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波有伝説~海をゆく虹色の鱗【後編:不老不死の秘薬】  作者: 唯紅蓮真美(いちべにまみ)
第四章 宿命の決戦

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第103話 不老不死の霊薬


 

 血まみれの波有を背中に乗せた白鶴は、矢のように北海を飛び越え、荒野を抜け、雪山を越えて星盤仙尊の小屋へと戻ってきた。


 仙尊はすぐに『氷山雪蓮(ひょうざんせつれん)』を取り出して波有に飲ませ、全身をじっくり診察した。


 そして「血を吸われすぎて気を失っているだけだ。しっかり休めば問題ない」とみんなに伝える。




 波有が目を覚ました瞬間、真っ赤になるまで泣いた4つの目が、まばたきもせずに自分を見つめていた。


 師父の伊高屋と師弟の小亀だ。



 「波有ちゃん、かわいそうに……痛かったでしょう!」


 「師姉、気がついたんだね! ほんとうによかった! 血だらけだったから、もうだめかと……」


 ふたり同時に喋り出すものだから、彼女はどちらを聞けばいいのか分からない。





 隣から無畏が冷たく口を挟んだ。


 「お前が起きるまで、このカメはずっとメソメソ泣いてたんだぞ。仙尊様が大丈夫だって言ったのにさ」



 ちょうど薬を持ってきた伊念がそれを耳にして、慌てて割り込む。


 「ちょっと無畏くん! これ、初めてじゃないんだからね!」



 雲英も伊念と一緒に部屋へ入ってきた。


 おかゆの入った器を手に持っていた雲英は、すぐに伊高屋へ言いつける。


 「師父! 聞きました!? この人たち、どうしてこんなに思いやりがないんですか!」



 彼女はカンカンになって、器を『ドン!』とテーブルに叩きつけた。


 腰に手を当て、ふたりを指さす。


 「前は念ちゃんで、今度は無畏くんまで! ふたりとも、波有が起きたばかりなんだから冷たくしないでよ! 師父も注意してください!」



 伊高屋もムッとした。


 「念ちゃん、お前も部屋で本ばかり読んでないで、外に出て人と話しなさい! まったく、この子は性格は悪くないのに冷たすぎる!」



 伊念は薬をテーブルに置くと、無畏の腕を引いた。


 「行くわよ! 人数で負けてるから、ここにいたら小言を言われるだけだわ!」



 無畏は体をねじらせて突っぱねる。


 「嫌だね! 僕は今回ヒーローになったんだ! みんな『ありがとう』って言ってくれたのに、波有だけまだ言ってない! だから起きるのを待ってたんだよ!」



 波有はそこでようやく悟った。


 あの黒い穴に落ちる直前、自分を救い出してくれたのは無畏だったのだ。


 それに、危険な状況から全員が無事に逃げ出せたのも、無畏の中に隠れて無光の手から逃れたおかげだろう。




 彼女は優しく微笑んだ。


 「ありがとう! 頼もしい無畏くん!」


 続けて小亀に尋ねる。


 「仮羅(から)伯父たちは無事なの?」



 「安心して、みんな元気だよ! それより師姉の姿があまりに酷くて、肝が冷えたんだから! でも仙尊様が無事だって言ってくれて本当に良かった」



 雲英が急かす。


 「ほら、冷めると苦くなるから、薬を飲んでからおかゆを食べて!」




 ―――




 その頃、王都ではひっくり返るような大変化が起きていた。




 国師の無光が、南海の果てから『不老不死の霊薬』を持ち帰ったのだ。


 国師は王都の民を幸せにするため、この霊薬を無条件で皇帝に捧げ、国中で使うようお触れを出してほしいと頼み込んだという。




 霊薬の使い方というのが、また恐ろしいものだった。



 まず自分の体から心臓や肝臓を取り出して国師に預ける。


 彼は特別な温度と環境のもと、複雑な手順で霊薬を使ってそれを培養するのだ。


 四十九日後、その人間は完全に復活する。


 そして何より、復活した者は『不老不死』の永遠の命を手に入れることができるという。




 しかし、方法があまりに物騒だったため、朝廷の大臣たちの間では議論が巻き起こった。


 賛成派は「長生きできるなら何でもするべきだ」と言い、反対派は「今元気に生きているのに、わざわざ死ぬような真似はできない」と主張する。




 新しく即位した皇帝は、もともと国師の力を強く信じ切っていた。


 だが……一度死ななければ長生不老になれないと言われると、さすがに踏み切る勇気が出ない。




 みんなが好き勝手に意見を言い合ってゴチャゴチャしていたその時、棺桶に入れて埋葬したはずの、十歳で亡くなった前皇帝・李順天(りじゅんてん)が、国師と一緒に大殿へ現れたのだ!




 誰もが言葉を失った。


 幼い前皇帝自らが命をかけて実験台となり、見事に不老不死の体を手に入れて戻ってきたのだから、信じないわけにはいかない。




 玉座に手を置いていた皇帝の頭に、恐ろしい考えがよぎった。


 百年後、自分が寿命を迎えたら、玉座に座るのは目の前にいる幼い前皇帝ではないか!




 それどころではない!


 迷っている場合じゃなかった。


 このままいけば自分も永遠に生きられて、代々皇帝の座を守れるというのに、なぜ玉座を他人に譲らなければならないのか?




 皇帝はすぐにお触れを出し、霊薬の導入を決定した。


 さらに「自分を次の実験台にして、すぐに体を開いて培養してくれ」と国師に命じたのだ。


 それを見た大臣たちも大興奮し、自分たちにも長生不老の体をくださいと国師に群がった。




 ―――




 朝廷のお祭り騒ぎが落ち着いた頃、奥の部屋に座る無光は、疲れの混じった目で階段の下にいる李御(りぎょ)とと隣の侍女を見下ろしていた。




 「国師さま、言われた通りの手配はすべて完了いたしました」


 「各地から集めた職人たちが、すでに王都へ到着しております」


 「指示通りに白玉の瓶と黄金の容器も作り終えました。第二陣となる薬人たちの心臓と体はそれぞれの容器に入れ、転送陣で人魚島へ送り、美姫(びき)に手渡してあります。ただ……」



 李御は報告しながら、ちらちらと国師の顔色をうかがっていた。


 心の中はニヤニヤが止まらない。


 「ただ、人魚島に建てる『九重無光塔』の進み具合はどうでしょうか。間に合うと良いのですが……」




 この冷酷な国師は、時間に対してかなりシビアだ。


 用事がなければ滅多に顔を見せてくれない。



 彼は美姫を人魚島へ追いやり、自分を王都の宮殿に残してくれた。


 つまり、美姫よりも自分の方が圧倒的に彼と会えるチャンスが多いのだ。


 美姫が悔しがって狂っている姿を想像すると、胸がすっとした。




 隣にいた侍女の葉(よう)が、こっそり李御の帯を引っ張る。


 彼女はハッと我に返ると、あでやかな笑みを浮かべた。


 「国師さま、このところ薬人の件で根を詰めすぎて、お疲れなのではありませんか? 秀麗山(しゅうれいざん)から今年採れたての『猿酒』が届いております」


 「屏風山(びょうふざん)のふもとにある温泉街の魚妖からも、今は秋晴れで紅葉が一番綺麗な季節だと連絡がありました」


 「温泉に浸かりながら美味しいお酒を飲み、美しい景色を眺める……きっと日頃の疲れも吹き飛びますわ」



 無光と一緒に過ごす時間を増やすため、侍女のアドバイスに従って身体を気遣うフリをし、温泉街へ誘ってみたのだ。




 「ほう? そんな良い場所があるのか」


 無光は感情を見せずに答えた。




 「ええ、国師さまはいつも国の大事ばかり気にされて、こうした風流なことにはお詳しくありませんでしょう? けれど働きづめではお体に障ります。たまには息抜きも必要ですわ」


 李御が優しく声をかける。




 無光は李御の隣に立つ侍女を指さした。


 「お前だ。右にいる侍女。お前が温泉街へ行き、街を封鎖して部外者を一切入れるな」


 「それから李順天たち五人の薬人をそこへ連れて行け。街の中で何をしようが勝手だが、外へ出すことだけは絶対に許さん」




 第一陣の薬人である李順天たちを復活させることには成功した。


 けれど秘伝書にはこう書かれている。


 『完全に不老不死になれなかった者は、復活してしばらくすると目が飛び出し、全身にうろこが生えた、言葉も話せないバケモノになる』と。




 彼はこの者たちをどこへ隠そうか悩んでいたのだ。


 もし復活した人間がバケモノに変身した姿を見られれば、霊薬の嘘がバレてしまう。


 前皇帝を温泉街へ遊ばせに行かせるという名目で、薬人たちを送り込んで監視させるのは、悪くないアイデアだった。




 それ以外にも、彼は王都で大規模な工事を起こし、各地から宝物を集めていた。


 王都から人魚島へ一瞬で移動できる『転送陣』を完成させるためだ。




 これがあれば瞬時に人魚島へ行ける。



 そして李御が口にした美姫の建てる『九重無光塔』もまた、彼の重要な手札の一つだった。


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