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波有伝説~海をゆく虹色の鱗【後編:不老不死の秘薬】  作者: 唯紅蓮真美(いちべにまみ)
第二章 雪嶺の逃避行

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第60話 喧嘩するほど仲が良い兄弟弟子たち


 

 部屋に戻っても、彼らの興奮は冷めやらなかった。



 伊蘭は自分の頭をポカポカと叩いている。


 「この大馬鹿野郎! 大師匠様のことを誤解するなんて、なんて奴だ! 自分のバカ、バカ!」



 見かねた雲英が慌てて彼の手を掴んで止めた。


 「ちょっと、大師兄、もうやめなって! それ以上叩いたら本当にバカになっちゃうよ!」




 伊貴も伊蘭の言葉に深く頷いた。


 「いや、大師兄の言う通りですよ。俺だって自分を殴りたい気分です。藍神使があれほど『仙尊様を信じろ』と言ってくれていたのに」



 普段は口下手な後四も、ここぞとばかりに声を張り上げた。


 「大師匠様は、本当にとんでもなく素晴らしいお方だ!」




 そんな中、小亀はすり足で静かに移動し、波有の後ろへと回り込んでいた。恥ずかしそうに顔を赤らめながら声をかける。


 「……さっきの大師匠様のお話だと、前世の師姉は僕の主人の命を救ってくれたんだよね。それってつまり、主人がいなければ今の僕もいなかったってことなんだ。師姉には何度も助けてもらっているし、僕は絶対に恩返しがしたい!」


 そこから急にキリッとした顔になり、伊蘭たちを振り返った。


 「僕はどこへ行こうと、誰と戦おうと知ったこっちゃない。何があっても、師姉と一緒にいくからね!」




 ――この、いつでも自分勝手でちゃっかりしている態度は、やっぱりちょっと癪に障る。



 真っ先にムッとしたのは伊蘭だったけれど、今では伊念と後四も、すっかり小亀を総攻撃する構えになっていた。



 伊念は彼をビシッと指さし、波有に向かって大きな声を出す。


 「ねえ波有、聞いてよ! こいつがこうやってあんたにばっかりべったりするから、みんなから大ブーイングを食らってるんだからね!」



 すかさず伊蘭がバトンを受け取る。


 「そうだよ。嫌がらせで言うわけじゃないけどさ、お前は毎日金魚のフンみたいにくっついて、口を開けば『師姉、師姉』って、本当に騒がしいんだよ! 俺を見てみろ、雲英にそんな女々しいセリフ、一度だって言ったことないぞ!」



 後四が即座にトドメを刺した。


 「そうだ!そうだ!その通りだ!」




 小亀は負けじと言い返す。


 「な、なんだよ! 後四のお兄さん(後一)だって、昔はみんなから煙たがられてたじゃないか! なんであの時は何も言わなかったんだよ!」



 「兄ちゃんはお前みたいにおしゃべりじゃなかったやい!」と後四。



 すかさず伊念が追い打ちをかける。


 「そうよ! 後一は、波有のためなら命だって投げ出す覚悟があったんだから!」



 小亀はぴょんっと飛び上がって反論した。


 「僕だってできるもん! もし本当にそんな時が来たら、絶対に後一なんかに負けないからな!」




 当の本人である波有は、完全に三枚肉のサンドイッチ状態。右を向いても左を向いても気まずくて、口を開くこともできない。


 ただ黙って肩をすぼめ、心の中で(私を見ないで、私を見ないで……)と呪文のように唱えるのだった。




 ―――




 ここ数日、仙尊が自分たちに無関心なのだと思い込み、師父たちの安否を心配しては焦り、イライラしていた。


 けれど、先ほどの仙尊の話を聞いた今、暗闇の中に一本の輝く道が現れたかのような気持ちだった。


 胸の奥が高鳴り、同時に、言葉にできないほどの安心感が広がっていく。




 伊貴は、三人がかりで小亀をいじめている様子を眺めながら、密かに嬉しく思っていた。



 ずっと重苦しい沈黙が続いていたけれど、ようやく、喧嘩するほど仲が良い、いつもの賑やかな兄弟弟子たちに戻ったのだ。



 彼は慌てて間に入り、ハハハと笑いながら場をなだめた。


 「ほらほら、こんな大事な時に公判を開くのはやめないか? 今は心を落ち着かせて、今後の作戦をじっくり話し合うべきだろう?」



 ここからは正念場の話し合いだ。




 全員は口を閉じ、瞳に熱い期待を宿して、瞬きもせずに二師兄を見つめた。




 「お前たち……」


 鋭い視線を一斉に浴びせられ、伊貴は思わず身震いした。



 「そんなに力むなよ、もっと気楽にいこう。大師匠の話だと、今の一番の問題は、驕盧の『如意錫杖』をどう破るかだ。そのためには、西方の砂の谷へ行って、鷹王から『蓋紅砂』という法宝を借りてこなければならない」




 伊貴が先を続けようとしたその時、後四が勢いよく手を挙げた。


 「砂の谷のことなら、少し知っているんだ」




 「おおっ!?」


 全員の声がきれいに重なった。




 注目の的は一瞬にして後四へと移り、今度は十二個の瞳が彼をじっと見つめる。




 もともと社交恐怖気味の後四は、期待に満ちた視線を受け、心臓がバクバクと激しく波打った。


 彼はグッと奥歯を縛り、緊張のあまり少し怖い顔になりながら、一気に言葉を吐き出した。


 「西方にはとてつもなく広い砂漠があって、そこは果てしない砂の海で、人っ子一人いないんだ。支配している大妖怪が鷹王。星盤仙尊様や光如意羅漢様と肩を並べる、この世の三大権能の一人だよ」


 「大師匠が言っていた『蓋紅砂』は、彼の最も有名な法宝で、その力が最大になった時は、世界のあらゆる万物を飲み込んでしまうらしい」


 「鷹王がいる場所は『砂の谷』と呼ばれているけれど、大砂漠の砂の動きに合わせて絶えず場所が変わるんだ。普通の人間には絶対にたどり着けない。ただ、そこに導かれる『有縁の者』だけが、到達できると言われているんだよ」




 言葉を切り、何度か荒い息をつくと、後四は言葉を付け足した。


 「……昔、母ちゃんと伯父たちが話していたのを、僕たち兄弟で盗み聞きしたんだ。よし、話は終わり。二師兄、続けて」




 伊貴は微笑みながら、感謝を示すように小さく拳を包んで一礼した。


 「ありがとう、後四! 俺たち人間は、君ほど世間の広い知識を持っていないから助かるよ。以前、師父も『三大能』について口にしていたけれど、師父ほどの御方ですら、名前を耳にしたことがある程度だったんだ。もちろん、光如意羅漢様や仮羅伯父たちの武勇伝は、一番有名だけどね」




 伊念が記憶を辿るように目を細めた。


 「私が小さかった頃、村の人たちから光如意羅漢様の伝説を聞いたことがあるわ。本でも何度もその活躍を目にした。ある年、天下が大干ばつに見舞われて、あちこちに避難民が溢れ返ったことがあったでしょう? 羅漢様は民の苦しみを深く憐れみ、各地を行脚して、如意錫杖で岩を叩いたの。すると岩の間から清らかな泉が湧き出て、干ばつが治まったんですって」



 後四は決まり悪そうに頭をかいた。


 「実は、あの時、僕もそこに行っていたんだ。羅漢様が人手が必要だと言って、僕たちを全員連れていってくれたから」



 伊念は両目を丸くし、尊敬の眼差しを彼に向けた。


 「じゃあ、疫病が流行った時も? 羅漢様が弟子たちを率いて神通力で病人を救い、疫病の特効薬の処方箋を作って無数の人々を救った時も、後四はそこにいたの?」



 彼は恥ずかしそうに身を縮めた。


 「まだ小さかったから、全然役には立てなかったよ。母ちゃんにはいつも『邪魔だからあっちで遊んでいなさい、足手まといになるから』って怒られてばかりだったなぁ、へへへ」



 伊貴は親指を立てて褒め称えた。


 「謙遜することはないさ。光如意羅漢様の功績は人々の間で広く伝わっている。まさに誰もが敬う、菩薩のような慈悲深い心を持った偉大な大能だったんだね!」




 それを聞いていた小亀が、ぽつりと独り言を呟いた。


 「仙尊様がさっきお話ししてくれた物語の中で、光如意羅漢様は師姉の死をきっかけに大徹大悟したって言っていたよね。ってことは、羅漢様が慈悲深くなったのは、それが理由で……」




 言った瞬間、小亀は慌てて自分の口を両手で強く塞いだ。顔からサッと血の気が引いていく。


 (……あ。師姉はさっきの過去話で、すでにもの凄く傷ついているのに、僕がまたそのことに触れるなんて、絶対にダメだったんだ……!)



 小亀は怖くて波有の顔を見上げることができなかった。


 しかし次の瞬間、頭の上から、優しい声が降ってきた。


 「大丈夫だよ、師弟」




 彼は恐る恐る頭を上げ、波有の様子を盗み見た。




 美しい少女は、静かに、真っ直ぐにそこに佇んでいた。


 以前と変わらぬ純真で優しい佇まい。


 けれど、澄んだ瞳の奥には、確固たる強い意志が宿っていた。



 その瞬間、小亀は妙な錯覚を覚えた。


 ――師姉が、ほんの一瞬の間に、すごく大人になったような、そんな気がしたのだ。




 伊貴は小亀の気まずい様子に気づき、彼をフォローしようと、わざと怒りをあらわにして大声を張り上げた。


 「それにしても、あの驕盧は本当に許せないな! かつての羅漢様があれほど人々に敬愛されていたというのに、奴はその肉体を借りて、我が物顔で横暴の限りを尽くしている。羅漢様の面影なんて、微塵も残っていやしない!」



 後四も頷く。


 「和白神使の話だと、都では今、大規模な工事をして各地の珍宝を集めているらしいね。一体、驕盧は何を企んでいるんだろう?」




 ―――




 みんなは首を振るばかりで、言葉が出なかった。



 波有の脳裏に、一本の鋭い閃光がよぎった。けれど彼女はすぐに首を振り、確信が持てずに躊躇した。



 それを見た小亀が、すかさず尋ねる。


 「師姉、何か思い当たることがあるの?」




 波有は思い出すように記憶を辿りながら、ぽつりぽつりと話し始めた。


 「確かなことは言えないんだけど……。記憶はまだ完全には戻っていないけれど、人魚島にいた時、『人魚涙の手輪』が体の中に溶け込んできたでしょう? あの時、頭の中にたくさんのちぎれた映像が流れ込んできたの」


 「そこには……何て言えばいいのかな、すごく厳重な結界の奥に保管されている、禁術の秘籍のようなものが見えたの」


 「さっき大師匠のお話の中で、『心魔が人魚島から禁術を盗み出した』という言葉を聞いた時、映像がパッと繋がったの。だから、驕盧が今都でしているのは、禁術を使って、何か恐ろしい陰謀を企てているんじゃないかって思ったのよ」




 伊貴は衝撃に目を見開いた。


 「もし本当に禁断の秘籍があるとしたら、普通は厳重に看守されているか、誰も知らない場所に隠されているはずだ。心魔は、一体どうやってその存在を知ったんだろう?」




 みんなの頭の中に、不意にある人々の顔が同時に浮かび上がった。



 戦家の人々だ。




 小亀がハッと叫んだ。


 「戦勇と戦雄の兄弟だ! あの二人だ! 秘籍の存在や、人魚一族の秘密を心魔に漏らしたんだよ! だから光如意羅漢様の怒りに触れて、美しい容姿を奪われ、凍てつく海に千年も閉じ込められる罰を受けたんだ!」



 伊貴は深く頷き、顎に手を当てた。


 「甲ちゃんの推理はもの凄く筋が通っている。全く同じ意見だ」

最後までお読みいただきありがとうございます!


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