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波有伝説~海をゆく虹色の鱗【後編:不老不死の秘薬】  作者: 唯紅蓮真美(いちべにまみ)
第四章 宿命の決戦

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第107話 失敗した薬人


 


 その日、慧(けい)が青ざめた顔で駆け込んできた。




 温泉鎮(おんせんちん)へ送られた五人の薬人のうち、三人が完全に怪物化してしまい。


 さらに悪いことに、そのうちの一人が町を脱出して行方不明になったという。




 報告を聞いた無光(むこう)の顔に怒りが浮かんだ。


 小さな町一つ満足に見張ることもできず、逃げ出すのを許すとは……使いものにならない小妖怪どもめ!




 続いて小慧が怯えながら、幼い皇帝・李順天(りじゅんてん)にはまだ大きな変化はないものの、腕からチラホラとうろこが生え始めていると伝えた。




 無光の怒りはついに限界を超えた。


 彼はその場で呪文を唱え、主人の李御(りぎょ)の目の前で雷の術を放ち、慧を爆殺してしまった。




 冷酷で優雅な国師様がここまで激怒したのを見たのは、これが初めてだった。


 隣に立ち尽くしていた李御は腰を抜かすほど怯え、体調不良を言い訳にして、逃げるように屏風山(びょうぶざん)へ帰っていった。




 無光は険しい顔で眉間をよせ、秘伝書に書かれていた作成手順を何度も反芻していた。


 いったいどこで手違いがあったのだろうか……。




 秘伝書には、身分が高い薬人と、高貴な人魚の血を組み合わせるほど、成功率は上がると記載されていた。


 この世で最高峰の材料である「人間の皇帝の体」と「人魚の姫の血」。


 その双方を惜しみなく小皇帝に注ぎ込んだのだ。



 しかし、李順天の失敗は無光の余裕を根底から打ち砕き、意気消沈させた。



 まったく、勝手気ままな成功率だ!




 内殿を出た無光は袖を振り、結界を張ってから転送陣へと足を向けた。



 だめだ!


 この目で直接、人魚島の九重塔での精錬工程を確認しなければ!


 どこかに手落ちがあったから失敗したに違いない。



 ただ……最高級の材料だった小皇帝を失ったのは、あまりにも惜しかった。




 ―――




 都城(とじょう)の朝堂大殿(ちょうどうたいでん)はがらんとしていた。


 数十人はいたはずの大臣たちが、今や半分も残っていない。


 高々に鎮座する龍椅(りゅうい)すら空席のままだ。




 今の皇帝をはじめ、多くの文武百官が「不老不死の治療をしてほしい」と無光国師に懇願した結果、朝廷はすっかり変わり果ててしまった。




 それでも、いくつか景気の良い話は流れていた。


 第二陣として霊薬を授かった皇親国戚(こうしんこくせき)たちは無事に蘇ったらしい。


 ただし身体が弱っているため養生が必要とのことで、今は温泉鎮で静養中だという。


 第三陣の皇帝や大臣たちは、ちょうど人魚島へ送られて国師の治療を受けているところだった。




 そのため、朝堂に残された大臣たちは顔を出すだけで仕事が終わり、まるで先生のいない教室の小学生のように、思い思いにお喋りを楽しんでいた。




 そこへ突然、殿下の侍衛が慌ただしく駆け込んできた。


 「ご、報告いたします! 大変です! 大事件が発生しました!」




 今ここで一番偉いのは、背が高くて太っちょの右大臣だった。



 彼は「威張るなら今だ」とばかりに甲高い声を張り上げた。


 「なんだなんだ! 騒々しい! 陛下はお休み中だが、わしらがついておるのだぞ!」





 侍衛は顔を真っ青にして報告した。


 「右大臣様! たった今、大殿の前に怪物が現れ、殿内へ突入しようと暴れ回っております! 仲間たちが抑え込もうとしておりますが、なにぶん凄まじい怪力でして、四人かがりでも太刀打ちできません!」




 大臣たちは一気にパニックに陥った。


 これはいったいどうすればいいのか!


 右往左往していると、別の侍衛が入ってきた。


 「報告いたします! 怪物は捕獲いたしました! どのように処置いたしましょうか?」




 一同はホッと胸を撫でおろした。


 太っちょの右大臣と日頃から折り合いの悪い王(おう)将軍が言った。


 「聞くまでもない! いつも通り天牢へ送っておき、陛下のお戻りを待って処分を仰げばよかろう」




 一方、右大臣と仲が良い李(り)学士が口を挟む。


 「捕らえたのならもう安心でしょう。どのような妖怪なのか、わたくしたちにも見せていただけませんか?」




 マウントを取りたい右大臣は、もちろん王将軍の意見を突っぱねる。


 「李学士の言う通りだ! 先にここに連れてこい。見物してから天牢へ送ればよかろう!」




 ―――




 数十人の侍衛が、全身うろこまみれで目をギョロつかせた怪物を頑丈に縛り上げ、大殿へと運び込んできた。


 危険はないと判断した大臣たちは、ぞろぞろと近寄って怪物を観察し始めた。




 李学士はまじまじと見つめた後、ハハッと笑って右大臣に話しかけた。


 「珍しい生き物ですねぇ! なんだか右大臣様に話しかけたがっているように見えませんか? 逃がしてくれと懇願しているのでしょうか。見てください、飛び出た目に涙まで浮かべていますよ!」




 同僚の言葉に好奇心を刺激された右大臣は、じっくりと怪物の顔を覗き込んだ。



 おや! 彼も気づいた。


 本当だ。怪物がじっと自分を見つめている。


 その飛び出た目から放たれる眼光に、どこか見覚えがあるような……。




 突然、彼は背筋にゾクッと寒気を覚えた。


 彼の弟は公主の夫であり、少し前に公主と一緒に国師のもとへ治療へ向かったはずだった。


 弟は自分と最も親しく、容姿端麗で才能に溢れ、一族の誇りだった。


 しかし、そんな完璧な弟にも一つだけ欠点があった。


 左右の耳の大きさが明らかに違っており、いつも「玉に瑕(きず)」と言われていたのだ。




 この……怪物の耳も、左右で大きさが違っている。



 右大臣はたまらず、震える声で呼びかけた。


 「……玉池(ぎょくち)か?」


 それは弟の幼名だった。




 生きた心地のしない右大臣の視線の中で、怪物は激しく頷き、大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。




 衝撃のあまり、右大臣だけでなく、周りにいた数人の大臣までもが「バタン、バタン!」と膝から崩れ落ちた。



 直後、刺すような尿臭が鼻を突いた。


 振り向くと、後ろに立っていた官吏が全身をガタガタと震わせており、袴の裾から黄色い液体が広がり出していた……。




 ―――




 通天山。


 星盤仙尊(せいばんせんそん)のわけのわからない言葉を聞いて以来、誰もが胸にモヤモヤを抱えたまま、重い気分で床に就いた。


 翌朝早く、朝食の準備をしようと起きてきた雲英(うんえい)は、仙尊の姿がないことに気づいた。


 みんなで外へ飛び出し、四方八方を探し回った。




 無畏と小亀は雪山の上まで飛び、残りの者は温泉の周りや、小屋の裏の林、丘の草むらを探した……。



 やがて全員が落胆の表情で部屋に戻ってくると、雲英が焦った様子で二通の手紙を取り出した。


 「これをみて!仙尊のお布団の上に置いてありました。朝は無かったのに、今ふと振り返ったら置いてあって……」




 集まってきた全員は、手紙の宛名を見て顔色を失った。


 一通は波有へ、そしてもう一通は、残された仲間たち全員へ宛てられたものだった。


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