第42話 胡白の狐穴
解脱院は、四方を山に囲まれた緑豊かな小高い林の中にあった。
三棟の瓦屋根の家がコ字型に並び、中央の開けた庭の真ん中には、ひときわ大きな青石が置かれている。
後四はみんなを近くの林へと連れていくと、樹齢千年ほどはありそうな巨大な松の木を指さした。
「俺に続いて木に登ってくれ」
周りを見渡すと、同じように巨大で背の高い松が何本もそびえ立っている。
小亀は不思議そうに尋ねた。
「どれも全部同じに見えるね」
後四はにこっと笑った。
「どれでもいいんだ。この辺りの木には全部穴が空いていて、どこからでも入れるからさ」
若いみんなは手際よく、彼の後を追って木を登り始めた。
千年ものの松や柏の木は、まるで雲に届きそうなほど高い。
後四に付いて木のてっぺんまで登ると、今度は幹に空いた穴の中へと滑り降りていく。
どんどん滑り落ち、やがて地下の洞窟に辿り着いた。真っ暗闇の中をしばらく這って進むと、ようやく前方に光が見えてくる。
彼がみんなに声をかけた。
「着いたよ、ここだ」
洞窟の中は部屋の半分ほどの広さがあり、這いつくばらなくても、少なくとも座って過ごせるだけの高さはあった。
壁には夜明珠が埋め込まれていて、まるでお昼のように明るい。
伊貴が不思議そうに言った。
「妖族って法力が高くて、姿を自由に変えられるんだろう? 前に甲ちゃんが緑豆くらいの大きさに化けたみたいにさ。そのほうが上手く隠れられるんじゃないか?」
後四は大笑いした。
「何も知らないんだな。解脱院には仏経の加護があるから、法術がいっさい使えないんだ。」
「俺たちは今、さっきの庭の真ん中にあった大青石の真下にいる。この石板は秀麗山の宝物で、神識を完全に遮断できるんだ。子供の頃、胡の伯父と俺たち四人は、おじいちゃん(光如意羅漢)の説法をサボりたくなると、よくここへ逃げ込んだものさ」
後四の口から長男(後一)の名前が出たのを聞いて、波有の胸に痛みが走った。
「……私をかばって、驕盧の毒牙にかからなければ、こんなことには……」
「波有ちゃん、もう自分を責めないで。兄ちゃんは君のことが好きだったから、そうしたんだよ」
波有がさらに何か言いかけようとしたとき、だらりと下ろしていた手を、誰かがぎゅっと強く握りしめてきた。
振り返ると、小亀が目をキラキラと輝かせて自分を見つめている。
「師姉が悲しんでいたら、後一師兄だって天国で悲しむよ。本当にそうだよ!」
―――
いくら待っても、様子を見にいった後三は戻ってこなかった。
みんなの心から希望が消えかけていき、最後には誰もが絶望に包まれていた。
波有はずっと静かに泣きじゃくっている。
自分でも言っていた通り、一体どこから湧いてくるのか分からないほど、数え切れないほどの涙がとめどなく溢れ出た。
今ここを出ていけば確実に命を落とす。みんなには、ただ待つことしかできなかった。
洞窟の中には太陽の光も届かず、時間の感覚もまるでない。
すでに数日が過ぎたのか、それとも半月以上が経ったのか。
蓄えていた食べ物も水も完全に底をついたとき、後四が口を開いた。
「俺が先に外の様子を見てくるよ。もしこの近くに誰もいなければ、木の実か何かを採ってくる」
果実があれば喉の渇きも飢えも癒せる。
ありがたい提案だったけれど、外へ出るのは危険すぎる。
伊貴が言った。
「俺も行くよ。一人より二人のほうが心強いし、何かあっても助け合える。果物だって、たくさん拾ってこられるだろ」
残されるみんなは、くれぐれも気をつけるようにと言い含めるしかなかった。
波有にいたっては、涙のせいで声にさえならない。
二人が後三と同じように、二度と戻ってこないのではないかと怖くてたまらなかった。
ところが、お線香が一本燃え尽きるほどの短い時間で、伊貴と後四が帰ってきた。
ポケットいっぱいに山ぶどうを詰め込んで。
しかし、持ち帰った知らせは最悪のものだった。
伊貴が言った。
「山じゅうが都の兵士の格好をした奴らで溢れかえっている。きっと俺たちを探しているんだ。だから遠くへは行けなかったけれど、山ぶどうのツルを見つけたから、急いで摘んで走って戻ってきた」
波有は涙をこぼした。
「じゃあ……師父や伯父たちは、もう誰もいないの?」
伊貴は山ぶどうを差し出した。
「師妹、まずはお腹を満たそう。対策を考えるのはそれからだ」
小亀がぽつりと呟いた。
「光の伯父は僕の主人だから、まだ生きているって感覚で分かるよ」
伊貴が言葉を引き継ぐ。
「それならきっと、驕盧のやつにみんな捕まってしまったんだな。都へ連れていかれたのか、それとも屏風山なのか……」
少し言葉を詰まらせ、伊蘭に尋ねた。
「大師兄、ここでは師兄が一番年上だ。どう思う?」
伊蘭は少しも迷わない、固い決意に満ちた表情で即答した。
「それなら、都か屏風山へ、師父や伯父たちを救いに行くだけだ!」
伊貴は首を振ってため息をついた。
「師兄は相変わらず真っ直ぐすぎるな。聞いた俺がバカだったよ。……甲ちゃん、お前はどう思う?」
小亀は少し考えてから言った。
「僕たちは今、解脱院の中にいるから法術は使えないけれど、すごく安全だ。もう少しここで待っていれば、敵は僕たちがもう外へ逃げ出したと思い込んで、秀麗山の捜索をあきらめるかもしれない。外へ出るのはそれからだよ」
みんななるほどと頷き、その方法が一番良さそうだということになった。
波有が再び尋ねる。
「二師兄、仮に外へ出られたとしても、どうやって師父たちを助け出すの?」
伊貴も顔を曇らせた。
「そうなんだよな。伯父たちでさえ驕盧には敵わなかったんだ。俺たちが行ったところで、卵を石にぶつけるようなものさ」
後四が隣でうつむきながら、ぼそりと呟いた。
「……やっぱり、助っ人を呼びにいくしかないと思う。でも、ここから逃げ出すにしても、あと数日は待たなきゃダメだ」
―――
みんなは近くのツルから採ってきた山ぶどうだけで、さらにしばらくの期間を持ちこたえた。その間にも、後四と伊貴は二度、外の様子をうかがいに出かけた。
三度目に帰ってきたとき、後四が嬉しそうにみんなに告げた。
「もう山の中を捜索している兵士はいないよ! 山門のところに小さな妖怪が数匹、見張りに立っているだけだ。法力も低そうだし、これなら俺たちでも十分に脱出できる」
みんなで丸く囲み、伊貴が地面に描く図面をじっと見つめた。
彼は太い木の枝を持ち、地面を指さしながら説明する。
「見てくれ。後師弟の話通りに秀麗山を出たら、屏風山の裏手を通り抜けて北へ向かう。そこには大きな海が広がっているんだ。北の海を渡った先には、丸子人の部族が暮らす凍てついた荒野がある。その荒野を越えた、ここだ!」
彼は目的地の上に、力強く二つの丸を描いた。
「通天峰。星盤仙尊の住処だ」
後四が興奮した声で言葉を重ねる。
「星盤仙尊は、俺たちのおじいちゃん(光如意)の大親友なんだ。この世に三人しかいないと言われる『三大能(偉大な能力者)』の一人でもある。事情を知れば、絶対に手を貸してお母ちゃんや伯父たちを救い出してくれるはずさ!」
伊貴は静かに首を振った。
「あの四不像は一筋縄ではいかない。脱出できたとしても、外には網が張られているはずだ」
「驕盧のやつだって、俺たちが唯一の頼みの綱である、通天峰のところへ助けを呼びにいくことくらい予想している。だから、道中に必ず罠を仕掛けて俺たちを捕まえようとするはずだ」
伊貴は自分を見つめるみんなの視線を受け止めると、少しの間を置いて、静かに、そして落ち着いた声で言った。
「……途中で全滅するかもしれない。だけど、たった一人でも星盤仙尊に会うことができれば、師父たちを救い出すことができるんだ」
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