第16話 霊気を蓄えし鶏料理
実のところ、伊高屋たちも限界だった。
人魚島での数日間、出されるのは生魚や生エビ、味のしない青白い海草ばかりで、持参した乾物で食いつないでいたのだ。
今、屏風山の山主の恩恵にあずかり、南海の行宮では陸の料亭のような美酒佳肴が所狭しと並べられた。
胡白の前には、鶏の煮込み、鶏の唐辛子炒め、蒸し鶏、油淋鶏……宴席の片側は、文字通り鶏料理で埋め尽くされていた。
波有も大の鶏好きである。
彼女は鶏を食べるために、図々しくも胡白の隣に座り込んだ。
胡白もこの「小さき同志」を喜び、焼鶏を掴むと、片方のモモ肉を自分に、もう片方を彼女に分け与えた。
二人は意気投合して夢中で食べ進める。
他の弟子たちも、これほどのご馳走は滅多にないと、無言で一心不乱に箸を動かしていた。
仮羅と伊高屋は杯を酌み交わしていたが、ほどなくして伊高屋の方が酔い潰れてしまった。
物足りない仮羅は、杯を手に師弟の胡白のところへやってきた。
胡白は油淋鶏を絶賛していた。
「師兄、お抱えの料理人の腕はなかなかのものですな。この鶏、油っこいかと思えばさっぱりして、香ばしく実に美味い。何より素晴らしいのは、霊気がたっぷりと含まれていることだ」
「なぜ霊気が含まれているとわかった?」
「ごらんなさい、伊殿の末弟子を。ついさっきまで髪がパサパサの黄色だったのに、今はどうです。黒々と艶やかになっているじゃありませんか。鶏の霊気を吸収した証拠ですよ」
仮羅が言われるまま、油まみれの手で鶏に齧りついている醜い子供をじっと見た。
確かに胡白の言う通りだ。
まばらで黄色かった髪は消え、漆黒の豊かな髪に変わっている。
……それに、肌もなんだか白くきめ細やかになっているような?
彼は「もしや酔ったか?」と自問した。
戻る際に術を使った疲れが出たのかもしれない。
仮羅は杯の酒を飲み干すと、立ち上がった。
「師弟、ゆっくりやりたまえ。先に休ませてもらうよ」
「おやすみなさい」
―――
胡白は本来、大食漢だが、修行者は欲を少なく清らかであるべきという教えを胸に刻んでおり、普段は適度なところで箸を置く。
だが今日は別だ。
久しぶりに師兄の行宮へ来たのだ、たまには自分を甘やかしたい。
彼は今、お腹の許す限り食べ続けていた。
波有は体も小さければ口も腹も小さい。
山のように積まれた鶏の骨を眺めながら、恨めしそうにため息をついた。
「仙人おじさん、私はもう食べられません……」
金髪に白衣をまとい、気高く雅な雰囲気を漂わせる胡白。
……だが今は、口いっぱいに鶏を頬張り、左手に手羽、右にモモ肉を握りしめ、もごもごと言った。
「姪御さん、運が良かったね! 君は今、鶏の霊気をたっぷりと取り込んだ。その効能は、明日になればわかるよ!」
波有にはその言葉の意味が分からなかった。
しかし、翌朝。
顔を洗っていた波有は、自分が本当に「運が良かった」ことを知った。
鏡の中に映っていたのは、低い鼻も三角眼も消え失せ、柳のような眉と杏のような瞳を持つ、清らかな小美人だった。
なんと、自分の顔に自分で驚いてしまったのだ!
波有が悲鳴を上げると、声を聞きつけて駆けつけた雲英と伊念も、彼女の姿を見てまた悲鳴を上げた。
その叫び声を聞き、隣の部屋から伊高屋たちが飛び出してきた。
彼女の顔を一目見るなり、誰もが驚愕のあまり石のように固まってしまった。
波有は嬉しさのあまり、今すぐ全員に飛びついて抱きしめたい気分だった。
「師父! 師父! 昨日、白衣の仙人おじさんが、あの鶏肉には霊気が入ってるって教えてくれたんです。たくさん食べたから、こんなに綺麗になっちゃいました!」
弾むような声は、鈴を転がすように清らかに響いた。
伊念は少し複雑そうな顔をしていた。
女の子なら誰しも美しくなりたいもの、つい嫉妬心が芽生えたのだ。
「私たちも昨日はご馳走をたくさん食べたのに、どうして何も変わらないのかしら?」
目の前で見違えるほど美しくなった末弟子を見つめながら、伊高屋は喜びと葛藤、少しの寂しさを感じていた。
……これで「醜い」のは、自分一人になってしまったのだ。
「念ちゃんよ、まあ……あれは山主様が弟分のために、鶏を料理する際にわざわざ霊薬を加えたのだろう。運良く波有も鶏が好きで、昨日、胡仙人と一緒にたっぷり食べたからだな」
そう説明されると、他の弟子たちも「どうして自分たちも一緒に鶏を食べなかったのか」と悔しがった。
次男坊の伊貴は、心から波有を祝福した。
「霊薬の力は本当に凄まじいな。一瞬、誰だか分からなかったよ。師父、これでもう、将来お嫁に行き遅れる心配はありませんね。あと数年もすれば、もっと目を見張るような美人になりますよ」
すると、長男の伊蘭が馬鹿正直に口を滑らせた。
「これならもう、師父と親子だなんて誰にも言われませんね!」
あまりに気の利かない一言に、師父は猛烈な勢いで睨みつけた。
伊貴が慌ててフォローを入れる。
「とにかく、小師妹が綺麗になったのは、師父の鼻が高いってことですよ! めでたい、めでたい!」
当の伊蘭は、なぜ師父が怒っているのかも分からず、まだ喋り続けている。
「これほど美人になれば、人魚たちにも引けを取らないな」
他の女を褒めるのを聞いて、妻の云英が少し焼きもちを焼いた。
「小師妹ばかり見て!」
伊蘭は慌てて彼女の手を引き、耳元で囁いた。
「師妹はあくまで妹だよ。俺の嫁さんは、お前だけだって!」
波有が伊高屋に尋ねた。
「師父、出発はいつですか?」
早く小亀を出して、今の姿を見せてあげたい。
今の幸せな気持ちを伝えたい。
いつの間にか、小亀とは何でも話し合える親友のような関係になっていたのだ。
だが、伊高屋は迷っていた。
昨日、光仮羅と酒を酌み交わした際、「弟子たちを連れて屏風山へ来ないか」と誘われたからだ。
―――
伊高屋の出身は、都からそう遠くない豊城にある。
小禿岡という場所に建つ、古びてボロボロの道観だ。
そこには観主と十数人の弟子がいた。
若い頃、一旗揚げようという野心を抱いて門を出た。
各地を渡り歩き、ようやく辺境の地で「巍峨派」を自称して落ち着いたのである。
十数年ぶりに故郷へ戻り、かつての師門を訪ねようと思っていたのだ。
……年を取ると、故郷が恋しくなるものである。
光仮羅の提案は、計画を根底から覆すものだった。
(あのような南海の大妖であり、屏風山の山主が、なぜ我ら凡夫を必要とするのか)
最初は社交辞令だと思っていた。
だが、仮羅は大真面目だった。
自分は性格が散漫で動きも鈍く、屏風山の雑務には身が入らない。
信頼できる管理役をずっと探していたのだという。
温泉街の于デブは町を離れられず、不便を感じていた。
そこへ現れた伊高屋一行。控えめで温和な性格が、山主の好みにぴったり合ったのだ。
伊高屋の心は、すでに決まっていた。
だが、弟子たちの意向も聞かねばならない。
傍らの椅子を指差して言った。
「皆、座りなさい。聞きたいことがある」
全員が席に着いたのを確認すると、仰々しく咳払いを一つして切り出した。
「実は昨日、光山主からある話をいただいた」
皆、師父が何を言われるのかと身構えた。
その様子からは、極めて重大な話であることが察せられたからだ。
「山主様は、私と気が合うとおっしゃってな。今、人手が足りず管理役を探しておられるそうだ。そこで、我らで手助けをしないかと……誘ってくださったのだ」
弟子たちの前では格好をつけたい師父である。自分が「一門の主」から「部下」になるというのは、なかなか複雑な心境だった。
伊貴が驚いて声を上げた。
「妖の部下になる……ということは、温泉街の于店主と同じ立場になるんですか?」
伊蘭は特に気にする様子もなく、むしろ喜んでいる。
「いいじゃないですか。そうすれば云英もあんなに忙しく働かなくて済む。山主様の下には小妖がたくさんいますし、于店主のところにも店員が何人もいましたからね」
おとなしい伊念は「私は師父に従います」と言い、云英も「師父と大師兄の決めた通りに」と続いた。
伊高屋が言った。
「わしの法力は高くはない。伝授できるのは『四霊術』だけだ。お前たちはまだ若い。光山主の下にいれば、さらに多くの優れた術を学べるだろう」
そして、波有に向き直った。
「甲ちゃんも出してやりなさい。山主に弟子を奪われるかと心配したが、もう大丈夫だ。身内になるのだからな」
―けれど、波有は知っていた,小亀が光仮羅のもとから逃げ出してきたことを。
(どうしよう、どうしよう!)
焦る彼女の足元から、伊甲の声が響いた。
「師姉、出して。師父に話があるんだ」
<あとがき>
本日もお読みいただきありがとうございます!
投稿を始めて半月ほどになりますが、想像以上にたくさんの方に見に来ていただいて、本当にありがとうございます!
作者はもう嬉しくて、ルンルン気分でキャラクターたちのところへ報告に走りました♪
小亀は相変わらず、波有に「絶対に師姉が人魚の容貌を取り戻して、ますます美しくなったからですよ!」と全力でゴマすりをしています。
伊高屋たち他のメンバーも、ワイワイガヤガヤと大興奮で作者をお祝いしてくれました。
作者も内心ドヤ顔になりつつも、「まあまあ、みんな大人しく。低姿勢というか、謙虚にいこう、謙虚にね?」なんて口では言ってみたり。
一同、大盛り上がりでハッピーな空気に包まれていた――その時です。
突如として、部屋の空気が一瞬で凍りつきました。
見ると、部屋の真ん中に、もの凄く痩せて背の高い「黒い影」が立っているではありませんか。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、その場は水を打ったように静まり返ります
「……なぜ、俺の出番がまだ無いのだ?」
ラスボスが、淡々とした声で呟きました……




