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波有伝説~海をゆく虹色の鱗【前編:人魚涙のブレスレット】  作者: 唯紅蓮真美(いちべにまみ)
第二章 雪嶺の逃避行

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第41話 奪舎 ―肉体の乗っ取り―


 胡白は傍らで深く息を吸い込み、冷ややかに言った。


 「そうだ、師姉。俺もはっきりと見たよ。あの時は気づかなかったけれど、今の話を聞いて、俺も師兄も一気に思い出したんだ」



 まさか、師匠の金身(肉体)を使って自分たちを騙していたなんて。


 仮羅は胸の内の怒りを抑えきれず、震える声で罵った。


 「あいつを誤解していたなんて思い込み違いも甚だしい。すべては彼の仕組んだ罠だったんだ! 」


 「あれは師匠じゃない、驕盧だ。だからベッドの脇の四不像は目を覚まさなかったんだ。魂が師匠の体に入り込んでいたからだ!」



 胡白は歯を食いしばった。


 「少しは改心したかと思えば、とんだ見くびり方をしてくれたものだ。師匠の体の中にいるのは、あの恩知らずの悪党だったなんて。師兄、これからどうする?」




 波有たちは三人の周りを取り囲んでいたが、誰一人として彼らの話の内容を理解できていなかった。


 仮羅たちの顔が目まぐるしく変わり、取り乱した様子で捲し立てるのを見て、どう声をかければいいのかも分からない。


 胡白のすぐ近くの椅子に座っていた伊高屋は、隣で聞いていてなおさらわけが分からなくなっていた。


 「二兄上、どういうことです? お師匠さまが、偽物だって言うんですか?」


 胡白は、事情の分からない面々に向けて説明した。


 「あなたたちの言葉で言うなら、つまり『奪舎(だっしゃ)(肉体の乗っ取り)』だ」



 おいおい、そいつはとんでもない。奪舎だと!


 伝説に聞く、天理に背く禁忌の行いか。羅漢様が蘇ったというのは嘘で、金身の中にある魂は、四不像のものだというのか。

 


 波有は心の中で思った。


(道理で、伯父たちが飛び跳ねながら、驕盧のやつを畜生だと罵っていたわけだわ)


 伊高屋はなだめようとしたが、これといった名案も浮かばず、焦ってただ手を揉み合わせるばかりだった。


 若い世代も小さな輪を作って、あれこれと口々に議論を始めていた。




 ―――




 伊蘭が波有と小亀に尋ねる。


 「伯父たちと一緒に行ったんだろう? その羅漢様とやらは見なかったのか?」



 小亀は情けない顔をして言った。


 「光の伯父が、危険だからって僕たちをずっと袖の中に隠していたんだ。だから何も見えなかったよ」



 波有は頷いて言った。


 「私は見たわよ! さっき光の伯父が言っていた頭光(ずこう)って何? 伯父たちの師匠の頭はハゲていて、髪の毛も光も何もなかったわ」



 伊貴が皆に教えた。


 「果位(位・資格)を持つ高僧だけが頭光を放つことができるんだ。頭の後ろに、丸くて輝かしい光の輪が見えるらしいぞ」


 皆は分かったような分からないような顔で頷いた。



 波有がぽつりぽつりと言った。


 「つまり、伯父の師匠の本尊はれっきとした羅漢だから、頭の後ろに霊光の輪が差しているはずなのね。でも、今、屏風山に座っている男には光の相がない。だったら当然、伯父の師匠じゃないってことだわ」



 伊貴は顔を曇らせた。


 「その通りだ! だが、四不像の法術は、伯父たちよりもはるかに上なんだぞ」



 皆がああだこうだと言い合っているところへ、外を見回っていた後二が、足をもつれさせながら血相を変えて飛び込んできた。


 「お母ちゃん! 光の伯父! 大変だ! 山の結界が破られた! 山門のところに、伯父の大師兄だと名乗る鹿の妖怪が来て、会わせろって言ってる!」



 後霊たち三人は、互いに顔を見合わせた。


 仮羅は顔を真っ青にして言った。


 「鹿の妖怪だと?! また四不像の姿に戻ったのか? 恐ろしい男だ。師匠の金身と四不像の姿を、自分の思いのままに行き来できるというのか。一体どれほど凄まじい法術なんだ……」



 胡白は焦った。


 「どうしてこんなに早く来やがった! 俺たちに『師姉を連れて会いに来い』と言ってあったはずだろう。何をしにここへ来たんだ?」



 後霊は呆然とした。

 

「彼の妖力……師匠が昔に張った結界を破ってしまうなんて、これからどうすればいいの」



 仮羅は少し考えてから言った。


 「まずは外へ出て、彼が何を言うか確かめよう。あいつはまだ、俺たちが企みを見破ったとは知らないはずだ。だからまずは落ち着け!」



 歩き出そうとして、ふと足を止め、小亀たちのほうを振り返った。


 「お前たちは外へ出るな。万が一に備えて、裏山の解脱院(げだついん)に隠れていろ。胡白が子供の頃に掘った、とても隠密性の高い洞窟がある。神識でも探れない場所だ。後三、後四、お前たちがみんなを案内しろ」




 ―――




 猿の一族の四兄弟は、四つ子なだけあって顔はそっくりだった。ただ一つ違うのは身長だ。


 波有に想いを寄せていた後一は、一番背が高く体格も抜群だった。


 だが、今しがた知らせに飛び込んできた後二は、兄より頭半分ほど低い。


 後三と後四は、後二よりもさらに頭半分ほど低かった。



 師父や伯父たちが部屋を出ていった後、波有は伊高屋のことが心配になり、他の弟子たちに相談した。


 「ねえ、光の伯父様はどうして私たちを隠れさせたのかしら?」



 大師兄の伊蘭は鼻で笑った。


 「決まってるだろ。俺たちが足手まといだからさ。法力が低すぎて、行ったところで邪魔になるだけだと思われてるんだ」



 二師兄の伊貴がそれをたしなめた。


 「そんな言い方をするなよ、師兄。光の伯父だって俺たちのために言ってくれたんだ」



 小亀が口を挟んだ。


 「大師兄の言う通りだよ! 絶対に僕たちのことを荷物だと思ってるんだ」



 波有は重ねて尋ねた。


 「いいわ、それが本音だとしてもさ。師父だって私たちと同じくらい(法力が低い)じゃない。どうして師父は行けたの?」



 伊貴は苦笑いした。


 「師父の面目を潰さないためだろうさ」



 波有は小さな声で呟いた。


 「私、絶対に師父じゃ対処できないと思うわ。あの日見たでしょう、光の伯父、胡の伯父の二人がかりでも、驕盧には敵わなかったんだから」




 後三は根が優しい男だったので、彼女の不安そうな様子を見て声をかけた。


 「波有ちゃん、心配しないで。僕のお母ちゃんも一緒にいるから」



 隣にいた後四も言った。


 「三人で一人を相手にするんだ、きっと勝てるさ」



 伊貴が皆をなだめるように言った。


 「まあ皆、俺の言うことを聞いてくれ。もしかしたら驕盧は戦いに来たんじゃないかもしれないぞ? 光の伯父も、ひとまず和解したフリをしておくと言っていただろう?」



 後三と後四も調子を合わせた。


 「そうだ、そうだ!」



 波有は小さな唇をすぼめて言った。


 「でも私はどうしても師父が心配なの! ちょっとだけ、こっそり様子を見に行かない? 何事もなさそうなら狐の洞窟(解脱院)へは行かなければいいし、もし様子がヤバそうなら、その時に洞窟へ逃げ込めばいいじゃない」



 大弟子の伊蘭が、冷ややかな目を彼女に向けた。


 「その時にはもう、逃げようとしても手遅れだ。俺たち程度の力で、あの男から逃げ切れるとでも思っているのか?」



 すると、後三が一つ提案をした。


 「みんな、焦らないで。こうしたらどうかな? 弟(後四)がみんなを連れて洞窟へ行く。波有ちゃんは師父が心配なんだよね? 実は僕もお母ちゃんが心配なんだ。僕は足がすばしっこいし、山の地形にも詳しいから、逃げるのも得意だ。」


 「僕がこっそり様子を見てくるから、みんなは洞窟で僕を待っていて。」


 「もしずっと戻ってこなかったら、それは危険だって証拠だから、みんなは絶対に外へ出ちゃダメだよ」



 一同は少し考えたが、今の状況ではこれ以外に良い方法がなかった。


 波有は慌てて言った。


 「でも、やっぱり危険よ。後三兄さん一人に行かせるわけにはいかないわ。行くならみんなで行きましょ」



 しかし後三は皆が言い終わるのを待たず、身を翻して駆け出していった。


 走りながら声を張り上げる。


 「僕一人のほうが動きやすいんだ!」



 後四もその後ろ姿に向かって大声で叫んだ。

 

 「三兄ちゃん、気をつけて!」


最後までお読みいただきありがとうございます!


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