表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波有伝説~海をゆく虹色の鱗【前編:人魚涙のブレスレット】  作者: 唯紅蓮真美(いちべにまみ)
第一章 邂逅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/51

第29話 仙姿玉質の姉君



 波有は、かつて小川のほとりで初めて出会った、凛々しく美しい少年の姿をした小亀のことを思い出していた。



 彼女は伊高屋に向かって訊ねた。


 「師父! さっき師弟が『四霊術』をもう全部覚えたって言っていたけれど、本当なの? 入門してから、まだそんなに日にちが経っていないよね?」



 伊高屋は少しばかり、がっくりとしたように肩を落とした。


 「……ああ、本当だとも。甲ちゃんはな、毎晩欠かさずわしの後ろについて修行に励んでいたのだ。お前たちの誰よりも、遥かに物覚えが早いわ!」



 伊蘭は、少しへそを曲げたように小さな声でぶつぶつと呟いた。


 「そりゃあ、条件が違いすぎますよ。甲ちゃんは光の伯父様の分身なんですから……」



 しかし、波有の頭の中は、全く別の不届きな企みでいっぱいだった。



 彼女はニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべ、小亀に詰め寄った。


 「師弟、『四霊術』を全部マスターしたっていうなら、もう元の姿に戻れるよね? ほら、師父たちに『目が覚めるような美少年』の姿をお見せしてごらんよ!」



 「師姉……本当にいいの?」



 仮羅は以前から、小亀がなぜこれほど小さな子供の姿をしているのか不思議に思っていたが、今の二人の会話を聞いて、ようやく合点がいった。


 彼は深く頷き、声をかけた。


 「甲ちゃん、恐れることはない。本来の姿に戻るが良い」




 伊高屋たちが何事かと目を白黒させている中、小亀の身体がにわかに引き締まり、ぐんぐんと丈が伸びた。


 ぷくぷくとしていた両の頬の肉が引き締まり、一瞬にして、見るも凛々しく端正な顔立ちの美少年へと変貌を遂げたのである。




 少年となった小亀は、伊高屋に向かって恭しく礼を執った。


 「師父、どうかお許しください!」


 「 当初、師父に弟子入りを願い出た際、師父に怪しまれず、すんなりお許しをいただけるよう、師姉から『なるべく小さな子供の姿になっておきなさい』と知恵を授けられたのです」


 「これが、僕の本来の姿にございます」




 伊高屋は驚愕し、即座に犯人である波有を捕まえようと首を巡らせた。


 ――しかし、そこにはもう、彼女の姿はなかった。



 波有は、小亀が口を開いた瞬間に、ことの重大さを察知していたのだ。


 心の中で「しまった、大変! 完全に忘れてた!」と頭を抱えていた。


 (師父を騙すための嘘、言い出したのは他でもない自分じゃないの! それにしても師弟のやつ、よくもまぁ、あっさりと私を売ってくれたわね。 師父はきっと怒り狂っているに違いない!今すぐここを逃げ出さなきゃ、お仕置きの雷が落ちてきちゃう!)



 彼女は塔の脇に下に通じる階段を見つけると、足音を忍ばせ、三歩を二歩に縮めるほどの猛烈な勢いで、コソコソと下へと逃げ下りていくのであった。




―――




 その頃、狐妖の李御は、四方の風が吹き抜ける、純金で鋳造された壮麗な王座に端座していた。


 広々とした王座の傍らには幼い皇帝が座っており、彼女は右手で優しく李順天の肩を抱きよせている。



 王座の下に据えられた巨大な玉の神輿(みこし)には、葉妃と慧が控えていた。



 厳めしく鮮やかな甲冑に身を包んだ九十九人の近衛兵が、巨大な玉石の台座を肩に担ぎ、一歩一歩厳かに進んでいく。


 彼らの前方では、駿馬にまたがり長槍を掲げた九百九十九人の先導兵が道を切り開き、後方には、厳かな礼服に身を包んだ文武百官の長い行列が、どこまでも続いていた。


 大通りの両側には、鮮やかな旗が整然と掲げられ、神輿の左右に付き従う宮中の侍従たちは、あらかじめ用意されていた色鮮やかな生花を、歩みと共に惜しみなく道へと撒き散らしていく。




 李御は自らの神識をそっと周囲に巡らせた。


 どれほど離れていようとも、道路の両側にひしめき合う民衆たちの興奮した囁き声が、克明に彼女の耳へと飛び込んでくる。




 「あのお方が、天下一の美人として名高い当今の太后様か?」



 「これほど美しいお人は見たことがねえ。まるで天上の仙女様だ、生きている人間とは思えん! 天下一の名に寸分の狂いもないな!」



 「聞いた話じゃ、先皇は太后様に狂わんばかりにおのぼせになって、後宮には皇后様ただ一人しか置かなかったそうだ。それに、今の国名がなぜ『不老国』になったか知ってるか? すべては太后様のお美しさにあやかって名付けられたのだそうだ。入宮されてから何十年も経つっていうのに、お姿が全くお変わりにならないなんて、あまりに奇跡的じゃないか! ……おい、もしかして、人間じゃなくて狐か何かの妖精なんじゃないかね?」



 「そんなこと、俺に分かるわけねえだろ! ほら見ろ、太后様の隣に座っておられるのが小皇帝か? ざっと十歳前後といったところだな。子供を産み落とした身でありながら、あの首筋はなんと白くしなやかで美しい。見事な身のこなし、一体どんな秘術を使って美を保っておられるのだ?」



 「しっ! 声が大きい! 噂では、小皇帝は太后様の実のお子ではなく、身の回りの宮女が産んだ子らしいぞ」


 「なるほど、なら納得だ。それにしても、太后様と皇帝が御乗りになっている黄金の王座、光り輝いていて神々しいが、一体どれほど重いのだろうな!」


 

 「当たり前だろう! 当今の太后様と皇帝陛下なのだぞ! 用いられるものはすべて、この世の最上の至宝に決まっている!」


 「重い王座を担がされている下の連中は、たまらんほど骨が折れるだろうな」



 「椅子の下の白い台座を見てみろ、極上の玉石(ぎょくせき)だぞ! あんな巨大な塊、見たこともねえ!」


 「なあ、王座の金を、ほんの一片だけでもいいから分けてもらえないかねえ。多くは望まん、一つまみでいいんだが!」



 「お前は強欲な奴だな! 俺なら金はいらん、玉石のほうが欲しいね!」


 「へっ! 人を強欲呼ばわりしておいて、お前だって大差ないじゃないか!」




 李御は耳に入ってくる声を聞くうちに、次第に辟易としてきた。


 (どこまでも愚かで浅薄な凡夫、市井の俗物どもめ。口を開けばくだらぬ戯言ばかり。卑しい眼には金銀財宝しか映らず、この私の上高き至尊、絶世無双の美しさを本質から讃えることすらできぬとは)




 彼女は白鳥のように白く艶やかな長い首を巡らせ、ふと視線を遥か彼方へと向けた。



 千年の時を生きる狐の大妖としての視力は、恐ろしいほどに鋭かった。


 その視線が、御花園の片隅にそびえ立つ「望月塔」の上で揺れる、雪のように白い一つの小さな顔にカチリと釘付けになった。



 ――まるで、太い釘を打ち込まれたかのように、吸い寄せられて離れなくなった。



 (あの大層な美少女は……一体どこの誰だ!?)


 (あと数年もして完全に大人になったなら、おそらく世の誰も、その美貌に打ち勝つことはできなくなるだろう)


  (あの子が成長したその時、一体どうなる? 国を傾けるほどの絶世の美女となるに違いない)


  (……そうなれば、この私は? 私の『天下一の美人』の座はどうなってしまうの!?)



 突如として、李御の胸に激しい動揺と焦燥が沸き起こり、彼女は一瞬、息が詰まるほどの狼狽に襲われた。




 ―――




 一方、その頃。



 望月塔の上にいた胡白もまた、激しい動揺に襲われていた。


(おいおいおい……あのきらびやかな神輿の上でふんぞり返っている太后、まるで俺の義理の姉貴の生き写しじゃないか……!?)


 


 彼は心の中で必死に否定しようとしたが、明晰な頭脳は、残酷なまでの真実を告げていた。


 あれは間違いなく、自分の義姉――赤毛の狐・李御、その人であった。



 彼は冷や汗を流しながら、飛ぶような速さで光仮羅の様子を窺った。



 仮羅はちょうど、小亀に「光占羅盤」の扱い方と法術を丁寧に教授しているところだった。



(ああ!!! 神様仏様、どうか彼が、神輿のほうを見ていませんように!)




 胡白は大慌てで身体の向きを変え、仮羅の視界を遮るように李御のいる方向の前に立ちはだかった。


 「いやあ、見れば見るほど甲ちゃんは師兄の若い頃にそっくりですな!」


 「 思い返せば、俺がまだほんのちっぽけな狐の仔生だった頃、門を叩いて初めて会った師兄は、いまの甲ちゃんとさほど変わらないお姿でした。」


 「あの頃、師匠は俺の頭の金毛をいじるのがお好きで、いっつもクシャクシャに遊ばれてしまうのを、そのたびに師兄が優しく、きれいに撫でつけて直してくれたものでしたよねえ」




 彼はさらに、両手を高く掲げて身体を大きく広げ、わざとらしく大袈裟な伸びをしてみせた。


 「いやあ! それにしてもこの祭天大典ってやつは、本当に退屈で見る価値もありませんな! むさ苦しい人間どもがただゾロゾロと歩き回っているだけで、実につまらん! 」


 「これならとっとと宿屋へ戻って、美味い焼き鳥でもつつきながら、小粋に酒でも酌み交わしたほうが、よっぽど風流ってものですよ!」




 仮羅はゆっくりと振り返り、胡白に向かってフッと意味深な笑みを漏らした。


 「お前の記憶力は、昔から大した境地だな、師弟よ。」


 「……ならば、あの年のことも覚えているか? 」


 「お前が李御を俺の前に連れてきて、『自慢の姉貴です、師兄の嫁に貰ってください』と言い放った時のことを。あの時、お前が彼女のことをどう評していたか……俺はすっかり忘れてしまったよ。お前は物覚えが良いのだ、今ここで、もう一度聞かせてくれないか?」




 胡白の顔から一瞬にして血の気が引き、真っ白になった。




 「ああ、そういえば思い出したぞ。あの時、師弟は確か俺にこう言ったはずだ。『姉は、ひたすら道を求め、一心不乱に修練に打ち込んでいる身にございます。ゆえに普段は滅多に庵の門を出ることもなく、すっかり歳を重ねてしまい、未だ良き伴侶に巡り会えずにいるのです』……。師弟よ、お前は確かにそう言ったな?」




 胡白は胸の奥から血が噴き出すような衝撃を覚え、耳の奥では太鼓が乱打されているかのように激しい音が鳴り響いた。


 あまりの恐怖と動転に、返す言葉が何一つ浮かばず、唇を震わせるだけで声にすらならなかった。




 仮羅は、そんな彼の肩を容赦なく掴むと、力任せにぐいと脇へ引き剥がした。


 「そこを退け! 俺に見せろ!」



 仮羅の眼は、冷徹な光を放っていた。


 「俺の耳にはな、先ほどから街の俗物どもの声がこれでもかと飛び込んできているのだよ。お前が仙姿玉質と称した、あの高潔なお姉様の噂話がな。)


 「……聞けば、都はいつの間にか名を変え、『不老国』と呼ばれているそうじゃないか。それは一体なぜだ? そして、李御がなぜ、人間の都の絶対権力者である『太后』の座に君臨しているのだ? ……なぁ師弟、お前も理由を知りたくはないか? 」


 

 「この俺はな、たった今、すべてを文字通り『一から十まで』、一蜜(いちみつ)の漏れもなく、聞き届けてしまったのだよ!」


<あと書き>

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


今年もまた……ジメジメ、ムシムシした梅雨の季節がやってきましたね。

でも、「お庭の植物たちの気持ち」になって考えてみれば、恵みの雨ですし……まあ、仕方ないですよね^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ