第23話 いたずらな四つ子猿
墨墨は嬉しくて仕方がなかった。
海夜叉という生き物は、本来賑やかなことが好きで、静寂を嫌う。
山主から千匹のタツノオトシゴ軍団を率いて、南海宮殿を守るよう命じられてはいるものの、そのタツノオトシゴどもと来たら、どいつもこいつも融通が利かず、丸い腹を突き出して背筋をピンと伸ばし、命令に従うことしか能がない。
冗談も言わなければ、遊ぶこともしないのだ。
そのため、たまに于の小太りの娘のところへ行って酒を飲むほかは、ただ何となく一日をやり過ごすばかりで、心が躍るようなことなど何もなかった。
だが、今は違う。
いつもは静まり返っている南海の大殿に、まずは山主と胡仙人が人魚島から戻り、さらには義弟(伊高屋)と若い弟子たちまで連れてきた。
その後、山主の帰還を聞きつけた美姫と軍師の円筒まで乗り込んできた。
これだけでも墨墨は大喜びだったのだが、今日はさらに盆と正月が一緒に来たような騒ぎである。
山主の姉弟子である光後霊が、四匹のやんちゃな小猿たちを連れて遊びに来たのだ。
―――
波有、伊貴、小亀の三人が行宮に戻ると、急に人が増えていて驚いた。
大師兄の伊蘭が、にこにこと嬉しそうに後霊大伯母の四人の息子たちを紹介してくれた。
その顔立ちと来たら、驚くほど瓜二つだった。
幸いなことに、目の前に並んだ四人の凛々しい少年たちは、それぞれ背丈が異なり、着ている衣服の色も違っていた。
伊蘭は波有たちに向かって、大真面目な顔で言った。
「この方々が大伯母様の四人の息子、つまり光の伯父様の姉弟子のご子息たちだ」
波有は頭をかいた。
「大師兄、ややこしくて頭がこんがらがっちゃうわ」
伊蘭も笑い出す。
「俺も最初は混乱したよ。何しろ一度に四人も来て、しかもこれほど似ているんだからな。だが、名前はとても覚えやすいぞ」
彼は左から順に少年たちを紹介していった。
「後一、後二、後三、後四。ほら、簡単だろう?」
あまりにも安直で覚えやすすぎる名前に、波有と伊貴は絶句した。
猿の本性はいたずらで腕白なものだが、後霊家の四兄弟も例外ではない。
彼らは顔が似ているのをいいことに、わざと形も色も同じ服を着て、他人を混乱させるのを楽しんでいた。
そのため、母親から同じ服を着るのを禁じられ、小賢しい知恵に少しばかり釘を刺されたばかりだった。
親の言葉には逆らえない。
だが、他のいたずらで憂さ晴らしをすることはできる。
例えば、一斉に同じ表情を浮かべたり、同時に同じ声を上げたり。
そして何より、女の子をからかって慌てさせることほど、彼らにとって面白いことはなかった。
特に、目の前にいる飛び切りの美少女が相手なら、なおさらだ。
四兄弟は全く同じ声と口調、全く同じ笑みを浮かべ、波有に向かって言った。
「可愛い妹ちゃん! 名前は何ていうの?」
彼女が口を開く間もなく、声を揃えて問いかけた。
「俺たちの中で、誰が一番男前だと思う?」
目の前で揺れる、四つの同じ顔。
これほど似ていては、どこが違うのかさえ分かりゃしない。
「あの……」
これほどたちの悪いいたずらに遭ったのは初めてで、波有は生唾を飲み込んで愛想笑いを浮かべるしかなかった。どうしてよいか分からず、助けを求めるように小亀と二兄を見た。
伊貴がハハハと笑って間に入った。
「四人の兄上方はどなたも一物の人物で、実に羨ましい限りですな」
小亀も慌てて助け舟を出した。
「みんな格好良くて、僕たちには甲乙つけられませんよ」
波有も両手の親指を立て、おずおずと言い添えた。
「そう、その通り! みんなすっごく男前よ!」
美少女が困惑する姿を見て、四兄弟は妙な達成感を覚えた。
―――
長男の後一が目の端で三人の弟たちを見やると、四つ子だけあってすぐに意図が通じた。
後二は大兄の伊蘭にまとわりつき、美味いものがあるからと厨房へ連れて行かせ、後三は急に便意を催したふりをして伊貴を案内役に指名して連れ出し、後四は何も言わずに小亀を抱きかかえると門の外へと歩き去った。
残されたのは、波有と後一の二人だけになった。
後一は彼女の前に歩み寄り、胸を張った。
「妹ちゃん、よく分かったかい? 四人の中で俺が長男で、一番背が高くて、力も強い。だから、俺が一番男前なんだ! あ、まだ名前を聞いていなかったな」
近くで見ると、目の前の少女の美しさがよりいっそう際立って見えた。
漆のような黒髪、玉のような肌、こぼれるような瞳の輝きが、その艶やかさを何倍にも大きく見せている。
後家の長男は、心の中で(おおい、まだこんなに小さいのに何て器量だ!)と悲鳴を上げた。
密かに決意した。
この妹ちゃんがまだ幼く、ライバルが少ないうちに、先手を打って囲い込んでしまうに限る。まずは母親に頼んで、早々に許嫁の約束を交わしてもらおう、と。
「私は波有よ。どうして師兄や師弟をどこかへやっちゃったの?」
男性から好意を向けられた経験がないため、女たらしの手段がよく分からなかった。
「見ての通り、俺のせいじゃないさ。みんな用事があって出ていっただけだよ」
後一はべろっと舌を出した。
「すぐに戻ってくるから、心配しないで」
波有はそれを真に受け、石の腰掛けに腰を下ろした。
「じゃあ、ここでみんなを待つわ」
(本当に可愛い、うぶな子だな)
後一は、波有があっさりと騙されたのがおかしかった。
「あのね、今回は光の伯父様に招かれて、お袋が俺たち四人を連れて南海へ遊びに来たんだ」
彼は波有の隣へにじり寄った。
「へえ、私たちも光の伯父様に招かれて来たのよ」
「それは好都合だ。俺たち、みんな光の伯父様の甥と姪ってわけだ。なら、俺もお前のことを『小師妹』って呼んでいいだろ?」
波有は少し残念そうに頷いた。また兄貴分が四人も増えてしまった。
これが弟分ならどれほど良かったか。
「小師妹、俺たちの秀麗山ってところは、ものすごく面白い場所なんだ。」
「山には花が咲き乱れ、鳥が歌って、まるで桃源郷みたいに綺麗なんだぜ。珍しい草花や、色とりどりの長い羽を持った珍しい鳥がたくさんいるんだ」
彼は熱を込めて語りながら、波有の様子を盗み見た。
「修行に効く霊果が実る木もある。」
「お前はまだ小さいけれど、もう少し大きくなったら、俺たちの山で一番有名な『猿児酒』をご馳走してあげるよ。どうだい、面白そうだろう? 一度来てみたくないか?」
―――
楽しそうな話に、波有の心はわずかに動いた。
だが、ハッと我に返った。
そんな雑事は後回しにしなければならない。
今最も重要なのは、まずあの小鹿(四不像)を救い出すことなのだ。
自分がこうして笑い合っている間も、あの子は冷たい巨石の下で苦しんでいるのだと思うと、居ても立ってもいられなくなった。
「後一の兄さん、お誘いは嬉しいのだけれど、そういうことは師父のお許しをもらわないといけないから、また今度にしましょう。私、今から光の伯父様に用事があるの」
後一は、彼女が拒絶しなかったことで、手応えを感じていた。
「いいとも、いいとも、小師妹。君の師父のお許しが出たら、必ず俺の家へ遊びに来ておくれよ。約束だぜ!」
波有は引きつった笑みを浮かべて頷き、顔を上げた。
大師兄と二師兄が戻ってきたのを見つけると、後一を置き去りにして慌てて駆け寄った。
「大師兄、光の伯父様はまだ蔵書院にいるの?」
伊蘭は「いるよ」と答え、指を一本ずつ折りながら数えてみせた。
「光の伯父様、胡の伯父様、師父、北海の宮主、光後霊の伯母様、それから北海宮主の軍師の円筒、あ、伊念もだ。みんなして蔵書院に詰めているよ」
そして、首を傾げて呟いた。
「あれだけ大勢で探しているのに、まだ目的の書物が見つからないのかねぇ?」
誰よりも頭の回転が速い伊貴が、しばらく考え込んだあと、師兄を見つめて言った。
「だからこそ、光の伯父様はわざわざお姉様をこちらへ招いたのだろう。ただ……その書物はよほど見つけるのが難しいか、あるいは……」
彼は言葉を区切った。
「最初から、そんな本は存在しないのかもしれないな」
三人は顔を見合わせた。
美姫のあの気取った、いかがわしい態度を思い返せば、伊貴の推測は案外当たっているのかもしれない。
<あとがき>
最近、新しい顔ぶれが次々と登場していますね。
親愛なる読者の皆様が「あれ、これ誰だっけ?」と混乱しないように、ここで作者がサクッとキャラクターの整理をさせていただきます!
【光假羅】
男の妖。千年の時を生きる大亀で、世に並び立つ『三大能』の一人、光如意羅漢の弟子。温厚でマイペースな性格。
【光胡白】
男の妖。白狐。同じく光如意羅漢の弟子。見た目はめちゃくちゃ神々しいのに、中身は子供っぽくてピュア。
【光後霊】
女の妖。千年の霊猿。こちらも光如意羅漢の弟子。現在は絶賛ワンオペ育児中のママで、4人のやんちゃ盛りの息子がいる。
【李御】
女の妖。赤狐。胡白の義理の姉で、光假羅の婚約者。天下一の美貌を持つと言われている。
【美姫】
女の妖。デンキウナギ。北海の宮主。とにかくイケメンが大好き。頭の中はイケメン、イケメン、イケメン……。
――と、作者がせっせとメモを書いている横で、伊高屋がガタガタと震えながら覗き込んできました。
(うわあ、マジかよ……! 全員『妖』じゃん! この作者、どんだけ妖が好きなんだよ。もしかして彼女自身も妖怪なんじゃ……?)
心の声がだだ漏れな伊高屋に、作者はフンと鼻を鳴らします。
「チッ、なれるもんならなりたいわ!」




