第47話 イケメン作戦
実は、こう言っては驕盧が少し気の毒であるが。
美姫だって、最初からこんな趣味だったわけではない。
元々は上品で知的なタイプが好みだったから、最初に囲った九人は、みんな才能豊かな雰囲気だったのだ。
その後に集まった男たちがいわゆる「爽やかイケメン」ばかりなのは、大人の女性共通の好みというやつだろう。
毎日たくさんの男に囲まれ、華やかなハーレム生活を送るうちに……彼女はすっかり退屈してしまっていた。
そんな時に突如として現れたのが、氷のように冷酷な驕盧様だった。
妖しげな色気をまとった美しい顔立ちはどこまでも冷ややかで、まるで夜空に高く輝く美しい月のよう。
自分なんかじゃとても手が届かないと思わせる高嶺の花だった。
「手に入らないものほど欲しくなる」とは、よく言ったものだ。
今の美姫は、驕盧様が持つ唯一無二の魅力という底なし沼にどっぷりとハマり込み、抜け出せなくなっていた。
―――
その頃、小亀は必死にクールな表情を作りながらも、心の中では心臓がバクバクと音を立てていた。
波有は「師弟がそこに立っているだけでアシカたちが寄ってきたんだから、魅力はバツグンだよ。美姫を騙すなんて朝飯前だって!」と言っていたけれど、アホなアシカと北海宮殿を支配する大妖怪を一緒にしてほしくない。
師姉に褒めちぎられて、つい二師兄の作戦に飛びついてしまったけれど、いざ渦中に飛び込んでみると後悔の嵐だった。
文句を言いたいけれど、やっぱり大好きな彼女を責める気にはなれない。
(二師兄のアホ……! 僕が怖がりだって知ってるくせに)
小亀は小さな声でぽつりと呟いた。
美姫とデブ円筒の目には、その呟きが「命令したのに、海の上のパトロールもせずに酒盛りなんかして」という不機嫌な独り言のように映った。
さすがは軍師、上司からお叱りを受けるのをただ待っているようなタマではない。
ここは先手を打つに限る。
円筒は、さも自分が正しいかのように真っ先に報告を始めた。
「恐れ多くも偉大なる驕盧様。ご命令にありました反逆者どもの捕縛ですが、宮主と私はすでに海岸線から近海に至るまで、何重もの関所を配置しております」
言葉を区切ると、アシカにも負けない丸い顔をキリッと引き締めて胸を張った。
「まずは北海で最強かつ最も勇敢な戦士たちによる『獅豹団』を配置し、さらに海の覇者であるホホジロザメを海面に走らせて監視させております。」
「宮主と私もこうして大殿に籠もり、彼らからの報告に耳を傾けては素早く指示を出しておりました。お預かりしたご命令に対し、一瞬たりとも気を緩めたことはございません!」
美姫と男たちは、心の中でデブ軍師に盛大な拍手を送った。
一方、小亀は「北海で最強かつ最も勇敢な獅豹団」という言葉を聞いた瞬間、メスのアシカに変身した自分を見て嬉しそうにニヤついていた、間抜けなオスアシカの顔がフラッシュバックしてしまった。
(う、笑っちゃう……!)
絶対に笑ってはいけない場所なのに、どうしても我慢できず、思わず口元がピクピクと上を向いてしまった。
しかし、これが奇跡を起こす。
いつも見下すように冷たい視線を向けるだけの驕盧様が、かすかに微笑んだのだ。
周囲にとっては、これほど恐ろしく、同時に魅力的なことはなかった。
その冷ややかな微笑みには、どこか傲慢で型破りな色気が宿っており、まるで世界中のすべてを鼻で笑っているかのような圧倒的なオーラを放っていた。
美姫はすっかりのぼせ上がり、慌ててご機嫌伺いをした。
「美姫は全力を尽くしておりますわ。もしこれでもお気に召さないようでしたら、何なりとご命令ください。北海の者はすべて、あなた様の言葉に従います」
ここまで小亀は一言も発していなかったけれど、予想をはるかに超える大満足の結果を勝ち取っていた。
(師姉の言う通りだ。四不像の驕盧、めちゃくちゃ顔がいいんだな。これなら作戦は上手くいきそうだぞ)
―――
次は二師兄に言われていた「イケメン作戦」の発動だ。
小亀はゆっくりと中央の席へ歩み進めると、袖を大きく一振りし、テーブルの上の皿やグラス、酒瓶をすべて床へと派手に叩き落とした。
ガシャーン!
と激しい音が響き渡り、周りは「次の一秒で大激怒される!」とガタガタ震え上がった。
けれど、小亀は美姫に向かって、ちょいちょいと手招きをしただけだった。
「かつて、僕は巨大な岩に押し潰され、南海の深淵の底に沈んでいた。暗闇の千年の中で、会いに来てくれたのはお前だけだ。」
「ずっと眠りこけていたが、お前の気配だけは確かに感じていたぞ」
美姫は驚き、そして狂喜乱舞した。
「驕盧様が私のことを覚えていてくださるなんて……! でも、あの時の四不像があなた様だったなんて思いもしませんでしたわ。お姿が素晴らしくて、まるで本物の神様のようです」
下では、宮殿の男たちがヒソヒソと内緒話を始めていた。
「俺たちと同じで鼻が一つに目が二つなのに、そんなにカッコいいか?」
「神様ってのは言いすぎだろ……」
「ここはやけに騒がしいな。全員下がらせろ」
小亀はそう言って、鬱陶しそうに眉をひそめてみせた。
浮世離れした神様のようなお方が、こんな俗っぽい酒や料理を好むはずがない。
軍師は気を利かせて太い体をゆさゆさと揺らし、男たちを指図して、あっという間に大殿をピカピカに片付けさせた。
「偉大なる驕盧様、私たちはこれにて失礼いたします。宮主とのお久しぶりのひとときを、どうぞごゆっくりお楽しみください」
デブ軍師が男たちを引き連れて、大殿の扉を出ようとしたその時。
「待て!」
小亀は冷たい表情のまま、ゆっくりと言い放った。
「北海のみな苦労したな。例の反逆者どもは、すでに屏風山の罠にかかっている。もはや袋のネズミだ。お前たちの関所も、もう解散して構わん」
美姫はパッと顔を輝かせた。
「おめでとうございます、驕盧様! ついに願いが叶いましたのね!」
(もしかして、この人も私に気があるから、わざわざ自分で知らせに来てくれたのかしら!?)
そう思うと笑みが止まらず、顔の白粉がさらにボロボロと剥がれ落ちていく。
「円筒、驕盧様のお言葉を聞いたでしょう? 海岸と海面の関所をすべて撤収させなさい! みんなに伝えなさい、今日から三日間の休暇よ! 北海と南海を挙げて、驕盧様の勝利をお祝いしましょう!」
―――
軍師と男たちは、うやうやしく頷いて大殿を後にした。
重い扉がゆっくりと閉まると、外に出た彼らは一斉に歓声をあげた。
「やったーー!」
もう、恐ろしい驕盧様に怯える必要はない。
それどころか、あのお方が自分たちのハーレムの仲間入りをしてくれたら、北海にとってこれ以上の名誉はないではないか!
一人の男が、みんなが気になっていた疑問を口にした。
「軍師、あの高貴なお方は、これからずっと北海にいてくれるんでしょうか?」
デブ軍師にもそんなことは分からない。
彼は意味深な顔をして「さあな、それは神のみぞ知る、だ」とはぐらかした。
さてその頃、大殿の中の美姫は、嬉しさのあまり飛び跳ねたい気分だった。
ついに片思いが実ったのだ。
彼女は愛おしそうに、愛する驕盧様が持ってきてくれた秀麗山の特産品『猿酒』をなみなみと飲み干した。
そのまま心地よく泥酔し、なんと丸三日間も爆睡してしまったのだった。
お酒から覚めた後、彼女は「どうしてあんなにがっついて飲んじゃったのよ!」と激しく自分を責めた。
せっかく二人きりで過ごせる絶好のチャンスを、台無しにしてしまったのだから。
数日後、本物の驕盧からの使者が北海に到着したときには、波有たちは小亀が呼び出した二枚貝の船に乗り込み、北海を千里も先まで進んでしまっていたのだった。
―――
海の上での日々は、とてものんびりしたものだった。
外は肌を刺すような冷たい北風が吹き荒れている。
たまに進む方向を確認するために外へ出る以外は、彼たちは二枚貝の船にある小さな楼閣の中にこもっているのがお気に入りだった。
建物は三階建てになっていて、まるで海上旅行のために作られたかのようだった。
最上階は女の子の部屋、二階は少年たちの部屋、そして一階がご飯を食べたり集まったりするリビングだ。
北海で手に入れたアシカの毛皮だけではもう寒さをしのげなくなり、今は暖かい白熊の毛皮のコートを着込んでいる。
北へ進めば進むほど、気温はどんどん下がっていく。
伊貴が様子を見るためにちょっと船の上に立っただけで、戻ってくる頃には全身カチコチに凍りつき、まつ毛にはびっしりと霜が降りているほどだった。
雲英は「寒い場所の魚は脂がのっていて美容にいい」と言っていたけれど、さすがに毎日同じようなメニューで、おまけに調味料もないとなると、すっかり飽きてしまっていた。
けれど、そんな食事の不満なんて、皆でいれば吹き飛んでしまう。
ここにはうるさい大人がいない。
全員が同世代の仲間なのだ。
若いって素晴らしい!
これといった大層な話題がなくても、たわいもないお喋りをしているだけで、毎日がたまらなく楽しかった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ブックマークや評価ポイント(下の方にある☆☆☆☆☆をポチッとしていただけると嬉しいです!)で応援していただけると、大きな執筆の励みになります^^




