第24話 光如意羅漢の神獣
光後霊、伊高屋、伊念も加わり、蔵書院での捜索はいっそう大がかりなものとなった。
しかし、書院の書物をひっくり返して半分ほど探しても、美姫の言う「深淵の妖獣」について記された書籍は見つからなかった。
それでも、伊念は喜びを隠せなかった。
手伝いという名目で、このような本物の蔵書室に入り、数々の貴重な書物を閲覧できるのだ。以前の彼女なら夢にも見なかった――まさに棚からぼた餅である。
美姫もまた、別の意味で悦に入っていた。
そもそも、あまりに昔のことで、書籍の装丁も書名もとっくに忘れてしまっていたのだ。
(まあ、どうしても見つからなければ、この前の光仮羅たちとの手合わせで書院がかなり荒れたから、その時に紛失したとでも言っておけばいいわ。)
(あらやだ、円筒ったら、見かけによらず大した軍師ね。よくもこんな妙案を思いついたものだわ)
そう思うと美姫は、褒美に口づけでもしてやりたい気分になり、肘で円筒の脇腹を小突いた。
円筒が北海宮主の軍師となってからの日は、まだ浅い。
正体はコクレンの妖で、北海近くの淡水湖の生まれである。
かつてはその一帯を仕切る大妖に重用され、帳簿の管理や商売の差配において右に出る者はいなかった。
やがて名声が北海に届き、有能な差配役を欲していた美姫が湖の大妖に掛け合って譲り受け、軍師に封じたのである。
円筒の美徳は、どれほど重用されても決して傲慢にならず、常に低姿勢を崩さないことだった。
美姫の肘が腰に食い込むのを感じ、彼はすぐさま恭しく尋ねた。
「宮主、何かこの者に言いつけでも?」
美姫は声を潜めて笑った。
「何でもないわ。あなたが授けてくれたあの策、本当に素晴らしいと思ってね!」
「宮主の過分なお褒め、恐悦至極に存じます。宮主の憂いを除くためなら、この円筒、火の中水の中へも飛び込む覚悟にございます」
彼女は上機嫌で、彼に艶っぽい流し目を送った。
「ええ! 結局のところ、頼りになるのはあなただけだわ。他の男どもを見てごらんなさい。私が宮殿を空けているのをいいことに、今頃は跳ね回って喜んでいるに違いないわ!」
円筒は、美姫が常々ほかの九人の男妾たちに不満を抱いているのを知っていた。
彼らは器量が少し良いだけで、何の役にも立たない。
いざという時に頼りになるのは、自分だけなのだ。
―――
伊高屋は、普段から書物を読むような性質ではない。
そんな男が朝から晩まで黴臭い書物に囲まれていれば、自分まで発酵して酸っぱくなってしまいそうだった。
(どうにか便所にでも行くふりをして、外の新鮮な空気でも吸いに行けないものか……)
そう思案していた時、「師父」と自分を呼ぶ声がした。
振り返ると、波有が書院の入り口から入ってくるところだった。
この末娘は、日に日に美しくなっていく。
変化の早さは、伊高屋に「身に余る宝を持つのは災いのもと」という危機感を抱かせるほどだった。
以前、伊蘭か伊貴が、「師妹も大人になれば見違えるようになりますから、行き遅れる心配はありませんよ」と言っていたのを覚えている。
だが、いざこれほど美しくなってみると、かえって心配が尽きない。
(美しいのは良いことだが、美しすぎるというのも考えものだな……)
「これこれ、何をしに来た。ここはもう人で溢れかえっている。ほら、外へ行って、師兄や師弟と遊んでおいで!」
伊高屋は他の者が気づく前に、彼女を追い出そうとした。
しかし、遅かった。
その場の全員が、はっと息をのんで手を止めた。
すべての視線が、部屋に入ってきたばかりの少女へと注がれる。
美しい少女は、漆のように黒く艶やかな髪を腰のあたりまで柔らかくなびかせていた。
雪のように白い小顔の中で、濃密な睫毛が宝石のような深海色の瞳をいっそう際立たせ、その輝きに見つめられた者は、気圧されて正視することすらためらうほどだった。
まだ小柄で、武道着の男装をしているにもかかわらず、引き締まった細い腰つきと、まっすぐ伸びたしなやかな脚は隠しようもなかった。
光仮羅と胡白は、ほんの二日ほど会わないうちに、彼女がまた少し大人びて背が伸びたような錯覚に囚われた。
光後霊は、彼女が「師父」と呼ぶのを聞いて伊高屋の弟子だと知ったが、あの冴えない男にこれほど美しい弟子がいることに驚きを隠せなかった。
同時に、仮羅の未婚の妻である「天下一の美人」の姿が頭をよぎった。
(この子があと数年もすれば、李御とて『天下一』の座を譲らざるを得なくなるのではないかしら……)
さらに言えば、この娘は自分の四人の小猿たちと年齢も丁度いい。
どうにかして、誰かの嫁に迎えられないものだろうか。
―――
波有は進み出ると、仮羅の前に膝を突いた。
「光の伯父様、お耳に入れたい重大な事柄がございます」
伊高屋は、弟子が自分の言葉に従わなかったことにへそを曲げていた。
(この恩知らずめ、私の目の前でそうやって高名な伯父に擦り寄るとは不届き千万な! お前はいったい誰の弟子なんだ?)
だが、思い直した。
(まあ、身内のようなものだし、大目に見るとするか)。
波有は胸の動揺を抑えながら、深淵の底で起きた出来事を、一部始終細かに仮羅へと告げた。
師父は、彼らが勝手に深淵へ降り、あろうことか妖獣を目覚めさせたと聞いて、顔を真っ白にした。
「波有! お前がそこまで無鉄砲な娘だったとは!」
伊高屋は怒り心頭に発し、さらに叱り飛ばそうとした。
その時、仮羅の背後から驚愕の声が上がった。
光後霊である。
「――今、その子は『光驕盧』と名乗り、四不像の姿をしていたと言ったかい?」
波有は頷いた。
「はい。私はそのような妖獣の名を聞いたことがありませんでしたが、本当に鹿によく似た姿をしていました」
後霊の顔から一時に余裕が消え、厳粛な面持ちで仮羅の手を強く握りしめた。
「師弟よ! もしこの子の言葉に偽りがないとすれば……もう書物を漁る必要はないわ。正体を知っている!」
そして波有を見つめ、興奮を抑えきれない声で言った。
「恐れることはないよ、お前。その者を目覚めさせてくれたことを、責めやしない。それどころか、感謝したいくらいさ!」
彼女は一座を見渡し、一字一字を噛み締めるように告げた。
「皆が妖獣だと思っていた者は、妖などではない、神獣だ! かつて我らが恩師の乗騎であり、私たちの『大師兄』だった御方なのだから」
その場の全員が、言葉を失って立ち尽くした。
胡白が茫然と尋ねる。
「なぜ、私はその方のことを知らなかったのでしょう。師兄もご存知なかったはずです」
仮羅も深く頷いた。
「そうです、師姉。私も師匠が乗騎を従えていたなど、露ほども聞いたことがありません」
後霊は深くため息をついた。
「お前たちが知らないのも無理はないわ。実は、この私もお目にかかったことはないのだから」
彼女は首を傾げ、記憶を手繰るように言った。
「私が門を叩くより前、解脱院である事件が起き、それ以来、四不像は姿を消したの。ある者は『重大な院規を犯し、師匠の手によって処刑された』と噂していた。人づてに聞いた話では、その四不像は全身が雪のように白く、瑞雲を駆って一日に千里を駆けたというわ」
彼女は何度も嘆息した。
「ああ、なんということ。まさか、あの御方が南海の深淵の下で、千年以上も幽閉されていたなんて……」
胡白が呟いた。
「我らの師門に、かつてそのような因縁があったとは……」
仮羅もまた沈思に沈んだ。
「師匠はなぜ、この大師兄のことを一度も口にされなかったのだろうか……」
―――
傍らで聞いていた伊高屋は、にわかに居心地が悪くなった。
他人の門派の秘事である。自分のような部外者がここにいて良いものだろうか。
彼はそっと仮羅に耳打ちした。
「光の兄貴、これは御家門の秘め事でしょう。我々のような部外者が聞いていても、差し支えありませんかね?」
仮羅はとっくに彼らを家族と見なしており、隠し立てするつもりなどなかった。
ただ、美姫とそのデブ軍師が聞き耳を立てているのは、いささか厄介だった。
(致し方ない。元はと言えば美姫がもたらした話だ、深淵の者の素性を知る権利はある。しかし、師門の誉れに関わることだ、天下に知れ渡るわけにはいかん)
そこまで考えると、仮羅は一つ咳払いをした。
「諸天の面々、および在座の皆様。」
「四不像がなぜ南海の深淵に封じられたのか、またそれが誰の仕業なのかは未だ定かではありません」
「しかし、先ほど師姉の申した通り、その者は我が恩師の乗騎であり、我らの大師兄にございます。」
「これより先は師門の清誉に関わること、何卒、他言無用にお願いいたします」
美姫は、その言葉が自分に向けられたものであることを百も承知していた。
彼女自身は、それが妖獣だろうが神獣だろうが、乗騎だろうが大師兄だろうが、知ったことではなかった。
ただ、自らの目的――あの麗しい二人の男と「美しい思い出」を作るという目的が達せられていない。
このまま手ぶらで北海へ帰るなど、到底承服しかねた。
傍らで主の不快を察したデブの軍師が、すかさず口を開いた。
「光山主のご師門の誉れ、宮主もこの円筒も、当然ながら命に代えてもお守りいたします。」
「……しかし、その神獣が山主の恩師の乗騎であったと分かった以上、山主は必ずやその禁呪を解く術をお探しになるはず。」
「この一件は、元は我が北海宮主が提起した瑞祥。なればこそ、我らも山主と共に深淵の下へ赴き、事の顛末を見届けさせていただきたく存じます。」
「もし微力ながらお役に立てれば幸いですし、元南海の主として、万事の収まりを見届ける『善始善終』の意もございます。山主、いかがでしょうか?」
これほど筋の通った物言いをされては、仮羅としても拒む理由はなかった。相手は善意で手助けを申し出ているのだ。
美姫は胸をなでおろした。
円筒は本当に自分の心を分かってくれている。
こうして一同は、隊列をなして深淵へと向かった。
美姫が法術を唱えると、暗闇だった周囲はたちまち白昼のように明るく照らし出された。
小亀も真の姿を現し、小舟ほどの大きさに変化して全員を背に乗せ、ゆったりと下降していった。
淵の底に辿り着き、再びあの巨大な岩を仰ぎ見た時、誰もが胸に一抹の憐れみを覚えた。
かつては雲を駆けた気高き神獣が、いかなる業によってこの千年もの苦難に耐え忍んできたのだろうか、と。
波有は光驕盧の身が心配でたまらず、小亀の背から真っ先に飛び降りると、いちもくさんに巨石へと駆け寄った。
だが、目前に辿り着いた瞬間、彼女は息をのんで立ちすくんだ。
――そこに、彼の姿はなかった。
あるのは、もぬけの殻となった千キロの巨石と、その下に残された、引き千切られた鉄鎖の山だけだった。
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