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波有伝説~海をゆく虹色の鱗【前編:人魚涙のブレスレット】  作者: 唯紅蓮真美(いちべにまみ)
第二章 雪嶺の逃避行

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第46話 偽物の驕盧、現る


 北海の冬は、一年の中で最も過ごしにくい季節だ。



 寒さに慣れているはずの美姫でさえ、この時期ばかりは自分の宮殿に引きこもっていた。


 

 あまりの寒さを避けるため、彼女は珊瑚宮(さんごきゅう)を深い海底に建てたのだ。



 分厚い海原はまるで綿布団のようで、海の上でヒューヒューと吹き荒れる北風を遮ってくれる。


 だから海底は、地上に比べればそこまで冷え込むことはなかった。



 きらびやかに着飾った美姫は、宮殿を自分自身と同じように真っ赤や真緑といった色で飾り立てていた。


 お世辞にも上品とは言えず、かなり俗っぽい。



 大殿の壁には光り輝く夜明珠(やめいじゅ)が隙間なく埋め込まれ、周りを光るクラゲたちが円を描くように泳いでいる。


 宮殿の外から一歩中に入ると、目が眩んで失明しそうなほどの眩しさだった。



 机や椅子といった調度品は、すべて赤珊瑚、桃色珊瑚、紫珊瑚で作られている。


 思いつく限りの珊瑚が揃っており、ありとあらゆる赤色が殿内でこれでもかと華やかさを競い合っていた。




 新入りである九十人の男(面首)たちのうち、少数は楽器を打ち鳴らして怪しげで淫らなメロディを奏で、残りは大広間の真ん中で、頭や尻を振りながら、わけのわからないダンスを踊っていた。



 美姫は軍師の円筒と一緒に、広々とした七色の珊瑚の椅子に腰掛けている。



 他の九人の男たちが料理や酒を運ぶ給仕係となり、テーブルの上で空になった皿を次々と片付けては、新しいごちそうを運んできていた。




 それにしても、このコクレンの妖怪である軍師は本当によく食べる。


 後ろにいる男たちは、内心おもしろくないと思いながら、黙々と働きつつ心の中で軍師の悪口を並べ立てていた。




 ―――




 「ねえ円筒、海上の警備は本当に大丈夫なんでしょうね?」



 コクレンの軍師は特製の手袋をはめ、トゲだらけのウニの殻をパカッと叩き割ると、中から黄金色に輝くウニの身をほじくり出して美姫の皿に差し出した。



 「宮主、どうぞご安心を! 万事手配は済んでおります! 例のガキどもが我が北海にやって来たら、それこそ飛んで火に入る夏の虫というやつですな」


 

 円筒はもう一つウニの殻をむき、自分の口へ放り込んだ。噛みながら、もごもごとした声で言った。


 「実際のところ、私は驕盧様が取り越し苦労をしているだけだと思いますがね。」


 「考えてもみてください、宮主。あいつらはまだ若くて法力も大したことはない。……百歩譲って秀麗山を逃げ出せたとしても、屏風山の関所を突破できるはずがありません。狐の妖怪、李御といえば、胡白とも渡り合えるほどの大妖怪なのですから」



 美姫は円筒から差し出された皿を受け取ると、後ろに控えていた男に振り返って言った。


 「今日はあまり油っこいものは欲しくないわ。このウニはあげる」



 ただぼんやりと立っていて退屈していた男は、パッと顔を輝かせて床にひざまずいた。


 宮主の恵みに何度も感謝の言葉を述べる。


 彼女は手を振って、下がってゆっくり食べるように合図した。



 それから再び軍師に向き直る。


 「でも、驕盧様が何度も念押ししてきたのよ。絶対に北海を渡らせるな、ってね。念のため、宴会が終わったら、あなたと二人で海上に上がって仕掛けた関所を見てみましょう」




 円筒は口の中のものを飲み込み、うやうやしく答えた。


 「宮主、どうぞご安心ください。すでに北海で最強を誇る『獅豹団(しひょうだん)』を呼び寄せてあります。」


 「海岸線には何百頭もの屈強なアシカやアザラシがひしめき合い、近くの海域ではホホジロザメがパトロールしているのです。」


 「大口を叩くわけではありませんが、海の鳥一羽さえ通り抜けられませんよ」


 「今は一番寒い時期ですから、海面もところどころ凍りついています。アシカたちは皮が厚くて寒さに強いですが、宮主のようなお肌の瑞々しいお体が北風に晒されて、万が一のことがあってはいけません」




 美姫は凍りついた海と、刃物のように顔をそぎ落とす北風を想像して、思わず身震いした。


 「そうね! 想像しただけで寒気がするわ。やっぱり行くのはやめましょう。とにかく、あなたの仕事なら安心よ。円筒、そばにいてくれて本当に良かったわ。何でも抜かりなく考えてくれるもの」



 「宮主、もったいないお言葉です! すべて円筒の務めでございますよ」




 ―――




 お腹がいっぱいになり、心に余裕ができると、今度は別の欲が湧いてくる。



 美姫はもう一杯お酒を飲み干すと、頬杖をつき、潤んだ瞳で円筒に尋ねた。


 「ねえ、驕盧様のことをどう思う?」



 「はて、宮主はどのあたりをおっしゃっているので?」



 「ここにいる九十九人の男たちを見渡しても、彼のように冷え冷えとしたお顔立ちの人は、一人もいないじゃない」




 軍師はハッと気づいたように頷いた。


 「なるほど、確かに宮主のおっしゃる通りですな」




 彼は手を振って、最前列で踊っていた数人の男たちを呼び寄せた。


 「宮主が、お前たちのクールで冷たい表情をご覧になりたいそうだ。みんなやってみせろ! 上手くできた者には褒美をやるぞ」



 円筒がそう言って、男たちに向かって嬉しそうにニヤリと笑った。




 (おいおい、勘弁してくれよ……)


 何しろ、軍師の細い目がさらに細くなって消えそうになっている姿自体が面白すぎるのだ。



 そんな状況で、どうやって冷酷な顔を作れというのだろう。


 最前列の男たちは、全員不合格だった。



 二列目、三列目、四列目……。


 どの男も、いつもとは違う自分を装い、最高のクールさをアピールしようと必死だった。


 中には、ただ眉を釣り上げて目を怒らせ、まるで仁王像のような顔になってしまう者もいた。




 いかんせん宮主の理想が高すぎる。


 大殿にいる男たちを隅から隅まで見渡しても、目の形が少し似ている者は何人かいたけれど、あの目元に宿る冷徹さだけは、どうしても真似できるものではなかった。



 初めから分かっていたことではあったけれど、彼女は少しがっかりした気持ちになった。


 「円筒、みんなを下がらせて。少し疲れたわ」




 デブ軍師は目を怒らせている男たちに手を振り、「みんな散った散った、宮主が休憩されるぞ」と声をかけた。




 美姫の機嫌が悪くなったのは一目瞭然だったけれど、誰もその理由を言い当てることはできない。


 男たちは群れをなして、ぞろぞろと大殿の外へ泳いでいった。




 ―――




 宮殿の周りには無数の小さな離宮があり、宮主は彼らをいつも優遇していた。


 男たちにはそれぞれ個室が与えられており、中は本人の好みに合わせて、あれこれと賑やかに飾り立てられている。




 美姫が円筒の差し出してきた太い腕にすがり、立ち上がろうとしたその時、さっき出ていったばかりの男たちが、どっと大殿に押し寄せて戻ってきた。



 円筒の顔が険しくなり、今にも怒鳴り散らそうとした瞬間、一番早く泳いできた男が叫んだ。


 「宮主にご報告です! 都から驕盧様がお見えになりました!」



 デブ軍師は驚き、嬉しそうに美姫を見た。


 「宮主、これぞまさしく、噂に聞く『テレパシー』というやつではございませんか?」



 美姫は彼以上に慌てふためいた。


 「円筒、ちょっと見て! 私の今の顔、ちゃんと綺麗? このドレスの色、少し老けて見えないかしら?」



 軍師は良心を痛めながらも、「宮主は天女のように美しいです、何をお召しになってもお似合いですよ!」と褒めちぎった。



 それと同時に、周りの男たちにテキパキと指示を出す。


 「早くテーブルの上のものを片付けろ! 新しい料理と美酒を並べるんだ!」



 急いで新しい宴席の準備が整うと、宮殿内のたくさんのイケメンたちがせわしなく泳ぎ回り、最後にはきれいに真っ直ぐ二列に並んで、貴客の到着を待ち受けた。




 黒い衣をまとった驕盧が、大殿の入り口からふわりと中へ入ってきた。



 円筒は細長い目を一生懸命に丸く見開き、宮主のお気に入りの男が、一体他のやつらと何が違うのかを見極めようとした。


(二列に並んだ男たちと、そこまで変わらないような気がするが……。背が少し高くて、体が引き締まっているくらいだな……)



 そう思いながらもう一度視線を走らせた瞬間、その目の奥に光る、氷のように冷たい鋭い眼光にすっかり圧倒されてしまった。




 美姫はとっくに席から降りて待ち構えており、顔には何年経っても変わらないお決まりの笑みを浮かべていた。


 「閣下、どうして急にいらっしゃったのですか? 事前に教えていただければ、美姫が盛大な宴を開いてお迎えいたしましたのに」




 近くにいた男には、宮主が口元を微笑ませるたびに、顔の白粉がパラパラと下に落ちていくのがハッキリと見えていた。



 驕盧に化けている小亀も、それを間近でバッチリ見ていた。


 危うく吹き出しそうになる。




 (……ダメだ、ここで笑ったら絶対にダメだ!)


 何があっても耐えなければならない。



 二師兄からは「四不像の特徴は氷のような顔だ。とにかく冷たくてプライドの高そうな態度を突き通せ」とキツく言われていたのだ。


 伊念の情報がなかったら、北海の宮主がこんなタイプの男を好んでいるなんて、本当に夢にも思わなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます!


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