第104話 人魚島の九重無光塔
かつて美しく穏やかだった人魚島は、今や酷い血生臭さと絶望が漂う地獄絵図と化していた。
たくさんの綺麗な貝殻や白砂で彩られていた浅瀬は、暗い赤色の血の霧で覆われている。
リーダーの汕や清夫人が暮らしていた住処――島の中心にそびえ立つ、一番大きな白い岩洞は、気味の悪い牢獄へと姿を変えられていた。
奥深くの湿った洞窟の入り口は、冷たくて太い鉄格子でしっかり塞がれている。
生き残った人魚たちは、一箇所に集められていた。
五人ひと組で重い鉄の鎖に繋がれ、日の光も届かない場所に閉じ込められている。
「ギギギ……」
薬を作る時間になると、小妖の守衛が重い鉄の門を開けて入ってくる。
衰弱しきった人魚たちの血管を切り裂いては、順番に血を絞り取っていくのだ。
それだけではない。
顔を真っ青にした人魚たちは、容赦ないムチの痛みに耐えながら、乾いた喉で楽しげな祈りの歌を歌わされた。
古くから伝わる歌声が湿った洞穴に響き渡り、かえって悲しさを引き立てていた。
効率よく薬を作り、血を集めるため、岩洞の真ん前に巨大な塔が建てられた。
巨塔は空を突くほど高くそびえ立っている。
国師無光の命令を果たそうと、美姫はかなりの無理をした。
北海の奥深くに数百年の歳月をかけて作った豪華な珊瑚の宮殿を壊し、めったに見られない真っ赤な珊瑚をここまで運ばせたのだ。
南海と北海の総力を挙げ、何万人もの労働者が寝ずに作業を続けた結果、期限ギリギリで「九重無光塔」が完成した。
―――
美姫は部下の軍師・円筒や、お気に入りの男たちを引き連れて巨塔を見上げていた。
商売がうまくいったと言わんばかりに、満足そうに声を上げて笑った。
「ほほほ! あのずる賢いキツネ女、絶対に間に合わないと思っていただろうね! 空まで届くような大塔を見たら、悔しくて綺麗な顔を歪めるんじゃないかしら!」
「宮主様、さすがでございます!」
目がすばしっこく動く円筒がすかさず揉み手をしながらお世辞を言う。
「あのキツネ女なんて安っぽい色仕掛けしかできない奴ですよ、南海と北海を束ねる太っ腹な宮主様と比べられるはずもありません!」
「それに、キツネは疑い深くてずる賢いですからね。国師様も裏切られるのを警戒して、あえて手元に置いて監視しているのでしょう。宮主様のように頼りにされているのとは大違いです!」
美姫はすっかり気分を良くして、何度も深くうなずいた。
「そうよ!そうよ! その通りだわ! 国師様は私の熱意と実力を認めてくれたからこそ、一番大切な仕事を任せてくださったのよ!」
無光に忠誠を示すため、抱えていた九十人もの男たちを処分し、聞き分けの良い九人だけを残したことを思い出し、彼女は自分の考えに自信を深めた。
その中で一番のお気に入りは、遠い親戚筋にあたる若い青ウナギだった。
彼は透き通るような肌をしていて、少女のように可愛らしく、おねだりが上手かった。
青ウナギはしなやかな体をくねらせ、美姫の腕にすがりつく。
「国師様の設計図はとても難しかったのに、宮主様がお利巧だから完成できたんですねぇ。普通の人なら、びっしり書かれた呪文を見ただけで目が回っちゃいますよ」
甘い声で巧みに褒めちぎる。
他の男たちも負けじと声をそろえ、美姫を天女のようだと持ち上げた。
お世辞の嵐にすっかり浮かれ上がった美姫は、青ウナギの頬をなでながら胸を張った。
「国師様から頼まれた仕事だもの、気合の入り方が違うわよ! 各階を作る前に、私が職人たちと細かく打ち合わせをして呪文もチェックしたんだから。この塔の隅々まで、知らない場所なんてないわ!」
それを聞いた青ウナギは、長いまつ毛を揺らして、不思議そうに首を傾げた。
「でも……宮主様。ひとつだけ疑問があるんです。設計図を見ると、一番上の階だけ屋根がないじゃないですか。ただの広い広場になっていて海風が吹き抜けるだけですけど、一体何に使うんですか?」
「そう言われれば、わたしも気になっていたんです」
円筒も大きな顎をさすりながら首をひねる。
「不老不死の霊薬を作ったり、完成した薬人を置くための塔だと聞きましたが……まさかお日様の光に当てないと薬が作れないとか?」
―――
最初の薬人作りに関わったことがある美姫は、当然その秘密を知っていた。
彼女は円筒の大きなお腹をポンと叩いて褒めた。
「伊達に私の軍師をやっているわけじゃないわね! 一発で言い当てるなんて!」
美姫は周りを見回すと、雲に届きそうな塔の頂上を指さして説明した。
「屋根がないのはね、霊薬を作る途中で太陽の強い光を浴びせることが、一番大事な工程だからよ!」
彼女は少し息を整えると声を落とした。
その瞳には恐ろしい狂気が宿っている。
「人間から力ずくでくり抜いた新鮮な心臓や肝臓を、下の方の階にある密閉された玉石の瓶に入れて、薬水で発酵させるの」
「ドロドロに腐って強い毒を発するようになったら、激しい炎で焼き尽くして真っ黒な灰にするわ。その灰に人魚の純粋な血と髪の毛を混ぜて、心臓の形をした金の容器に流し込むの。そして大事に一番上の広場へ運ぶのよ!」
美姫は興奮のあまり、身振り手振りを交えて続けた。
「広場で昼は強い光を浴びせながら、ムチで叩かれる人魚たちの祈りの歌を聞かせるの。するとね、死んでいたはずの灰と血が不思議と固まり直して、ドックン、ドックンと鼓動を始めるのよ!」
「そうしたら、動く心臓を取り出して一番下の冷凍庫へ持っていき、元々の体に押し戻す……これを七七四十九日繰り返せば、不老不死の恐ろしい薬人が出来上がるってワケ!」
あまりに残酷で不気味な工程を聞かされ、ナマズ頭の円筒は目を丸くして身体を震わせた。
「ひええっ! 宮主様! 聞いているだけで頭が痛くなってきましたよ! そんな大変な作業を仕切るなんて、本当にお疲れ様です!」
一方、青ウナギは目を輝かせ、欲深い顔で甘えた声を上げた。
「あのぉ……宮主様ぁ。僕もずっとお仕えしてきたんですから、国師様にお願いして不老不死の薬を分けてもらえませんか? 永遠の命をもらえたら、ずっと海の中で宮主様にお仕えできますし……あぁん、考えただけで幸せになっちゃいますぅ!」




