第12話 小亀が逃げ出した理由
伊高屋たちは宿泊先の鍾乳洞へと戻ると、先ほど目にしたばかりの二人の大妖について口々に語り合った。
汕の岩洞は非常に大きく、内部は蟻の巣のように多くの小さな洞に分かれていた。
住んでいるのは汕と清の二人だけなので、空いている穴はいくらでもある。人間の一行がやってくると、清は彼らのために水のない岩穴を一つ選んで貸してくれた。
「師姉、同族に会えて嬉しいかい?」
小亀の伊甲が、こっそりと尋ねた。
岩穴に戻ると、彼はすでに波有の足の指の間から出ていた。
実のところ、波有の心は葛藤の中にあった。
もともとは一生師父たちから離れず、人間のふりを通そうと心に決めていたのだ。
だが、絶世の容姿を持つ人魚たちを目の当たりにした今、自分もいつかあんなに美しい顔になれるのではないかという想像を抑えきれなかった。
その考えは、あまりにも魅惑的だった。
「師弟、隠さずに言うけれど、最近びっくりすることが多すぎて、考えれば考えるほどわけがわからなくなっちゃったのよ」
「それで、師姉はどうしたいと思っているの?」
親身な師弟がいるというのは、心強いものだ。
波有がずっと胸の奥に秘めていた想いが、一気に溢れ出した。
「小さい頃に親のことを聞いたことがあるの」
「二師兄が言うには、私の足に指が六本あったり水かきがあったりしたから、親は私を『化け物』だと思って道端に捨てたんだって」
彼女は呆然とした顔で続けた。
「まさか、自分が化け物どころか伝説の人魚だったなんて。あの、妙なる歌声と美しい容姿を持つという人魚だったなんてね」
彼女は三角眼を見開き、うっとりと顔を上げて言った。
「それにね、自分はひどく不細工だから師父に嫌われているんだとばかり思っていたけれど、そんな! 私はもともと、美しさで知られる人魚の一族だったのよ。それに、それにね!」
波有は興奮のあまり、唇を震わせた。
同じことを何度も、くどくどと繰り返してしまう。
それほどまでに、人魚たちの美しさが彼女に与えた刺激は大きかったのだ。
「落ち着いて、師姉」と伊甲がなだめる。
「それに、たとえ元の姿に戻りたいと思っても、どうやって戻ればいいの? もし足が魚の尾びれに戻っても、顔がこのまま不細工だったらどうすればいい? あの美しい人たちの中に私が混ざっていたら、醜いからって嫌われて、追い出されちゃうんじゃないかしら?」
ーああ、波有の悩みは尽きない。
無数の疑問符が彼女の頭の中で列も作らず、無秩序に暴れ回っている。
波有が細くまばらな黄色い髪をかきむしると、それはさらに乱れ、出来損ないの鳥の巣のようになってしまった。
「他にも問題は山ほどあるわ! 私はやっぱり師父やみんなと離れたくない」
「小さい頃から大師兄と二師兄に育ててもらったんだもの。大師兄はもう雲英姉さんがいるから、私のことなんてお構いなしだけど……」
彼女は不安を隠そうと、唾を飲み込んで乾いた笑い声をあげた。
「でも、私がいなくなったら二師兄はきっと悲しむわ」
「私も……すごく悲しいもの」
―――
伊甲は白く丸い顔を上げ、星のように大きな瞳をぱちくりさせ落ち着いた声で言った。
「師姉、慌てないで」
「覚えているかい? 最初、温泉街で僕が助けを求めたとき、君は僕を足指の間に隠して、主人から逃がしてくれた」
「それから師姉が『恩返しに海が見たい』と言ったから、僕が霧を出して海辺へ導いた。それが偶然にも、こうしてここに辿り着いたんだ」
波有はしきりに頷いた。
「そうね! 本当に、機縁としか言いようがないわね!」
「だからね、万物にはすべてキマリというものがあるんだ」
「君はただ自分の本心に従えばいい。あとのことは考えすぎなくて大丈夫だよ」
伊甲は、幼い年齢に似合わぬ低く重みのある声で言った。
波有は目を丸くした。
こんなに幼い師弟が、これほど鋭い見識を持っているとは思いもしなかった。
体は小さいが、もしかすると中身は何千年もの道行を積んだ老亀の妖なのかもしれない。
「師弟! 実はずっと聞きたかったのよ。あんたたち……あ、違うわ、私たち! ……それも違うわね。ええと、普通の妖族はどのくらい修行すれば人間の姿になれるの?」
伊甲は「ぷっ」と吹き出した。
「師姉、僕の歳を探ろうとしているのかい?」
彼は人間の老学者の真似をして、両手を後ろに組み、首をひょこひょこと振ってみせた。
「一般的に言って、それぞれの動物には本来の姿がある」
「修行をすれば人間になれるけれど、度合いによるんだ」
「例えば温泉街の于店主は、五百年ほどのナマズの精。部下の小魚の妖たちは二百年から三百年くらいの修行だね」
「普通の魚は于店主ほど運が良くはないんだよ。彼らは屏風山の主――僕の主人に従って修行したからこそ、術を使い、人間の姿になれたんだ」
「もちろん、これはほんの一例だけどね。背景や経験は一人ひとり違うから、一概には言えないよ」
難解すぎて、波有は頭が痛くなってきた。
「へえー……。じゃあ、あんたが以前北海にいたときは?」
波有がまた間の抜けた質問をすると、伊甲はあきれて言葉を失った。
「師姉! あの時、弟子入りするために言ったことは、師父を担ぐための嘘だって言っただろう。忘れちゃったのかい?」
「あら! 本当に忘れてたわ!」
波有は気まずそうに顔を赤らめた。
―――
伊甲は苦笑いした。
「いいよ、師姉。他にも悩みがあったら言ってごらん。僕が解決してあげられるかもしれないから」
波有は恥ずかしくなり、話題を変えようと目を泳がせた。
「そういえば、師弟は前に『主人が嫌いな人に自分を贈ろうとしたから逃げてきた』って言っていたわよね。さっきあんたの主人を見たけれど、あの人は何者なの? どうしてあんたを嫌いな人に贈ろうとしたの?」
伊甲はハッとして、顔を曇らせた。
「僕の主人は屏風山の山主、強い法力を持つ大妖だ。彼は想い合っている女の人と成婚するために、僕をその女性への贈り物にしようとしたんだ」
「どうして嫌いなの? 怖い人なの?」
「いや、そうじゃない。彼女は僕を『簪』に作り替えて、自分の本命法宝にしようとしているんだよ」
波有は何も知らないのを悟られまいと、物知り顔で頷いた。
「ああ! 本命簪ね!」
伊甲は不思議そうな顔をした。
「そんな呼び方をするのかい?」
「なんだか響きがいいじゃない。それで、あんたは逃げ出したくなったってわけね?」波有はごまかすように「ははは」と笑った。
「そうだよ、師姉。だから逃げ出したんだ」
「その女は怖くはないし、見た目もすごく美しい。さっきの人魚たちにも引けを取らない、『天下一の美人』なんて呼ばれているくらいだ。でも、僕は彼女が大嫌いなんだ!」
「ええっ!? 天下一の美人!? それじゃあ主人が惚れるのも無理ないわね。でも、どうして美女が嫌いなの?」
「師姉! 美女が嫌いなんじゃない! 李御とかいう赤毛の狐妖怪が嫌いなんだ」
「彼女も千年近い道行だろう……」
「狐の臭をうまく隠しているから主人は気づいていないようだけど、僕にはわかるんだ」
「あの隠しきれない、ツンとした臭いがね」
伊甲は情けないような顔をして言った。
「師姉、考えてみてよ」
「もし僕が簪にされて、毎日あんな女の頭に刺されていたら、臭いで息が詰まって死んでしまうよ! 鼻の穴に棒でも突っ込んで塞がない限りね!」
波有は、人形のように可愛い子が鼻に二本の棒を刺して絶望している姿を想像し、腹を抱えて笑い転げた。
「あははは! おかしい! おかしくてお腹が痛いわ!」
伊甲は苦い顔をした。
「僕は本当に行き場がなくて逃げてきたんだよ。こんなにかわいそうなのに笑うなんて、同情心がないなあ!」
「ごめん、ごめん! でも師弟、主人が気づかないことに気づくなんて、あんたの法力は彼より強いんじゃないの? そんなことあり得る?」
「僕の力が主人より強いわけじゃないよ、僕にもわからないんだ。君の人魚の気配を感じ取れたのと同じだよ」
「初めて会った時、厨房ですごく懐かしい匂いがしたんだ。それで温泉までついていって、君の足を見て確信したんだよ」
小亀が話を続けようとした時、伊高屋が彼を呼ぶ声が聞こえた。
「甲ちゃんや、どこへ行っていたんだ? ずっと探していたんだぞ。姿が見えないから、水に落ちたんじゃないかと心配したんだ!」
伊甲はぽかんとした。
「師父、僕の正体は亀族ですから、水に落ちても平気ですよ」
伊高屋はハッとして、
「おっと! すっかり忘れていたよ!」
小亀は、今日二度目の絶句だった。
(師父と師姉は、容貌も性格もこれほど似ている、親子じゃないなんて、本当におかしな話だよ……!)
<あと書き> 最後までお付き合いいただきありがとうございます!
劇中で小亀が感じた「懐かしい気配」。
彼は光仮羅の分身ですが、実は波有とは、数百年の時を超えた深い繋がりがあります。
波有とあの主人が結んでいた、不思議な縁とは一体……?
小説の後半でその全貌が明かされるのを、ぜひ楽しみにお待ちください^^




