打っている。




 伊蘭が師弟に向かって尋ねた。


 「ところで伊貴、和白神使はその『なんとかの谷』へはどうやって行けばいいって言ってたんだ?」



 伊貴が答える。


 「鷹王の砂の谷のことですね。神使からは氷晶傘を預かったで、具体的な場所は教えてもらっていません。『縁があれば辿り着ける』とだけ」




 伊蘭は困ったように後頭部をバリバリとかいた。


 「その『ご縁』ってやつは、一体いつになったらやってくるんだよ?」



 すかさず小亀がからかうように口を挟む。


 「あーあ、大师兄は相変わらず人の話をちゃんと聞いてないなぁ。神使様は『縁があれば出会える』って言ったんだよ」



 後四は伊蘭の味方なので、すぐに加勢した。


 「だったら、お前の言う『縁』ってやつは、どうすれば繋がるんだよ?」



 小亀が言い返せずに口をもごもごさせていると、隣から波有が言葉を補った。


 「絶対にあるよ。私、なんとなくそんな気がするんだ」




 ―――




 その直感は、見事に的中した。


 彼女の言葉が静まり返った大気に消えた瞬間、遠くの地平線に、ぽつぽつと小さな緑色の影が現れたのだ。




 白鶴が距離を縮めるにつれ、緑色の正体がはっきりと見えてきた。


 風に揺れるトーチのような形をした低木の群生だった。


 そのすぐ先には、夕日を跳ね返して鏡のようにキラキラと輝く、小さな湖が広がっていた。




 (やった……水だ!)


 伊貴は心の中で快哉を叫んだ。今度こそ、持ってきた水筒を、限界まで水で満たしてやる。




 小亀が目を輝かせて波有に尋ねた。


 「さっき言ってた縁ってここのこと? ここが鷹王の砂之谷なの?」



 彼女はぽんとおでこに手を当てて、呆れたように笑った。


 「私にだってそこまでは分からないよ。とりあえず下に降りてみれば分かるんじゃない?」




 白鶴から地上に降り立つと、そこが本物のオアシスであることが一目瞭然だった。


 トーチのような低木だけでなく、湖のほとりには数本の柳の木が気持ちよさそうに枝を伸ばしている。




 「わあ! 見て、小さな草も生えてる!」


 普段なら見向きもしないような足元の雑草が、今の波有には愛おしくてたまらなかった。


 湖の水は底が透けて見えるほど清らかで、そよ風に揺られて穏やかなさざ波を立てていた。




 伊貴は四の五の言わず、手持ちの水筒を引っ張り出すと、伊蘭と一緒に猛スピードで水を汲み始めた。


 すべての容器を満杯にすると、満足感に包まれながら青々とした草の上にひっくり返り、大きく背伸びをした。



 波有と伊念が荷物から食料を取り出し、配って回る。昼間は暑すぎて何も喉を通らなかったけれど、湖畔を吹き抜ける涼しい風に当たっていると、急に猛烈なお腹の虫が鳴り響いたのだった。




 遠くの紅葉のような夕焼けが、ついに深い群青色の夜空へと溶けて消えていった。


 夜空にぽっかりと丸い月が昇る。


 湖畔の夜を優しく照らし出すだけでなく、鏡のような水面にも、大きくて見事な月影を映し出していた。




 お腹いっぱいになった波有と伊念は、草の上に寝転がり、夜空に散らばる無数の星をひとつ、またひとつと数えていた。



 そこへ、小亀が当然のような顔をして波有の隣にするりと潜り込んできた。


 「師姉、見てよ。お星様がみんなキラキラ光って、なんだか海音鈴みたいだね」



 隣にいた伊念が、露骨に嫌そうな顔をする。


 「ちょっと、甲ちゃん! あんたって本当に金魚のフンね、私たちの邪魔しないでよ! あんたが喋るから、星を数える集中力が切れちゃったじゃない」



 小亀はへらへらと笑い飛ばす。


 「僕が来なくたって、伊念師姉じゃ満天の星を数え切るなんて無理だよ」



 彼はすっと波有の耳元に顔を寄せ、小さな声で囁いた。


 「ねえ、昔、師父と一緒に海辺で寝ていた時、真夜中にものすごいハリケーンで叩き起こされたこと、覚えてる?」



 彼女は顔を巡らせ、瞳をきらめかせて小亀を見つめた。


 「もちろん覚えてるよ。あの後、人魚島にたどり着いたんだよね。私は、人魚たちの綺麗な容姿が羨ましくて仕方がなかったなぁ」



 小亀は少し真剣な、どこか秘密めいた声を出した。


 「……僕さ、今夜の空気が、あの時とすごく似ている気がするんだ。なんだか、これから何かが起きるような……。師姉、ちょっと警戒しておいた方がいいかもしれないよ」


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