ただ、昔のように
いつもの時間。
いつもの昇降口。
いつもの影。
そこに、いつもいるはずの君がいなかった。
下駄箱の前で靴を履き替え、何気なく顔を上げる。
いつもなら少し離れた柱の影に、彼女がいるはずだった。
その視線を感じて、僕は歩き出すのが習慣になっていた。
けれどその日、柱の向こうには誰の姿もなかった。
──あれ?
一瞬だけ胸がざわついた。
もしかしたら今日は忘れたのかもしれない。
急いで帰らなきゃいけない用事があるのかもしれない。
僕はそう思い直して、しばらくその場に立ち尽くした。
だが、どれだけ待っても彼女は現れなかった。
仕方なくひとりで昇降口を出る。
夕陽に照らされた坂道を歩くのは、久しぶりに感じた。
周りの部活動の声が妙に遠くて、風の音ばかりが耳に残った。
──こんなに寂しい道だったっけ。
彼女がいないだけで、坂道はただの通学路に戻ってしまった。
重たい鞄の紐が肩に食い込み、前を歩く人の影が長く伸びる。
その一歩ごとに胸が空洞になっていくようだった。
翌日、教室で彼女と目が合った。
けれど彼女はいつも通り友達と笑っていて、僕には何も言わなかった。
僕も声をかけることはできなかった。
放課後。
下駄箱に向かうと、今度は彼女がそこにいた。
何事もなかったかのように柱の影に立っていて、僕を見つけると軽く手を振った。
「昨日、友達と一緒に帰っちゃった」
歩き出すとすぐに彼女がそう言った。
「ごめん、言っとけばよかったね」
僕は首を振った。
「いや、大丈夫」
「ほんと? なんか急に約束すっぽかしたみたいで」
「そんなことないよ」
言葉はそれだけだった。
彼女はすぐにまた別の話題を持ち出し、今日の出来事を楽しげに話し始めた。
僕もそれに相槌を打つ。
一見すれば何も変わらない。
だけど胸の奥では、昨日感じた空虚さがまだ抜けきらずに残っていた。
──あの「ひとりの坂道」を、僕は忘れられない。
それから数日後、また彼女がいなかった。
そのときもきっと、友達との予定があったのだろう。
別に責める理由なんてない。
でも、僕は気づいてしまった。
「一緒に帰る」ことが、もう絶対ではないのだということに。
少しずつ、ほんの少しずつ。
僕たちの放課後は欠けていく。
それは大きな音を立てて崩れるものではなく、砂時計の砂が落ちるように静かで、気づけば形が変わってしまうものだった。
帰り道、彼女が隣にいるときでさえ、その欠けた穴を思い出す。
だから余計に、彼女の声を強く胸に刻みつけようとした。
彼女が笑うときの声。
足音のリズム。
横顔にかかる夕陽の光。
どれも「当たり前」じゃない。
ひとつでも欠ければ、すぐに壊れてしまうのだと知ったから。
「じゃあ、また明日」
「うん、また」
交差点でそう言葉を交わす。
でもその「また」が、本当に約束されたものではないことを、僕はもうわかってしまっていた。




