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第299話 遮那王親征 四

 不可解な点。


 まず、明智(あけち)光秀(みつひで)は、空からの奇襲を警戒していた。


 こちらは無限増殖船団。とはいえ相手は空を飛ぶ帝都火撃(かげき)隊を擁する帝の軍。

 帝都火撃隊がこういう戦争に出てこない可能性は大きいと判断しつつも、警戒を怠っていたわけではない。

 黒船は装備こそ『対・巨大海洋生物』への適性があり、空中への砲撃は苦手としている。

 しかしサイバネティック・ネオアヅチには飛行船という兵力があり、自軍にそういうものがある上、内乱が起きやすい土地柄なので、『対・飛行船』のための火器は存在するし、積んでいる。


 飛行船のようなものはドデカ湖地下の宇宙船から放たれるスペース波によって航行できないが、火器がすべてダメにされるということでもないのだ。


 つまり、それだけの用意をして、さらに空中からの接近には警戒もしていた。

 それが船に到着されるまでなんの迎撃もできていなかったのは、不可解だ。


(確実に、『見えていなかった』。我が旗艦のすぐそこで、いきなり出現したように見えた)


 光秀は、遮那(しゃな)の剣を受けながら、考える。

 遮那の剣は不自然に軽かった。だが、不自然に曲がった。

 逸らしたはずなのに刻まれる。かわしたはずなのに叩かれる。剣そのものが、剣の意思で蛇のようにうごめいている──そうとしか思われない、不可思議な剣筋。


 対する光秀の剣は素直な軌道だ。

 隙あらば急所に飛ぶ光秀の剣は、相対した者にとてつもないプレッシャーを与える。


『少しでも失敗すれば、命がない』という緊張感を互いに強いるのが、光秀の太刀筋だ。


 その重圧に呑まれて動きが乱れれば、すなわち死ぬ。


 光秀の剣術はいつでも、互いの命をテーブルに乗せていることを強く意識させる作用によって、相手に『根負け』を強いる。そういうものだった。


 だが……


 遮那光明尊(こうみょうのみこと)の剣術、雲間に舞う鶴のごとく、自由。


 剣を交わす光秀と遮那。

 その背後で、人が爆ぜる音がする。


 振り返る余裕はないが、何が起きているかは光秀にもわかる。

 七星(ななほし)彦一(ひこいち)が、クローン清州(きよす)兵を蹴散らしているのだ。


 七星彦一。


 七星──


「──よもや、道術で視界を誤魔化したのか!?」


 迫る蒸気甲冑が見えなかった理由。


 ……光秀は、ノブナガに仕えるまで、諸国を漫遊していた。

 その時に聞いた覚えがある──中国(なかくに)地方のイツクシマには、『見えない神社』があると。それは道術結界により隠された、『許可された者しか入ることのできない本殿』である、と。


 そして、七星の祖はイツクシマの出身であるという。


 入雲(いるも)白拍子(ダンサー)

 舞いの動きを以て術式とし、広大かつ強力な結界によって氾濫(スタンピード)の主人と四天王を死国(しこく)に封じ込めた大道術士。

 七星の術式といえば『天眼(てんがん)』が有名だが、それ一本でやっていけるはずはない。もっと隠された多くの術式があるはずだ。


 そして七星彦一が急行していた事実……


「当主も一緒に連れてきたのか」

「『見えぬ蒸気甲冑』──その謎を解いたか。正解だ」


 遮那が笑う。


 剣筋は自由に舞い、剣撃はあまりにも軽やか。

 しかし、一瞬の油断で首に刃が滑り込んでくる、捉えどころのない剣術。


 剣術というのは、ただでさえ強い『剣士』を強化するための秘密兵器だ。

 なので、その設計思想を読み解くことが、勝敗を分けることもある。


 たとえば剣聖シンコウの愛神光(あいしんひかり)流は、『カウンター』を旨とすることが有名だ。

 力なき者が、力ある者に対抗するためには、相手の力を利用する他ない。ゆえにこそ、カウンターが理念であり、相対するには、カウンターに特に気を付けるべきである──といった具合に、術理の設計思想があれば、何に注意すればいいかがある程度明確になる。


 遮那の王の剣は、軽く、軌道がわかりにくい。


 自由闊達(かったつ)──そう述べるべき概念に近い理念があるのだろう。

 だが、もっと、あるはずだ。もっと、簡単に、その剣術の術理が何を目指して組み上げられているかわかるような、そういう理念が、あるはずなのだ。


 その理念は……


 幾度目かの剣を合わせた直後、周囲の黒船から甲板へ向けて一斉射撃が始まる。


 光秀やクローン清州兵が乗っているうえ、黒船の砲撃は黒船を撃沈させる威力がある。

 だが、砲撃程度で倒れるような光秀ではなく、クローン清州兵は船とともに増殖する。(さくら)がどのような術理でか、そのように設定した。

 そもそも船も無限増殖。よって、船と兵に痛手を与えるような砲撃であろうが、敵を巻き込めるのであれば容赦なくぶっ放す。そして、そのぶっ放すタイミングと方向は、光秀のコントロール下にある。


 並の思考能力であれば、剣を合わせながら周囲の砲撃までコントロールしてはいられない。

 だが、光秀の並列思考能力は砲撃を『もう一つの剣』として利用することを可能としていた。


 その砲撃によって、一つ、浮き彫りになる。


 遮那に当たりかけた──実際に、触れた砲弾が、いきなり、真下に落ちたのだ。

 急にそこだけ引力が強まったかのように、真下に落ちた。


 そこから光秀は、遮那の剣術の術理の一部を把握する。


「重心操作」

「余の剣の術理に触れたか。正解だ」


 重心と呼ばれるものは、実は、一つではない。

 武術の流派によって様々だ。


 だが、概念としては、『上にあると不安定で、下にあると安定する』『緊張や不安など精神が安定しないとどんどん上に上がっていく』『相手とある程度呼応して、上がったり下がったりする』と言われることが多い。


 そして大抵の武術は、この重心というものを、下げることを良しとする。

 同時に、相手の重心を上げるための呼吸法や動きなども教え込む。


 相手を不安定にして、自分を安定した状態にすることで、相手だけを崩し、その崩した隙に一撃を与える──ほとんどの武術は言ってしまえば、こういった理論を実践する過程にしかすぎない。


 だが、遮那の剣術は、真逆。


『相手とある程度呼応して、上がったり下がったりする』重心を、最初から己の意思で上げ切ることで、『下がった状態を維持しよう』という相手を不安定にし、己は不安定を織り込み済みの技を使う。


 遮那の動きがふわふわと浮いているかのようであり、なおかつ、跳んだり跳ねたりといった動きが多いのは、そのためだ。

 そして重心を上げ切った状態で安定させるために、かなり軽功(けいこう)を積んでいる。

 人間の重量というのはそもそも重いものであり、どのように小柄な人でも、『相手の武器に乗ったまま、相手の武器が保持され続ける』という現象は起こせない。


 だが、遮那はそれを可能にするほど、軽功を積んでいる。


 ……たとえば剣聖シンコウが、音速を超える攻撃を受けて、そのまま、その音速に逆らわずに身を回して、相手にカウンターをする──という技術を使うことがあった。

 これもまた軽功の成せる業である。


「……なるほど、この状況はすべて、『初動の早さ』がもたらしたものか」


 たとえば、今、交わしている剣。

 光秀が対応に苦慮し、何度も刻まれているのも、軽功を極めた剣の初動が、予想するよりも早いからだ。

 そのせいで、逸らしたつもりでも、ワンテンポ遅れる。ワンテンポの遅れが、切っ先との距離を誤らせる。だから、逸らしたはずの、避けたはずの切っ先が体に届き、刻まれる。


 加えて。


「帝都火撃隊──このような戦争に出るとは。戦争に出ることを、ただの芸人たちが呑むとは」


 エースがすべて──『赤』はいなかったので、代わりに『黄色』あるいは『黄金』が入っていた──出撃していた。

 それに、周囲に目を配れば、黒船が上空から、蒸気甲冑の襲撃を受けている。

 これのせいで砲火の密度が予定より減ってしまっている。


「それに、七星家だ。七星彦一。音に聞こえた侍大将に加え、術式のために当主・件女(くだめ)も出ているようだな」


 七星家の部隊は少なくとも見当たらないが、当主と侍大将が押っ取り刀で駆け付けた。

 そのせいで蒸気甲冑の接近に気付けず、しかもこの船の上で、清州兵どもが遮那に穂先をつけることができずに蹴散らされている。


 ……さらに。


「……それらすべてが、我らが対岸に着くより早くに、ここに集っている。……我らは無礼にも、宣戦布告を出したとほぼ同時に出撃した──にも拘わらず、火撃隊、七星家を合わせたそちらの軍は、航行中の我らを襲撃した。驚くべき、対応の早さだ」


「余は家臣に恵まれた」


 そうとしか言えなかった。


 どこか一つでも、『帝の決定はわかるが、それは、持ち帰って、慎重に協議し、しっかり準備をしてから、お返事します』という勢力があれば、この状況は出来上がらなかった。


 この状況が成立した背景には、帝の意図を受けたすべてが、一切の協議を挟むことなく、素早く命令に従ったという事実がある。


 紛れもなく忠誠であった。


 ……当然、帝その人が敵の旗艦に空から乗り込むという作戦は、大変な危険が伴う。


 ためらってもいい。というか、ためらうべきだ。

 だが、誰もためらわなかった。この狂気的とさえ言える作戦を肯定し、実行している。


狂奔(きょうほん)の才がおありのようだ!」


 光秀が小刀を滑らせ、帝の首を狙う。


 しかし帝はフッと空へ舞うと、宙を蹴って光秀の背後に着地、そのまま、足を狙って剣を振る。


 光秀はサイバネ化した脚、その踵からジェット噴射をし、体ごとぐるりと回り、回避。

 そのまま、つま先を脳天に振り下ろすような軌道で、帝を蹴る。


 だが、これも当たらない。


 帝はまさしく、風のようだった。

 手向かえば確かに圧を感じるのに、いざ刃を入れてみれば、何も感触がない。


 遮那は、応じる。


「いやいや、そもそもの話だ。……我らは、侵略者に抵抗し、これを殲滅するため、一丸となった」


 帝の祖の時代の話だ。

 戦乱を平定した帝の祖。だが、平定された側は、すべてが素直に従おうという姿勢だったわけではない。

 一歩間違えば泥沼化しかけた。


 しかし、そこに異世界からの侵略者が来たことによって、すべての勢力が帝の祖の元に一丸となったのだ。


「侵略者に対し、我らがこのように即断即決をするのは、祖の時代に形成された文化的背景によるもの。ゆえに、余の才覚ではない。これは──」


 ぬるり。


 遮那の剣が、光秀の左腕を捉え……

 サイバネ技師の腕を、断つ。


「──『暮らしを奪われてなるものか』という、祖の時代の人々から連綿と伝わった、『人の願い』ゆえの、神速の軍である」


「なるほど、道理」


 光秀の左腕が前腕の半ばからなくなり、断面がバチバチとスパークしている。

 小刀はもとより片手で扱うもの。しかし、片腕を欠いたことによるバランスの喪失は、遮那を相手には致命的な隙となる。


「改めて降伏を勧告しよう」

「ならば改めて、拒否いたしましょう」

「では、斬らねばならんな」

「いえ」


 光秀は、笑う。

 脂汗が浮かぶその額。すぐ下にある瞳には、凄絶な笑みがある。


「我らの勝利です、遮那王陛下」


 ちか、ちか、ちか。


 その時、遮那は、光秀の髪についた、金柑のヘアピンが、不可解に点滅していることに気付いた。


 それは、ただのヘアピンではない。

 それは──


「ビーコンか!」


 ──かつて。

 ノブナガ支配時代に、とある敵対勢力を消失させた兵器があった。


 その兵器とは──


「──墨俣(すのまた)一夜砲。マムシ殺しの遠距離レーザー砲の威力、とくとご覧あれ!」


 ガイノイド・トウキチロウにより設計・運用された超遠距離兵器。

 太陽光エネルギーをチャージすることにより、ただの一発だがとてつもない威力を発揮すると言われた兵器が、今、光秀もろとも遮那を焼き尽くすべく、放たれる。


 ネオアヅチの方面から超大口径レーザー砲が発射され、ドデカ湖の水を蒸発させ、黒船どもをことごとく消失させながら、今、旗艦に迫る──


 ──その、少し前。


 帝都蒸気塔の、もっとも高い場所──



「ミカヅチ、シナツ、ホデミ、ミツハ。願わくば、あの砲火を射させてたばせ給え」



 超巨大な弓、『(いさ)み火』を引き絞る男。



「これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に二度面を向かうべからず」



 装填される神威矢。



「今一度我が命運照らさんと思召さば──」



 光秀が帝の軍勢について短い時間でも可能な限りの調査をさせたように、帝の軍勢もまた、光秀やネオアヅチの兵力・兵器について、より詳細な調査をさせていた。

 その中で派手な兵器は当然、『使われる可能性がある』と考慮される。


 問題は、使われる可能性がある兵器の何に対応をし、何を捨てるか。

 何に対応できる兵力が確保でき、何をされたらあきらめざるを得ないか。


 墨俣一夜砲──太陽光による七日のチャージを経て、たった一夜に一射しかできない代わりに、蒸気塔さえ消失させる大威力の砲。

 使えない可能性もあったが、使えるものと想定するならば、これに対抗する手段がなければ、撃たれた時点で終わる。


 ならば、とそれに対抗すべき者として選ばれた男がいた。


 帝の決断は早く、それに従う者どもはためらわなかった。


 加えて言えば、この男、帝への忠義を旨とする者である。

 現在の直接の主人は帝ではないが……


 たとえ名を捨て、顔を捨てようとも。

 彼の平和への祈りが消え去ったわけではない。



「──この矢、外させ給うな」



 超威力・超口径のレーザー兵器に対抗するのは、たった一人の弓士。


 その名をヨイチ。

 かつて熚永(ひつなが)平秀(ひらひで)という名であった男が、重代強弓を以て、全力の矢を放った。

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