第5話 月下の語らい
<前書き>
読んでいただきありがとうございます!
「師姉の正体は、人魚なんですよ」
――私が、人間じゃない?
子カメから告げられた、あまりに衝撃的な真実。
運命の激変に、十四歳の少女はどう向き合い、受け入れていくのか……。
ついに物語が大きく動き出す第5話、ぜひお楽しみください!
店の入り口には大きな岩があり、月光が辺りを煌々と照らし出していた。
波有は石に腰を下ろし、手のひらに小亀を乗せていた。
「ねえ、どうしてあんたに会うと、こんなに親近感が湧くのかしらね?」
彼女は亀の甲羅をコツコツと叩いた。
「ちょっと! 何か言ったらどうなのよ。私、独り芝居をしてるみたいじゃない」
彼女は不満げにこぼした。
「ああ、なんて名前にしようかな。私は門下で一番下っ端でしょう? 伊念は後から入ってきたけど、私より一つ年上だから『師姉』って呼ばなきゃいけないし」
「毎日毎日『師兄』だの『師姉』だの呼び続けて……一度でいいから、誰かに『師姉』って呼ばれてみたいものだわ」
再び甲羅を叩いた。
声を聞いて顔を出すかもと思ったが、反応はない。
彼女は大きなあくびをして、ぐーっと背伸びをした。小亀をポケットに戻し、部屋へ戻ろうと立ち上がった。
「……師姉」
辺りが静まり返っていたため、その小さな声は、はっきりとポケットの中から聞こえてきた。
「あら! まさか本当に喋るなんて! すごい、不思議なこともあるものね!」
波有は歓喜に目を輝かせ、ポケットから再び小亀を取り出した。
見れば、小亀は甲羅から小さな頭を突き出し、豆粒のような緑の目で彼女を見つめていた。
「もう『師姉』と呼んだよ。だったら、僕を護ってくれるよね?」
波有は驚きのあまり、すぐには言葉が出なかった。
「師姉! 師弟の話を聞いてるの?」小亀が不機嫌そうに言った。
彼女は慌てて答える。
「聞いてる、聞いてるわ! 言ってみて、師弟!」
「師姉、僕を殺そうとしている奴がいるんだ。師姉に護ってもらいたい」
生まれて初めて「師姉」と呼ばれ、初めて「師弟」ができた。
波有の喜びようといったらなかった。
彼女は思わず口走った。
「怖がらなくていいわ、師弟! 私が必ずあんたを護ってあげる!」
心に蜂蜜を流し込まれたかのように、頭の先から足の先まで甘く心地よい感覚が突き抜ける。
後先考えず、まずはこの「師弟」を認めてしまおう。
波有は考えれば考えるほど嬉しくなり、目は三日月のように細くなった。
「師姉、僕に会えてそんなに嬉しいの?」
彼女は何度も頷いた。
「ええ! 私ってなんて運がいいのかしら。こんな宝物みたいな師弟を拾っちゃうなんて!」
小亀が「ぷっ」と吹き出した。
波有はハッとした。
どこかで聞いたことのある笑い声だ。
「師姉が僕を拾ったんじゃない。僕がわざと拾わせたんだ。厨房で、焼き鳥を食べたいのに手が出せない師姉を見ていたからね」
波有は思い出した。
そして訝しげに尋ねた。
「ああ! あの時の! ……じゃあ、わざと私を追って温泉まで来て、わざと転ばせたの? どうして?」
「靴と靴下を脱いで、足を見せてよ。さっき温泉の中で見たんだ」
―――
波有は、今夜はもう眠れそうにないと思った。
驚くべきことが次から次へと起こる。
どうしてこの小亀は、私の「足」のことを知っているのか。
物心ついた時から、波有は自分の足が他人と違うことを知っていた。
左右どちらの足も指が六本あり、指の間には薄い膜がある。後にカエルを見て、二師兄から教えられて、それが「蹼」というものだと知った。
どうして自分だけにそれがあり、他人の足にはないのか。
二師兄はかつて、どこか悲しげに教えてくれた。
おそらくそれが理由で、赤ん坊の頃に街に捨てられていたのを、当時浮浪児だった大師兄と二師兄が拾ったのだと。
二人は物乞いをして重湯などを手に入れ、彼女を育てた。
後に伊高屋が伊蘭と伊貴を弟子にした際、やむを得ず彼女も一緒に連れてこられたのだ。
伊高屋一家は、彼女が赤ん坊の頃からその体を見てきたため、六本の指など今さら驚くようなことではなかった。
ただ、二師兄から「それが捨てられた理由だろう、お前は奇形なのだから」と教えられて以来、彼女の足は心に刺さった一本の棘となっていた。
波有から笑顔が消えた。
二筋の眉が吊り上がり、小亀を目の前に突き出すと、怒りを込めて言い放った。
「言いなさい! あんたは何者? どうしてそのことを知っているの!」
小亀は、自分を飲み込まんばかりに迫りくる形相を見て、ここでまともに説明しなければ、出来立ての「師姉」に地面へ叩きつけられて粉々になると悟った。
「待って、待って師姉!」
「 僕は悪い奴じゃない。落ち着いて聞いてよ! 僕たちは仲間なんだ。師姉からは僕とよく似た親しみやすい気配を感じたから、わざと拾わせたんだよ」
いよいよ訳が分からなくなってきた。
この小亀が仲間? なら、私は一体何だというのか。
「師姉、詳しい話は後でもいいかな? とにかく僕は師姉のことを知っているし、危害を加えるつもりなんてない! それより今は、さっき言った通り僕を護ってほしいんだ。誰かが僕を狙っている」
小亀の言葉は波有にとって青天の霹靂だったが、彼女も次第に状況を飲み込み始めた。
「小亀!」
彼女はもう「師弟」とは呼ばなかった。
「……つまり、私は人間じゃなくて、妖の類だって言いたいの?」
「そうだよ、知らなかったの? でも不思議だね。どうして体つきが人間と同じなのか分からないけど、僕たちは間違いなく『水族』だ。」
「なんて言うか、特別な親近感があるんだ。厨房にいた時から、師姉から『人魚』の気配を感じていたよ」
小亀自身も不思議に思っていた。
彼が見たことのある人魚は、人間の姿に変わることはできないはずだ。
上半身が人間で下半身は魚。
おまけに、陸に上がることなど到底できない。
だが、目の前の少女には、間違いなく二本の細長い足がある。
「人魚」! それは一体、どんな魚なのか。
波有は何が何だか分からず、まだ現実を受け入れられずにいた。
だが、これまでの数々の疑問を思えば、合点がいく。
(……そうか。とにかく、私はやっと自分のルーツを知ったんだ。私は『奇形』じゃなかった。足がこうなっているのには、ちゃんと理由があったんだわ!)
彼女は心を落ち着かせ、小亀に問いかけた。
「……いいわ。これからも『師弟』として接してあげる。それで、誰があなたを殺そうとしているの? 私に何ができる?」
「師姉、僕は主人から逃げてきたんだ。主人は僕を捕まえようとしている。でも帰りたくない。あいつは、僕を嫌いな奴のところに送り込もうとしているんだ」
波有は頷いた。
「師父がよく言ってるわ。『無理やりもいだ瓜は甘くない』って。いくら主人でも、嫌がることを強いるのは良くないわね」
「うちの師父だって、普段は殴る蹴るの暴言を吐くけど、いざとなったら私たちの意見を尊重してくれるもの。いいわ、手伝ってあげる。どうすればいいの?」
「僕はとても小さくなれるんだ。師姉の足指の間に隠れれば、自分の気配を消して、あのナマズの精――太った店主の目を欺ける。温泉街を出たら、また出してよ」
―――
二人があれこれと話し込んでいるうちに、東の空が白み始めていた。
波有は小亀を急かした。
「早く、早くして!」
小亀は彼女の手のひらで見る見るうちに縮んでいき、最後には一粒の緑豆ほどの大きさになった。
波有は素早く靴と靴下を脱いだ。
白く細やかな足が露わになる。
よく見れば、指の間には透明な膜があり、指の数は六本あった。
彼女は慎重に、「緑豆」を足の指の間に挟み込むと、再び靴下と靴を履き直した。
<あと書き>
お読みいただきありがとうございました!
皆さんは、通勤中に何を聴いていますか?
自分はNHKラジオ派で、いつも「聞き逃し配信」で『THE ALFEE 終わらない夢』を拝聴しています。
御三方のポジティブな生き方が本当に素敵で、聴いているだけで元気がもらえますよね。




