第300話 遮那王親征 五
カッと光って、パッと空を滑る。
白色破壊光線と、真紅の神威矢が、湖上で正面からぶつかり合った。
突撃。
停止。
白色のエネルギーと真紅の神威は、互いに互いを呑み込まんとするかように、広がり合う。
空が白と赤の光で満たされ、すさまじい威力の余波で湖の水がボコボコと沸騰していく。
真紅の神威矢がレーザーに消失させられんとする帝を守ることを勝利条件とするならば、『引き分け』でもいけない。
湖の上空で『引き分け』になってしまえば、炸裂した二つのエネルギーによって起こる大爆発が、すべてを蒸発させることだろう。──それは、強力無比な剣士といえども耐えきれない、超高エネルギーだ。
もちろん、押し切られてもいけない。
仮に真紅の神威矢が白色破壊光線に押し負ければ、その軌道上にいた帝らはもちろんのこと、そのさらに後ろ──帝都にまで、光線の破壊は及ぶ。
帝都にはまだまだ大勢の民がいる。……このたびの進軍は、軍の起こりからそれを整え進むまで、まさに神速。宣戦布告をしておきながら、しただけでしかない侵攻を開始した異世界勇者・桜に先んじるほどの早さであった。
そのお陰で侵略軍に帝都の土を踏ませずに済んだ。
だがしかし、代償として、民の避難が間に合っていない──
『当然、勝つつもりで挑むから、避難などさせない』などという片手落ちの政策ではなかった。
帝都に攻め上られる可能性も見て、特に家老などが中心となり、民の避難も進めている。
だがしかし、民の『生活の場を移す』ということは、そう簡単にできるものではない。
どうしても時間がかかる。
……通常、『相手がこちらの土を踏む前に、逆侵攻して野戦を挑む』というのは、その『避難のための時間』を稼げる戦略のはずなのだ。
だが相手が超兵器を持ち出したばかりに、逆に仇となった。
白色破壊光線を身を挺して受け止める剣士の不在という事態を招いてしまった、というわけだ。
だからこそ、真紅の神威矢に懸かった命の数は、あまりにも多い。
これを放ったヨイチは、この大役を──
「そこか」
──果たす。
帝都蒸気塔より、白色破壊光線を止めんと矢を放ったヨイチ。
だが、『光線に矢をぶつける』などという神業を披露しなくとも、もっと簡単に、相手側からの攻撃を止める手段はある。すなわち……
砲そのものへの狙撃。
一射。
神業としか言いようのない大威力・高精度の矢を以て、白色破壊光線を留めるに至る。
未だ神威矢と光線は宙で拮抗し、互いを呑み込まんと、顎を開いた二匹の蛇が噛み合うがごとく押し合っている。
墨俣一夜砲は七日間の太陽光チャージをし、一夜のみ放つことが可能なレーザー兵器だ。
そのエネルギー量は城とそれがそびえたつ土地を薙ぎ払うことが可能──つまり、一夜放ち続けることができるという兵器であった。
だからこそ、拮抗し続けている。
……だからこそ、ヨイチは砲門を発見し、これを狙い撃つ。
二射。
放たれた神威矢が、弓なりの軌道を描き、神威矢と破壊光線とが拮抗する上を飛び越える。
土地をまたぐ曲射によって、ヨイチの神威矢が、墨俣一夜砲を貫き、破壊。
これにより拮抗していた神威矢と白色破壊光線は、破壊光線側がエネルギー供給を断たれ細り、弱り……
ついに、消え去る。
神威矢は弱まった破壊光線を呑み込みながら、ネオアヅチへと直進。
そのまま一夜砲のあった場所に突き刺さり、大規模な破壊をもたらした。
──帝都蒸気塔、そのてっぺん。
精魂を込めた二矢を放ったヨイチが、その場に崩れ落ちる。
側近どもが命を削って敵を射た主を支えに駆ける──
──ほぼ同時刻、ドデカ湖、湖上。
消失を逃れた黒船旗艦の上で、左腕を半ばから失った明智光秀に、遮那の王が、刀を突きつけている。
「そちらの奥の手は、失敗に終わったようだ」
遮那の声は穏やかだった。
光秀は、片膝をつき、脂汗を浮かべ……
笑っている。
「奥の手?」
体をゆするように笑う光秀の様子に、遮那が首をかしげる。
間違いなく、今の白色破壊光線は、『奥の手』と呼ぶにふさわしいものだった。
だが、熚永平秀──もとい、ヨイチの二矢が、その破壊光線を防いだ。
自滅覚悟で己の位置に放たせた一撃必殺の破壊光線が潰えた。
しかし、光秀の笑みは、万策尽きた者の強がりとは思われない。
光秀は、笑いをこぼしながら、語る。
「……墨俣一夜砲、飛行船、無限増殖黒船……兵器は確かに、戦局を決定しうる破壊力を秘めていることもありましょう。しかし、遮那光明尊に奏する。兵器ごときで勝敗が決まることはありえないのです。あなたも、おわかりでしょう」
「……」
「あなたたちは、我々の兵器をことごとく無力にせしめた。尊敬の念を禁じ得ませぬ。しかし……どれも、我らにとって、奥の手とは呼べぬのです。真に戦争の勝敗を決めるのは、兵器ではなく」
「…………人」
「ええ。……綺羅星のごとき英雄たちが、あなたの下にはいる。私も、主人にとっての、綺羅星でありたかった。だが……あの人に、そばに侍る星など必要ではないのです」
……この戦いは。
この戦い──この帝都に軍を率いて上ろうとする戦いの主役は、サイバネティック・ネオアヅチではなく、明智光秀でもない。
この戦いの真の主人は──
「──氾濫の主人が、すでに帝都入りしているのか!?」
──異世界勇者・桜。
これを迂闊とは言えないだろう。
どのような国家、どのような体制であろうとも、たった一人がこっそり侵入するのを。完璧に止められるわけがない。
だからこそ、遮那はこうして野戦の場で、しかも陣頭に立った。
何せ桜は宣戦布告で遮那の命を狙うと言っていたのだ。
で、あれば、自分がいる場所に、桜は出現する。そう考えるのはあまりにも自然だった。
誰しもがそれを前提としていた。
土地をとる戦ならば、軍を率いる必要がある。
しかし、桜の仕掛ける戦は、土地を欲するものではなく、命を欲するもの。その後の統治など考えているはずもないあの態度。間違いなく命を欲している──帝の命を欲していると、誰もが、前提として考えていた。
実際、帝の命には、そのぐらいの価値がある。
梅雪の言葉を信じるならば、異世界勇者・桜に氾濫の主人であったころの記憶はなく、だから、帝に対する因縁もないものとは、思われたが……
それでもなお。『軍を率いずにもしも浸透してくるのであれば、その目的は帝の命だ』と思われた。
だからこその最善手。
『自ら陣頭に立っての逆侵攻』──これが一番、帝都やそこの民を守れる選択だった、はず、なのに。
光秀は、力なく笑う。
「あなたの命は、確かに狙っていたのでしょう。そのために、主人……桜殿は、できうる限りを行いました」
「……」
「ですが、あなたの命は、桜殿にとって、数多ある果たしたい約束のうち一つにしかすぎぬのです」
「……では、余のいない帝都で、氾濫の主人は何を狙う?」
「私にあの方の目的や行動原理を理解することは、できません」
「……」
「私の知らないところでどのような約束を、誰と交わしたのか──あの方のすべてを知らぬ限り……いえ、知ったところで、あの方が何をしようとしているかを、推し量ることなどできないのです」
桜は願いを背負ってどこまでも行く。
だが、願いの中には、競合するもの、二者、あるいはそれ以上の中から一つを選ばねば達成不可能なものも、当然、存在する。
そういった時に、桜が何を基準に目標を切り替える、または維持するのか。
それは桜にしかわからない。……否、桜にさえ、わからないのかもしれない。
遮那は、愕然とする。
「明智光秀……そのような者を……願いも、理想も、わからぬような者を、なぜ、主人と仰ぐ?」
「私に未来は見えませんので」
「……」
「人に仕えるということは、理解を捨てるということです。忠誠とは、思考放棄と覚えたり。共有された目的に、一も二もなく従う。命さえ捨て去り、尽くす。それが、忠義であると、私は考えています」
「……それでは、クローン兵やサイボーグ・ガイノイドと変わらぬではないか」
明智光秀は、脳までサイバネ化され、都合のいい絶対服従のガイノイドにされることを嫌って、ノブナガに謀反を起こした。
だが、今の光秀が語ったこと、そして、光秀が桜に向けている忠誠は、そのまま、脳までサイバネ化された者に等しい。
遮那の言葉に、光秀は、力なく笑った。
「けれど、根元に『自分の意思』があります」
「……」
「結果は同じでも、『最初に、自分で選んだか、強要されたか』。ここの違いは、大きいのです。少なくとも私にとっては」
「……主を変える気はないか?」
「私にも『恥じる』という感情はあります。……お仕えしてみて、結果的には、自由意思を手放すような仕え方になった。しかし、私は、確かに、自分で、桜殿を主人と定めたのです。己で定めた主人を、命惜しさに変えることは、できません」
「恥より、命ではないのか」
「いいえ。命より、恥なのです。だから私は、ノブナガに逆らった」
わかりあえない。
説得できない。
遮那は、初めて、『違う人生』を目の当たりにしたような心地になった。
頭では『いる』とわかっていた、価値観の違う相手。
だが、こうまで違う。こうまで、どうしようもない。こうまで、わかりあうための言葉が思いつかない……
そういう相手がいることに、一瞬、愕然とした。
……だが、
「……余の不在の帝都で好き勝手させるわけにはいかん。氾濫の主人が本当に帝都に侵入しているかも含め、調査を──」
「遮那光明尊に奏する」
「──なんだ」
「いえ、申し訳ない」
「……?」
「──ただの時間稼ぎです」
カチリ。
光秀の頭部から、そんな音がした。
引き延ばされた時間。走馬灯と呼ばれる時空の歪み。
遮那はその時間の中で、光秀の頭部が、金柑のごとき黄金の光を放つのを見る。
「自爆──」
真相にたどり着いた時には、もう遅い。
光秀が身に仕込んでいた爆弾が、激しい光を放ち、湖上一帯を呑み込んだ。
そして──
◆
──帝都。
避難民たちがせわしなく、しかし混乱することなく、都の外に出ていく。
その流れに逆らうように侵入する、頭巾で顔を隠した者が一人。
そいつは──
「うーん、やっぱり帝都はすごいな。特に蒸気塔。あんな建物、他の領地のどこにもないよ」
楽しそうに、蒸気塔を見上げ、
「じゃ、あそこで梅雪を待とうかな」
人ごみをぬるりと抜けるように、歩みを進めた。
──一方。
◆
「さて……煙信号によれば、俺に任されたのは帝都警備らしいが。……さて、待ち受けるのは退屈な仕事か、それとも……」
氷邑梅雪が、帝都に到着した。
二者の因縁が、帝都でぶつかる。




