第17話 南海三結義
伊甲は伊高屋の足元に端座すると、まずは恭しく三度、床に頭を打ち付けて礼をした。
「師父、騙していました。私の正体は、光山主の甲殻の一部なんです。」
「山主様は私をかんざしに作り替え、狐の妖に贈ろうとされました。でも、どうしてもあの匂いに耐えられなくて、逃げ出したんです……」
膝をついたまま、逃げ出した経緯を事細かに打ち明けた。
幼い声で泣きじゃくり、白い頬を涙で濡らす姿を見て、伊高屋は胸が締め付けられる思いだった。
驚きや怒りよりも、身を切られるような痛みが勝った。
唇を震わせ、愛弟子を慰めようとするが、言葉が出てこない。
これまで共に過ごす中で、末弟子への思い入れは十二分に深まっていた。
正体が亀の甲羅だと知った今も、それをかんざしにするということは、この愛くるしい子を道具に変えるということだ。
……あまりに、あまりに無慈悲ではないか。
持ち主が山主様であることは分かっている。
だが、親も同然の心境で、どうして黙って見ていられようか。
老い先短い身に授かった宝のような弟子の悲惨な運命を思い、師父の目からも、堪えきれず涙がこぼれ落ちた。
―――
コンコン、と戸を叩く音がした。
小亀の気配を感じ取った光仮羅が、追ってきたのだ。
部屋に入るなり、自分の甲羅が床に跪き、伊高屋たちが目を真っ赤にして泣き出しそうな顔で自分を見つめている光景に、仮羅は面食らった。
「伊殿よ、これは一体……?」
伊高屋は覚悟を決めた。沈痛な面持ちに、捨て身の決意が宿る。
たとえ理屈に合わなくとも、弟子のために抗ってみせると。
「光山主、ご覧の通り甲ちゃんはここにおります。貴方様のもとを逃げ出し、我らが匿っておりました」
「……もちろん、これは貴方様の身内のこと。私が口を出す権利などございません。ですが、どうか、数言だけお聞き願えませんか」
仮羅は何が起きたのか掴めず、驚いたように言った。
「伊殿、我らは一見して意気投合した仲ではないか。恨まれる覚えはないが、その物言いはどういう意味だ?」
伊高屋の頬を、涙が伝った。
「どうか、この子を甲羅に戻さないでやってください。かんざしにしないでやってください。」
「我らは一ヶ月余り、師弟の情を育んできました。この不憫な子を贈り物にされるのを、どうして黙って見ていられましょうか!」
本来、逃げた甲羅を連れ戻しに来たはずの仮羅だったが、これではまるで自分が悪役ではないか。
床の小亀に目をやると、絵から抜け出たような愛らしい姿をしている。
無理もない、それは自分自身の幼い頃の姿なのだから。
―――
伊甲は涙ながらに何度も頭を下げた。
「主人様、お願いです。あの狐に私を贈らないでください。どうしても、あの匂いに耐えられないのです」
仮羅の顔が曇り、叱りつけた。
「馬鹿を言え! 李御は狐とはいえ千年に近い修行を積んでいる。匂うはずがなかろう。胡白を見ろ、毎日一緒にいても変な匂いなどせんぞ」
「胡仙人は祖師様のもとで共に修行され、御仏の教えで心身を清められたお方です。ですが、未来の奥方様は違います。」
「あの方の髪に飾られるくらいなら、いっそ私を壊してください。かんざしになるくらいなら、死んだ方がましです!」
そう叫ぶと、床に伏して声を上げて泣き伏した。
「ああ、我が弟子よ!」
伊高屋も悶えんばかりに嘆き、他の弟子たちもすすり泣いた。
震えながら立ち上がった師父は、仮羅の前まで歩み寄ると、
「どさっ」と音を立てて跪いた。
「伊殿、よさぬか!」
仮羅が叫んだ。
「光山主、昨日の管理役の話、お受けいたします! 何でもいたします。ですから、どうか甲ちゃんだけは見逃してやってください!」
光仮羅もまた、情に厚い男である。
李御と結ばれるため、甲羅をかんざしにして贈ると約束したのは事実だ。
だが逃げ出されて以来、捜索させたが見つからず、李御もまた修行に入って久しく会っていない。
もともと気の長い性格もあり、半分忘れかけていたことでもあった。
小亀の悲痛な訴えに心が揺らぎ、さらに伊高屋にここまでされては、もう迷う余地もなかった。
「……早く立ちなさい。分かった、約束しよう」
仮羅はゆっくりと伊高屋を抱き起こした。
伊高屋は喜びのあまり、しゃくり上げて言葉も出ない。
「伊殿よ。管理役の話は酒の上のこと、本気で奉公させるつもりなどない。言っただろう、我らは一見して旧知の仲のようだと。妖族であることを厭わないなら、義兄弟になってくれないか。」
「あんたは三男坊だ。胡白は私の弟分、今日からは兄弟として付き合おう。この亀の甲羅はあんたに贈る。もうあんたの弟子だ、可愛がってやってくれ」
その言葉に、伊高屋はさらに涙を流した。
鼻水も涙も拭わず、小亀をきつく抱きしめる。
「甲ちゃん! 聞いたか? 山主様がお前を私の弟子だと言ってくださったぞ! よかった、もう離れなくていいんだ!」
小亀も涙を浮かべながら、ようやく笑みをこぼした。
「主人様、ありがとうございます!」
仮羅はため息をついた。
「やれやれ、お前には敵わないな。幸い李御はまだ修行中だ。代わりに別の宝物を探すとしよう」
―――
一日中騒ぎ立て、泣いたり笑ったりと忙しかったが、最後には皆が笑い合える結末となった。
気がつけば、皆お腹がぺこぺこだ。
大広間へ行くと、すでに白衣の金髪男が食べ始めていた。
波有たちは、ある者は美しさを求め、ある者は修行のため、こぞって胡白の周りに集まり、鶏肉を頬張った。
胡白も波有の顔を見て驚いた。
「まさか、霊薬で煮込んだ鶏にこれほどの効果があるとは」
だが、すぐに首を振る。
「いや、おかしい。南海に来るたびに食べているが、どうして私には何の変化もないのだ?」
「胡の伯父様! 伯父様!」
弟子たちが浮かれて呼びかけると、胡白は目を丸くして手を止めた。
仮羅が笑いながら近づく。
「師弟よ。伊殿に私を兄者、お前を次兄と呼ばせることにした。これからは、お前にも甥っ子たちができたというわけだ」
胡白は相好を崩した。
「それはいい! 師兄はいつも静かすぎて寂しいと思っていたところだ。賑やかなのは大好きだよ。子供はいいものだ」
仮羅は伊高屋の手を引き、語りかけた。
「三弟よ。私と胡白、そして師姉の后霊の師門はな、秀麗山解脱院の光如意羅漢門下だ。」
「師匠が示寂された後、金身を檀木の像に納めて、屏風山の奥殿に祀ってある。折を見て、参拝に案内しよう」
秀麗山解脱院、光如意羅漢。
……この世の「三大能」の一人ではないか!
伊高屋は心臓が跳ね上がるのを感じた。
口をあんぐりと開け、三角の目を見開いたまま、言葉を失った。
見た目だけなら、伊高屋が彼らの親世代に見えるだろう。
だが、これほどの大妖二人と義兄弟になれるとは、一体どれほどの強運か。
彼は深く一礼して言った。
「光の兄貴、胡の兄貴。この通り、私は法力も低いしがない凡夫。どうか笑わずに、お見捨てなきようお願いいたします」
仮羅は先ほど、弟子を守るために身を投げ出した伊高屋の姿を見ていた。
情に厚く、義に固い男だと確信している。
法力が低いことなど、自分が強ければ済む話だ。
ただ一つ、人間の寿命が短いことだけが懸念だが、幸いここには霊薬がいくらでもある。数百年の命を延ばすことなど、造作もないことだ。
胡白もまた、師兄の眼識に間違いはないと信じていた。
彼が認めた人間なら、必ずや語るべき価値があるはずだと。
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