第305話 帝都決戦 五
氷邑はるは、考える。
黄金龍内部。自分が領都屋敷に降りず、ここに残る意味。
それはきっと、『集団の指揮』を得意とするイバラキがここに残る意味と、同じだ。
はるは、《《修理をしながら外を飛び回るアシュリー》》をブリッジの内側から映像で見つつ、油断なく目を動かして、『それ』を探す。
イバラキも、隣で同じようにしている。……やはり、探しているものは、同じなのだ。
だから、はるは、イバラキに、主語を抜いてたずねた。
「やはり《《あいつ》》は、ここに来ますか」
イバラキは、「ハンッ」と鼻で嗤った。
「そうでしょうな。今、この状況なら、地味に他の領を引っ掻き回したり、《《ご主人様》》について梅雪様と戦ったりするよりも、『ここ』をどうにかするのが、一番……手っ取り早く、相手の──我々の心を折れる」
帝の威光が見当たらぬ帝内地域において、次なる希望は氷邑銀雪。
だがそれはあくまでも『実質的な希望』だ。政治力、指導力、そして『名門、氷邑家』というネームバリューによる希望だ。
イバラキは知っている。
たとえば、戦える戦力や人材が揃っている軍があるとして……
その軍の『一目で強さがわかるような、派手な戦士』が倒されたとする。
と、相手はまだ余力があるにもかかわらず、士気が落ちて戦えなくなる。こういう場合があるのだ。
いわゆる『一騎打ち効果』というやつだ。
指揮官や将帥はもちろん、兵力差の実数を知っている。あるいは、経験から、彼我の『本当の実力差』がわかる。だから、一騎打ちで自軍が負けたところで、それが勝敗にさほど寄与しないのがわかる。
だが連れ出されている兵、あるいは民兵なんかは、そうは思わない。自分たちと相手との戦力差を冷静に、あるいは冷徹に『数』として見られない連中は、『わかりやすい、派手なマーク』を塗りつぶされただけで、『もうダメかもしれない』と士気を落とす。
そうして士気が落ちて、末端が恐慌状態になって戦えなくなると、なんと、戦力で勝っている側が実際に負けることがあるのだ。
酷い時なんか、戦えなくなった味方の兵卒が邪魔で身動きがとれなくなって負ける──なんていうことさえ、ある。
そして、今。
この混迷極まる戦場で、誰が見てもわかりやすい希望は、《《上空で戦う黄金龍に他ならない》》。
まず、デカい。そして、派手。
最初は墜落しかけていたが、持ち直した。その上で、スタンピードの対処にあたっている。
これがもしも撃墜された時の心理的効果──特に、避難をしている民たちへの心理的負荷は、計り知れない。
黄金龍を倒すだけで、相手は、こちらの民を恐慌状態にし、混乱に陥らせ、《《こちらの民の力によって》》、《《こちらの対応力をパンクさせることが可能になる》》。
「……こんな、戦略的に重要なモン、狙わないわけがねえ」
イバラキは、相手を分析しきっている──というより、《《信頼している》》ようだった。
はるにも、気持ちはわかる。
《《あの男》》は、信頼に足る。
絶対にこっちが一番嫌だと思うタイミングで、嫌だと思う仕掛けをしてくる。そういう、信頼だ。
「しかし実際問題、《《あの男》》はどうやって黄金龍を墜とそうとするのでしょう? 墨俣一夜砲を仕掛けるのは、さすがにできないと思いますが……あれは少なくとも、《《あの男》》の持ち物では、ないはず」
単純に、黄金龍はサイズが大きい。
これを外からの攻撃で撃墜するには、それなりの兵器がいる。
まして墨俣一夜砲直撃でも原型を保つことが証明されたのだ。これを撃墜するほどの超兵器など、さすがにクサナギ大陸にも、そうそうない。
はるに問われたイバラキは、笑っていた。
「《《わかってるから》》、《《ここでぼーっとしてるんでしょうに》》」
はるは、微笑を返す。
兄に似た、凶悪な笑みだった。
……《《その男》》。
やつの名前。
それは──
「いやはや、騙されてはくれませんか」
──それは、手段を問わず、相手を殺す。狙った相手を、必ず殺す。
ゆえにそいつは、こういう名称で、現代に伝わっている。
「《《暗殺者》》!」
氷邑はるは、コックピットに侵入してきた──パイロットを内部から殺そうと侵入してきた、黒い鎧に黒い盾、黒い剣を携えたゴブリンに、迫る。
ゴブリンもまた、盾を構えて、はるを迎え撃とうとする。
超兵器黄金龍を外部からの攻撃で墜とせないならば、《《中に入ってパイロットを皆殺しにすればいい》》。
この単純にして効果絶大な策に応じるため備えていたはるとイバラキが、同時に、暗殺者に攻めかかる。
もう一つの決戦が、黄金龍の内部で始まった。




