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波有伝説~海をゆく虹色の鱗【後編:不老不死の秘薬】  作者: 唯紅蓮真美(いちべにまみ)
第四章 宿命の決戦

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第102話 珊瑚の鉢



 目の前で起きたあまりに恐ろしい光景に、白鶴の背中に乗っていた伊蘭、伊貴、無畏たちは、思わず悲鳴を上げた!



 苦労して借りてきた『蓋紅沙』が、無光を倒すどころか裏目に出て、人魚島を丸ごと呑み込む大津波を起こしてしまうなんて!


 海に沈んだ波有も、如意瑠璃塔の下に押し潰された通天山の和白たちも、生きているのかすら分からない……。




 空にはびゅうびゅうと狂風が吹き荒れている。


 無光は高みの見物をしながら、すっかり海に沈んだ人魚島を見下ろし、冷酷で残忍な目を光らせていた。




 国師の白い髪と黒い服が海風に揺れていた。氷のように冷たい黒い瞳には、世の中を見下すような威圧感が漂っている。


 でも、人魚は泳ぎが得意だ。


 これくらいの大波、彼らにとってはなんてことない。




 案の定、波が引き始めると、海の中からゆっくりと人魚島が姿を現した。


 次の瞬間、島から何千何万という水の矢が、無光に向かって勢いよく飛んでいく!




 国師が黒い服の袖を軽く振ると、法力に弾かれた水は、ただの雨になってパラパラと落ちていった。




 彼は高らかに笑い飛ばした。


 「人魚は戦いが弱いと聞いていたけれど、本当にもろくて話にならないな」




 ―――




 その頃、波有は島の人魚たちと落ち合っていた。


 島のリーダーである汕(さん)や清(せい)夫人が、波有の前にひざまずく。




 戦勇(せんゆう)が悔しそうにつぶやいた。


 「和白様たちが引きつけてくれている間に、海水で攻撃しようと思ったのですが……あいつの技が凄すぎて、歯が立ちません!」




 波有は悲しそうにうなずいた。


 「勝てないと分かっていても、やるしかないわ」



 「ふたりはみんなを連れて秘伝書を壊しに行って。私は戦勇の兄弟と一緒に、あいつと戦うわ」




 汕リーダーは泣きそうな声で止めた。


 「姫様は大切なお体です! そんな危険な真似は絶対にいけません! 秘伝書を持って海の中に逃げてください! あとは私たちが引きつけます!」




 彼たちが自分を逃がそうとするのを見て、波有は「これ以上グズグズしていたら島のみんなが危険だ」と察した。


 「私は人魚族の姫よ。強くなって島のみんなを守るために修行に出たの。千年経って、かえってパワーが弱くなっちゃったけれど……」


 「けれども、昔と気持ちは変わらない! たとえまた死んで、次に生まれ変わるまで千年かかったとしても、姫としての誇りを守れるならそれでいいの!」




 きっぱり言い切ると、彼女は振り返りもせず、七色の光になって無光へ向かって飛び立った!


 戦勇と戦雄の兄弟も慌てて後を追う。




 ―――




 無光が一番恐れていたのは、人魚たちがやけくそになって秘伝書を壊してしまうことだった。


 だから波有が自分から向かってきたのは、願ってもないチャンスだ。




 彼は足元に小さな黒い穴を作り出し、それ以上広がらないように固定した。


 波有たちが近づいてくると、攻撃される前に黒い服をバサッと振った、一瞬で戦勇兄弟を縛り上げ、そのまま塔の下へ投げ飛ばしてしまう!




 波有は急いで身につけていた鈴を鳴らした。


 塔の上にある『人魚の涙』に呼びかけ、いつもの歌を歌う。


 歌声で四不像師兄の驕盧(きょうろ)の目を覚まさせようとしたのだ。




 しかし、無光はニヤニヤと笑うだけだった。


 風に銀髪をなびかせながら吐き捨てる。


 「姫様はご存じないようですね。この頃ね、僕のパワーは跳ね上がって、四不像も羅漢の体も思い通りに動かせるんですよ。君のバカな師兄は、もう二度とお返事なんてできませんよ」


 「秘伝書のやり方はだいたい知っています。人間の心臓でも人魚の血でも、身分が高い者ほど成功しやすい」


 「さっき手加減すると言いましたがね……ちょっと血を借りるくらい、大したことないでしょう?」



 言い終わるやいなや、彼は光のような速さで波有の後ろへ回り込んだ。


 白く綺麗な手で波有の尾びれを掴むと、そのまま逆さまに吊り上げた!




 「よく見ろ!」


 無光は術を使って、島にいる全員に聞こえる大声で叫んだ。




 尾びれから流れた血が、波有の体をたどり、顔を濡らして頭へ染み込んでいく。


 黒髪が真っ赤に染まり、ぽたぽたと下の白い鉢の中へ落ちていった。


 赤と白の対比が気味悪く浮かび上がる。




 「姫様、この珊瑚の鉢を覚えていますか? ご自分で『珍しい白い珊瑚だ』と言っていたでしょう」


 あざ笑う無光の顔を見て、波有の頭の中に昔の記憶がよみがえった。




 弟子入りした時、彼女は深い海をずっと探して、めったに見つからない白珊瑚を見つけたのだ。


 それを鉢に加工して、師匠の光如意(こうにょい)にプレゼントした。


 師匠はすごく喜んで、もったいなくて使えないと言っていたのに……。




 血まみれで逆さ吊りにされる波有を見て、皆は怒りで頭が破裂しそうだった。


 小亀は全身が凍りつくようなショックを受け、白鶴を操って真っ直ぐ突っ込んでいった!



 無光は見向きもせずまた袖を振ると、白鶴を海へと叩き落とした。


 「遠くへ行けと言ったのに、聞き分けのない子供たちだ」




 ―――




 彼は眉をひそめた。


 鉢に血がいっぱいになると、無光は波有を黒い穴の上に引き寄せた。


 「秘伝書を持ってこないと、このまま手を離すぞ」


 落とすフリをしてみせる。




 島の人魚たちは青ざめた顔で一斉に地面にひざまずいた。


 秘伝書の箱を高く掲げ、頭を地面に叩きつけて血を流しながら許しを乞う。


 「どうか国師大人、お心をお広くして、私たちの姫様をお返しください!」




 無光は大笑いしながら、指をちょっと動かして箱を手に入れた。


 (ついに……ついに秘伝書を手に入れたぞ!)




 心の中で叫び、少しホッとしたものの、口元には冷酷な笑みが浮かんでいた。


 「波有師妹……波有姫様……はぁ……」


 「ねえ、どうしてくれようか」


 「逃がしたら、また僕の瑠璃塔をたぶらかして、計画を邪魔してくるだろうしな」


 「千年前から嫌な奴だった。昔から見ていて不愉快だったのに、生まれ変わってもまた目の前に現れるなんて」




 彼は手の中の血まみれな体を、嫌そうに見つめた。



 海風に吹かれて、雪のような銀色の髪が激しく舞う。


 「人魚の姫のくせに自分の島でおとなしくしていればいいものを、なんであんな老いぼれのところへ行ったんだ? 修行に来たくせに、あっちもこっちも誘惑しやがって!」


 「静かになったと思ったら、四不像と一緒に山を下りて暮らせばいいだろう!」


 「なのにそれも嫌だと言って、老いぼれのそばにへばりついて! 師兄に相手されなくなったら、今度はカメをたぶらかすのか!」



 「いい加減にしてくれないか! 全員を不幸にしないと気が済まないのか!!!」


 「分かってるぞ、お前はわざとやってるんだ! 絶対にそうだ!!!」




 言えば言えるほど怒りが込み上げてくるのか、無光の声と体はガタガタと震えていた。


 冷たかった瞳は興奮で真っ赤に光り、口元には不気味な笑みが浮かんでいる。


 いつもの気取った冷酷な公子とは、まるで別人だった。




 「本当にムカつくよ!」


 「お前がいなきゃ老いぼれも僕を生み出さなかったし、お前がいなきゃ僕も地上に戻れず、海底の奥深くに封印されたままだった! なのに、心から……!」



 「心からお前が嫌いだ!」


 何度も溜息をついた後、彼はついに手を離した。




 ―――




 まさにその瞬間!


 海の中から一筋の眩しい光が一直線に飛び出し、穴に落ちそうになった波有をサッと抱きかかえた!


 無光が目を凝らした時には、その光も波有もどこかへ消えていた。




 彼はぽかんと立ち尽くし、しばらく考えてからつぶやいた。


 「この速さ……通天山のあのクソジジイか……?」




 無光は人魚島に降り立つと、汕リーダーたちに向かってヒラヒラと手を振った。


 「まあいい、まあいい……さっきは頭に血が上って、あの子の血がもっと必要なのを忘れていたよ」


 「まあ、通天山の奴が助けたところで何になる? 見ただろう、もう一度やったって無駄なあがきだ。お前たちの島なんて、僕が指をちょっと動かすだけで消し飛ばせるんだからな。今回は……見逃してやる」




 秘伝書を奪われ、姫の行方も分からなくなった人魚たちは、悔しさをこらえて命令に従うしかなかった。


 海に沈んでいた李御(りぎょ)を救い出す。



 無光は囚われていた美姫(びき)たちを解放した。




 お目当ての秘伝書は手に入った。


 これ以上ここに長居するつもりはない。


 無光は塔の下に閉じ込めた和白たちだけを連れ去り、残りの者たちには目もくれず、そのまま不老国の王都へと帰っていったのだった。


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