第105話 薬人の真相
「ふん!」
美姫は不機嫌そうに口を尖らせると、青ウナギの額をこづき、男たちに向かって吐き捨てた。
「私がバカだとでも思っているの? 私だってそうしたいわよ! もうとっくに国師様にお願いしたんだから!」
「でもね、国師様が直々におっしゃったのよ。ひとつめ、古い秘伝書には『この薬は人間の体でないと使えない』とハッキリ書かれていること」
「ふたつめ……なんで『薬人』なんて呼ぶと思う? この薬で本当に永遠の命が得られるかどうかは、かなり長い時間を置いて経過を見ないと結果が分からないからよ!」
期待と疑問の目を向ける男たちと軍師を前に、美姫は少し考え込んだ。
彼女は声をひそめ、不気味な笑みを浮かべながら顔を近づける。
「まあいいわ。あんたたちは私の腹心だし、今日だけ特別に教えてあげる」
美姫は目を細め、底意地の悪い光を宿らせた。
「この話は、国師様が私だけにこっそり教えてくださったの。あの賢明ぶったキツネ女すら、何ひとつ知らないわ!」
「こうして作られた薬人だけど……もし失敗したら、長生不老どころか、全身にカチカチのうろこが生えた怪物になっちゃうのよ。理性を失って、言葉もしゃべれない、人間でも幽霊でもない恐ろしい化物にね!」
美姫はジェスチャーを交えながら身を乗り出す。
「どうして九階建ての巨塔を作ったと思う? 」
「真ん中の階はね、失敗した怪物薬人たちを閉じ込めておくための場所なのよ! それに、この塔の最深部には巨大な地下密室があって、四方の壁に最高級の火霊石が埋め込まれているわ。もし失敗した怪物が暴れ出したら、そのまま炎の陣法の中に放り込んで、一瞬で灰にして跡形もなく消し去るってワケ!」
「ゴクリ……」
これには、いつも図々しい円筒すらガタガタと震え上がった。
彼は恐る恐る顔を上げ、もう一度目の前の赤い巨塔を見上げた。
気のせいだろうか。
真っ赤な塔が、まるで人魚と人間のドロドロとした血で染め上げられているように見え、強烈な死の気配を漂わせていた。
周りの男たちも背筋を凍らせ、足元からゾワゾワと寒気が突き抜けていく。
顔を青ざめさせた青ウナギが、唾を飲み込みながら怯えがちに尋ねた。
「じゃ、じゃあ宮主様……国師様の予測では、第一陣として実験される五人の薬人のうち、不老不死の完璧な体になれるのは何人くらいなんです……?」
これは残酷な実験の成功率に関わる、最も重要な質問だった。
円筒も男たちも息を殺し、耳を澄ませて美姫の答えを待つ。
しかし、美姫は一気に顔を曇らせた。
血のように赤い口紅を塗った口をへの字に曲げ、鬱陶しそうに袖を振る。
「確率までは詳しく教えてくれなかったわよ……ただ、険しい顔で言われたの。『ごくわずか』だってね!」
顔を見合わせる一同に対し、美姫は苛立ちを隠さずに手を振った。
「はいはい! いつまでもボーッと突っ立ってんじゃないわよ! さっさと作業員たちの監視に行きなさい! 今日もし薬作りが遅れて国師様に怒られたら、あんたたちの皮をひっぺがすわよ!」
男たちと軍師はヒッと悲鳴を上げ、慌てて逃げるように散っていった。
―――
血生臭い惨劇が続く南海の人魚島とは対照的に、はるか遠く離れた通天山は、真っ白な雪に覆われ、静まり返っていた。
けれどこの日、雲霧に包まれた古道に、野性と血の匂いをさせた一匹の「客」が辿り着いた。
北方荒原の丸子部族からやってきた、蒼狼族の頭領・阿達だ。
かつての威風堂々とした面影はない。
巨体にはびっしりと血がへばりつき、白い息を荒く吐き出している。
広い背中には、ボロボロになって気を失いかけた小さな人魚がふたり、必死にしがみついていた。
人魚族の長老である戦勇の息子、戦大と戦小だ!
異変に気づいた者たちが駆け寄り、弱り切ったふたりを背中からそっと下ろした。
骨が見えるほどの深い傷と乾いた血痕を見て、雲英は胸を痛めて涙を浮かべる。
星盤仙尊はすぐにふたりを裏山の温泉へ運ばせ、温かい泉水と術でボロボロの体を癒やした。
さらに雲英に命じて『氷山雪蓮粥』を作らせ、一口ずつ含ませて内傷を治していく。
まる二日経って、彼たちはようやく正気を取り戻した。
だが、目を覚まして周りの心配そうな顔を見ると、哀しみがこみ上げてきたのか、「わぁぁぁっ!」と声を上げて大泣きし始めた。
恐怖と絶望に声をつまらせながら、戦大と戦小は人魚島で起きている恐ろしい惨劇を語り出した。
族人を守るために惨い拷問を受けた父親の姿。
血を絞り取る道具にされた大勢の人魚たち。
ムチに打たれながら歌わされる絶望の歌。
そして、血と骨で積み上げられた九重無光塔のこと……。
話を聞くうちに、部屋の中はしんと静まり返った。
誰もが顔色を失っている。
一番前で話を聞いていた波有の瞳からは、溢れ出す涙が止まらなかった。
冷たい涙が白い頬を伝っていくけれど、拭おうともしない。
彼女は固い床をじっと見つめ、激しい怒りと感情の渦に体を震わせていた。
澄んでいた瞳の奥には、すべてを焼き尽くすほどの憎しみが燃え上がっている。
冷たい床が鏡のように見え、その向こう側で、心魔無光が勝ち誇った顔で嘲笑っているように感じられた。
遥か遠くから、彼の刺さるような冷酷な声が頭の中に響いてくる。
『見ろ! かわいそうで無力な人魚族の姫よ! これがお前が命をかけて守ると誓った、愚かな族人たちの姿だ!』
『圧倒的な力の前では、お前の優しさも覚悟も……ただの大笑い草なんだよ! ハハハハッ!』
波有は下唇を強く噛み締めた。
溢れ出た赤い血が、蒼白な唇の上で惨烈に滲んでいった。




