第41話 奪舎 ―肉体の乗っ取り―
胡白は傍らで深く息を吸い込み、冷ややかに言った。
「そうだ、師姉。俺もはっきりと見たよ。あの時は気づかなかったけれど、今の話を聞いて、俺も師兄も一気に思い出したんだ」
まさか、師匠の金身(肉体)を使って自分たちを騙していたなんて。
仮羅は胸の内の怒りを抑えきれず、震える声で罵った。
「あいつを誤解していたなんて思い込み違いも甚だしい。すべては彼の仕組んだ罠だったんだ! 」
「あれは師匠じゃない、驕盧だ。だからベッドの脇の四不像は目を覚まさなかったんだ。魂が師匠の体に入り込んでいたからだ!」
胡白は歯を食いしばった。
「少しは改心したかと思えば、とんだ見くびり方をしてくれたものだ。師匠の体の中にいるのは、あの恩知らずの悪党だったなんて。師兄、これからどうする?」
波有たちは三人の周りを取り囲んでいたが、誰一人として彼らの話の内容を理解できていなかった。
仮羅たちの顔が目まぐるしく変わり、取り乱した様子で捲し立てるのを見て、どう声をかければいいのかも分からない。
胡白のすぐ近くの椅子に座っていた伊高屋は、隣で聞いていてなおさらわけが分からなくなっていた。
「二兄上、どういうことです? お師匠さまが、偽物だって言うんですか?」
胡白は、事情の分からない面々に向けて説明した。
「あなたたちの言葉で言うなら、つまり『奪舎(肉体の乗っ取り)』だ」
おいおい、そいつはとんでもない。奪舎だと!
伝説に聞く、天理に背く禁忌の行いか。羅漢様が蘇ったというのは嘘で、金身の中にある魂は、四不像のものだというのか。
波有は心の中で思った。
(道理で、伯父たちが飛び跳ねながら、驕盧のやつを畜生だと罵っていたわけだわ)
伊高屋はなだめようとしたが、これといった名案も浮かばず、焦ってただ手を揉み合わせるばかりだった。
若い世代も小さな輪を作って、あれこれと口々に議論を始めていた。
―――
伊蘭が波有と小亀に尋ねる。
「伯父たちと一緒に行ったんだろう? その羅漢様とやらは見なかったのか?」
小亀は情けない顔をして言った。
「光の伯父が、危険だからって僕たちをずっと袖の中に隠していたんだ。だから何も見えなかったよ」
波有は頷いて言った。
「私は見たわよ! さっき光の伯父が言っていた頭光って何? 伯父たちの師匠の頭はハゲていて、髪の毛も光も何もなかったわ」
伊貴が皆に教えた。
「果位(位・資格)を持つ高僧だけが頭光を放つことができるんだ。頭の後ろに、丸くて輝かしい光の輪が見えるらしいぞ」
皆は分かったような分からないような顔で頷いた。
波有がぽつりぽつりと言った。
「つまり、伯父の師匠の本尊はれっきとした羅漢だから、頭の後ろに霊光の輪が差しているはずなのね。でも、今、屏風山に座っている男には光の相がない。だったら当然、伯父の師匠じゃないってことだわ」
伊貴は顔を曇らせた。
「その通りだ! だが、四不像の法術は、伯父たちよりもはるかに上なんだぞ」
皆がああだこうだと言い合っているところへ、外を見回っていた後二が、足をもつれさせながら血相を変えて飛び込んできた。
「お母ちゃん! 光の伯父! 大変だ! 山の結界が破られた! 山門のところに、伯父の大師兄だと名乗る鹿の妖怪が来て、会わせろって言ってる!」
後霊たち三人は、互いに顔を見合わせた。
仮羅は顔を真っ青にして言った。
「鹿の妖怪だと?! また四不像の姿に戻ったのか? 恐ろしい男だ。師匠の金身と四不像の姿を、自分の思いのままに行き来できるというのか。一体どれほど凄まじい法術なんだ……」
胡白は焦った。
「どうしてこんなに早く来やがった! 俺たちに『師姉を連れて会いに来い』と言ってあったはずだろう。何をしにここへ来たんだ?」
後霊は呆然とした。
「彼の妖力……師匠が昔に張った結界を破ってしまうなんて、これからどうすればいいの」
仮羅は少し考えてから言った。
「まずは外へ出て、彼が何を言うか確かめよう。あいつはまだ、俺たちが企みを見破ったとは知らないはずだ。だからまずは落ち着け!」
歩き出そうとして、ふと足を止め、小亀たちのほうを振り返った。
「お前たちは外へ出るな。万が一に備えて、裏山の解脱院に隠れていろ。胡白が子供の頃に掘った、とても隠密性の高い洞窟がある。神識でも探れない場所だ。後三、後四、お前たちがみんなを案内しろ」
―――
猿の一族の四兄弟は、四つ子なだけあって顔はそっくりだった。ただ一つ違うのは身長だ。
波有に想いを寄せていた後一は、一番背が高く体格も抜群だった。
だが、今しがた知らせに飛び込んできた後二は、兄より頭半分ほど低い。
後三と後四は、後二よりもさらに頭半分ほど低かった。
師父や伯父たちが部屋を出ていった後、波有は伊高屋のことが心配になり、他の弟子たちに相談した。
「ねえ、光の伯父様はどうして私たちを隠れさせたのかしら?」
大師兄の伊蘭は鼻で笑った。
「決まってるだろ。俺たちが足手まといだからさ。法力が低すぎて、行ったところで邪魔になるだけだと思われてるんだ」
二師兄の伊貴がそれをたしなめた。
「そんな言い方をするなよ、師兄。光の伯父だって俺たちのために言ってくれたんだ」
小亀が口を挟んだ。
「大師兄の言う通りだよ! 絶対に僕たちのことを荷物だと思ってるんだ」
波有は重ねて尋ねた。
「いいわ、それが本音だとしてもさ。師父だって私たちと同じくらい(法力が低い)じゃない。どうして師父は行けたの?」
伊貴は苦笑いした。
「師父の面目を潰さないためだろうさ」
波有は小さな声で呟いた。
「私、絶対に師父じゃ対処できないと思うわ。あの日見たでしょう、光の伯父、胡の伯父の二人がかりでも、驕盧には敵わなかったんだから」
後三は根が優しい男だったので、彼女の不安そうな様子を見て声をかけた。
「波有ちゃん、心配しないで。僕のお母ちゃんも一緒にいるから」
隣にいた後四も言った。
「三人で一人を相手にするんだ、きっと勝てるさ」
伊貴が皆をなだめるように言った。
「まあ皆、俺の言うことを聞いてくれ。もしかしたら驕盧は戦いに来たんじゃないかもしれないぞ? 光の伯父も、ひとまず和解したフリをしておくと言っていただろう?」
後三と後四も調子を合わせた。
「そうだ、そうだ!」
波有は小さな唇をすぼめて言った。
「でも私はどうしても師父が心配なの! ちょっとだけ、こっそり様子を見に行かない? 何事もなさそうなら狐の洞窟(解脱院)へは行かなければいいし、もし様子がヤバそうなら、その時に洞窟へ逃げ込めばいいじゃない」
大弟子の伊蘭が、冷ややかな目を彼女に向けた。
「その時にはもう、逃げようとしても手遅れだ。俺たち程度の力で、あの男から逃げ切れるとでも思っているのか?」
すると、後三が一つ提案をした。
「みんな、焦らないで。こうしたらどうかな? 弟(後四)がみんなを連れて洞窟へ行く。波有ちゃんは師父が心配なんだよね? 実は僕もお母ちゃんが心配なんだ。僕は足がすばしっこいし、山の地形にも詳しいから、逃げるのも得意だ。」
「僕がこっそり様子を見てくるから、みんなは洞窟で僕を待っていて。」
「もしずっと戻ってこなかったら、それは危険だって証拠だから、みんなは絶対に外へ出ちゃダメだよ」
一同は少し考えたが、今の状況ではこれ以外に良い方法がなかった。
波有は慌てて言った。
「でも、やっぱり危険よ。後三兄さん一人に行かせるわけにはいかないわ。行くならみんなで行きましょ」
しかし後三は皆が言い終わるのを待たず、身を翻して駆け出していった。
走りながら声を張り上げる。
「僕一人のほうが動きやすいんだ!」
後四もその後ろ姿に向かって大声で叫んだ。
「三兄ちゃん、気をつけて!」
最後までお読みいただきありがとうございます!
ブックマークや評価ポイント(下の方にある☆☆☆☆☆をポチッとしていただけると嬉しいです!)で応援していただけると、大きな執筆の励みになります^^




