第28話 お上りさん、都へ入る
その一方、光仮羅、胡白、伊高屋の義兄弟三人と弟子たちは、寂れた道観を後にし、都に向かって歩みを進めていた。
目的地に近づくにつれ、街道を行き交う人々の姿が目に見えて増えてきた。
家族総出で手押し車を押し、上に老人や小さな子供を乗せている者。
父親が幼い我が子を抱きかかえ、すぐ後ろを妻が微笑みながらついていく者。
あるいは、若い恋人同士が仲睦まじそうに寄り添って歩いている姿もあった。
これらはすべて都の周辺の村々に暮らす人々で、誰もが大典の賑わいを見物に行くところなのだ。
「師父! 師父!」
波有は興奮を隠せない様子で伊高屋の袖を引っ張った。
「まるでお祭りみたい! すっごい人だよ!」
彼女が言葉を続けようとしたところ、伊高屋は慌ててそれを遮り、叱りつけるように言った。
「これこれ、少しは口を慎みなさい! まるでお上りさんが初めて都に出てきて、世間の珍しさに度肝を抜かれているようではないか」
「みっともない!」
胡白はいかにも良家のお坊ちゃんといった優雅な手つきで、ゆるりと扇子を揺らしながら笑った。
「波有、これは普通のお祭りどころの騒ぎじゃないぞ。そうだ、お前と甲ちゃんはまだ小さいんだから、絶対に勝手に走り回るんじゃないぞ。迷子にでもなったら大変だからな!」
すると、猿妖の後一が、自分の手をこれ見よがしに高く突き上げて胸を張った。
「胡の伯父、俺が小師妹をぴったり見守っていますから、どうぞご安心を! 髪の毛一本だって、迷子にさせやしませんぜ!」
胡白は呆れたように、扇子の柄の先で後一の頭をポカリと叩いた。
「お前な、じゃあ、甲ちゃんのほうはどうするんだ? 放ったらかしか?」
隣を歩いていた伊貴が、ここぞとばかりに吹き出した。
小亀は傍らから、いかにも子供らしい舌足らずな声で言った。
「師姉は今、すごく綺麗になったんだから、後一兄が好きになるのも当然だよ。僕だって……師姉のことが大好きだよ。でも、師姉はきっと、僕が小さすぎるから相手にしてくれないんだ。」
「だけどね! 僕は自分の面倒くらい自分で見られるんだよ。」
「こう見えても、師父の『四霊術』はもう全部マスターしちゃったんだから!」
―――
かつて、小亀は光仮羅の体の一部である「亀の甲羅」の一片に過ぎず、仮羅自身もその甲羅にそれほど深い愛着を抱いていたわけではなかった。
しかし、伊高屋が小亀を弟子として迎え入れて以来、その甲羅が他の弟子たちと楽しげに遊び回り、伊高屋から実の我が子のように慈しまれている姿を目の当たりにするうち、仮羅の心境にも変化が生じていた。
(あの時、小亀を李御に引き渡さず、伊高屋に託したのは正解だったな……)
今や小亀は血が通い、自らの意思で笑い、語る。
もはや単なる自分の分身ではなく、真の意味で独立した一つの命となっていた。
伊高屋がなぜ小亀のことを、まるで晩年に授かった目に入れても痛くない愛息のように猫可愛がりするのか、仮羅にもその理由が少し分かるような気がしていた。
「甲ちゃん、こちらへ来なさい」
仮羅が彼の名前を呼んだのは、これが初めてだった。
それまでは名前すら与えられていなかったのだから。
「はい、ご主人様」
小亀は主からの突然の呼び出しに、いささか緊張の面持ちで歩み寄った。
「これからは、俺を主人と呼ぶ必要はない。お前の師兄たちと同じように、『大伯』と呼びなさい」
小亀は驚きのあまり、目を丸くして主を見つめた。
「はい……ご主人様」
伊高屋は愛おしそうに末弟子の頭を撫でまわした。
「これこれ、まだ主人と呼ぶか? これからは『大伯様』とお呼びするのだよ。まあ焦るな、甲ちゃん、少しずつ慣れていけばいい」
小亀は健気に頷いた。「はい、師父」
仮羅は懐から、精巧に作られた小さな法器を取り出した。
「甲ちゃん、これをやろう。お前は元々俺の分身なのだから、これが何であるかは百も承知のはずだ。しっかりと身につけておくが良い」
「光占羅盤!」小亀は驚喜の声を上げた。
波有が興味津々で首を突っ込んできた。
「それ、いったいどんなお宝なの?」
小亀は興奮冷めやらぬ様子で答えた。
「僕のご主人様――ううん、大伯様の一番得意な法術は『占い』なんだ。」
「この「光占羅盤」は、未来を見通し、前途を問い、吉凶を占うことができる、要するに占いに関する法器の中では、天下一最高峰のものなんだよ!」
それを聞いた一同は、分かったような分からないような顔で「おお!」「ほう!」と感嘆の声を上げた。
詳しい仕組みは分からずとも、小亀を狂喜乱舞させるのだから、ただごとではない至宝であることだけは間違いなかった。
仮羅はさらに、声音を和らげて言った。
「先の出来事のせいで、お前がまだ俺に対して少しばかりのわだかまりを抱いていることは分かっている。どうだね、この法器に免じて、もう俺を許してはくれまいか?」
小亀はパッと満面の笑みを咲かせた。
「光の大伯様、素晴らしい法器を授けてくださり、本当にありがとうございます!」
―――
賑やかな人々の波に乗り、和気あいあいと語らいながら歩みを進めるうち、一行の眼前に壮大な都の城門が姿を現した。
しかし、祭天大典が間近に迫っているためか、城門の前には長蛇の検問所が設けられており、都に入ろうとする者は誰もが、頭のてっぺんから足の先まで厳重な所持品検査を課されていた。
一人ひとりの検査に時間がかかるため、四方八方から押し寄せる見物客たちは完全に城門前で足止めを食らい、あたりは黒山の人だかりで、まさに立錐の余地もないほど混雑していた。
胡白は玉の吹き柄を弄びながら、彼らに向かって言った。
「ご覧の通り、人は増える一方です。あの気の長い行列を見てくださいよ。都の中に入るだけでも、これじゃあ日が暮れてしまいます。」
波有は少し残念そうに呟いた。
「私と師弟なら『幻影術』が使えるから、あんな検査なんか受けなくても勝手に都の中に入り込めるのに……。でも、他の人は幻影術が使えないもんね」
仮羅は楽しげに声を立てて笑った。
「何を言うか、そんな面倒な真似をする必要などない! お前たち、目を閉じなさい。胡の伯父様が、いかなる神通力を振るうか、とくと拝むが良い」
胡白は手を背中に回すと、素早い手つきで呪符の印を結び、口の中で「起よ!」と一喝した。
刹那、一行の頭上をどす黒い暗雲が覆い尽くし、凄まじい突風が吹き荒れた。
地上の砂埃が猛烈に巻き上がり、誰もが目を開けていられないほどの烈風となる。
城門前にひしめき合っていた群衆は、何事が起きたのかと大パニックに陥り、一斉にその場にしゃがみ込んで頭を抱えたり、衣服の袖で必死に目を覆ったりした。
その隙を見計らい、胡白が手にした玉簫をふっと一振りする。
伊高屋たちは、まるで雲や霧に乗って宙を駆けるかのように、一瞬にして風にさらわれて城門の彼方へと運ばれていった。
一同が再び恐る恐る目を開いた時、そこは遥か高くにそびえ立つ、立派な塔の最上階だった。
―――
そこからの眺めは、まさに圧巻の一言に尽きた。
眼下には雄大な皇宮の殿宇が威容を誇り、青々と茂る美しい後庭が広がり、さらに遠方の街並みまでが一目瞭然で見渡せた。
まさに都の全景が、手のひらの上に収まるかのように眼下に広がっていたのだ。
伊高屋は躍り上がって喜んだ。
「なんと素晴らしい絶景だ! ここが、皇帝の住まう宮殿かね?」
胡白はにやりと笑って応じた。
「噂に聞く『望月塔』さ。都の中で一番高い場所だ。」
「これからの数日間、皇宮の連中は大典の準備で目の回るような忙しさだろう。だからこそ、後庭の片隅にある塔には、今は誰も近づかない」
「見物するには、これ以上の特等席はあるまいよ」
波有は、先ほど小亀が授かった法器のことが、まだ気になって仕方がなかった。
「ねえ、師弟。さっきの大伯からもらった羅盤を使って、私たちが都にやってきたことの吉凶を占ってみてよ!」
「師姉、残念だけどそれは無理だよ」小亀はその言葉の時だけ、驚くほど真剣で厳粛な眼差しになった。
「占いを執り行う前には、まず数日間の断食をして天に誠意を示し、さらに身体を清めて衣服を改め、香を焚いて祈りを捧げなければならないんだ」
胡白は感心したように言った。
「おいおい、これじゃあまるで、師兄をそっくり小さくしたミニチュア版じゃないか」
仮羅も思わず微笑んだ。
「甲ちゃんは元々俺の分身なのだ、似ていて当然だろう」
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