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第298話 遮那王親征 三

 明智(あけち)光秀(みつひで)は、上空から迫りくる五色の蒸気を目撃する。


 光秀は優秀なサイバネ武将である。他の領地、特にこれから攻め入る場所の主な戦力について下調べを欠かすような者ではない──

 ──今回の進軍は確かに唐突ではあったが、相手が帝であるから、事前情報も、たっぷりとあるのだ。


 だから、その蒸気の正体がわかった。


「……帝都火撃(かげき)隊か」


 黒船の上でサイバネ四肢がうっすらと青白い光を放つ。

 ブレザー型の学生服をきっちりと着こなした委員長スタイルの服装の、おでこを出す髪型をした彼女は、腰に差してあった刀の柄を握る。


 彼女の腰には二振りの刀がある。

 一つは大刀。……とはいえ、その長さ、幅、反りに至るまで、お手本のように中庸な刀である。

 鋭くはあるが鋭すぎることはなく、丈夫ではあるが不壊というほどでもない。

 光秀の戦術のようにすべてが平均的な、名刀ならぬ業物。


 そしてもう一つは、小刀──


 小刀(しょうとう)、すなわち『大小二刀』を腰に差した時の大刀に比しての小刀、ではない。

 これは小刀(こがたな)であり、脇差などよりも長く、そして彼女の好みに合わせた、やや長めの刀になる。


 ……明智光秀は、とある人物より剣術の薫陶を受けた経験がある。


 それは剣聖シンコウではない。

 ……もう一人、このクサナギ大陸には、いるのだ。


 シンコウの名声にすっかり隠れてしまってはいるが、主にドデカ湖周辺諸国において強い存在感を放つ剣豪。その剛力と小刀を用いた剣術において無双とされる者が。

 弟子の中には佐々木小次郎をモデルとしたキャラクターも存在する、その剣豪より、明智光秀は薫陶を受けていた。


 よって、明智光秀が本気を出す時には、大刀ではなく、小刀の方を抜く。


 五色の蒸気を目撃した時、明智光秀は、ほとんど反射的に、小刀の方を抜いていた。


 それは、音に聞こえた蒸気甲冑──しかもエース級の色付きの煙を見たから、というのが理由ではない。


 桃色の蒸気を噴き出して空を舞う甲冑。

 その背に乗る者の放つ、圧倒的な強者のオーラにあてられての、戦士としての反射的行動である。


 その者──


 たんっと軽い力で蒸気甲冑の背を蹴って飛び、真っ直ぐに、光秀のいる甲板に降下してくる。


 光秀が当然、着地の隙を突くべく、小刀を振る、が……


 その者。


 空中で跳ねて軌道を変えた。


 光秀がタイミングを見誤り、小刀を振り切る。

 その小刀の峰に、その者が、乗る。


 光秀はあまりの軽さに、一瞬、呆けた。

 呆けて、小刀の上に乗る者を見上げて、また、呆ける。


 その者は、あまりにも美しかった。


 暖色系の、しかし『何色』と言えないほどとりどりな色の長い髪。

 まるで神職のような白い狩衣を着て、長い袖を着地の風圧でふわりと舞わせる。


 その美しき者を見て、光秀の、まだ生身の頬に冷や汗が一筋垂れた。


「……よもや、ここまで直接お越しとは。光栄に存じます。──遮那王陛下!」


 その名を呼ぶとともに、光秀は小刀を上へ振る。

 遮那(しゃな)の王は重力を感じさせない動きでふわりと宙がえりをしながら、黒船の舳先に立つ。

 両足をほとんどそろえて立つ姿。湖とはいえ、周囲に船団が展開されているので揺れる。


 だが、遮那の体はまったくブレていない。


 深く根差した立木のよう──ではない。

 立っているのに、立っていないような。

 足は確かについているのに、まるで浮かんでいるかのような。


 不自然なまでの、軽さ。柳のように、すべての『重み』を受け流す、不可解極まりない立ち姿。


 遮那の左右を、五色の蒸気を振りまきながら、帝都火撃隊の蒸気甲冑がすさまじい勢いで通り過ぎていく。

 それはただの編隊飛行ではなく、遮那と光秀の乗るこの船と、周囲とを色付きの蒸気で隔てる、目隠しを振りまきながらの飛行だった。


 色とりどりの煙の中央で、やや短めの、反りの少ない刀を、切っ先を垂らすように構えた遮那が、にこりと笑う。

 男性である。だが、少女的でもある。総じて、性別などという区別が無意味なほど、美しい笑顔。


「許そう」


 声は高くない。だけれど不思議と、若々しく、幼く、それでいて軽くはない──まるで、神が実際に声を持ったならば、こうだ、というような、荘厳にして無垢な声音だった。


「……許す、とは」


 光秀は小刀を腰の前に構える。

 手の甲を腰に触れさせるようにして、刃の腹を相手に向け、切っ先を下に垂らす構え。


 この構えはいかなる攻撃もかいくぐり、相手に切り込むことのできる構えだ。

 小刀術はそもそも『刃で受ける』という選択をしない。前後方向に(たい)捌きを交えた動きで相手の剣をかいくぐる、あるいは刃で滑らせて逸らし、首を斬る、胸を突くといった動作を極意とする。


 一方で、遮那の構えは……どういった、狙いがあるのだろう?


 ほとんど地面と垂直になるように刀を立て、なおかつ、切っ先を真下に垂らすような、独特のあの構え……


 帝の祖は、その武術──剣術、戦術を『天狗(てんぐ)』に教わったと言われている。

 だがその内容については、長らく帝が戦場に立つ時代ではなかったのもあり、情報がない。


 天狗。


 ……天狗(エルフ)とは明確に呼び分けられる、エルフではないらしい、謎の種族。


 平和な時代は帝の祖の活躍を神話とし、広く人口に膾炙(かいしゃ)せしめた。

 一方で、神話と化した様々なエピソードは、『事実』をうすぼやけさせ、帝やその祖が使った武術・戦術の正確なところを秘する役割も担っていた。


 対して光秀の用いる富田(とんだ)流小太刀術は、帝内地域においては有名だ。


 光秀は、会話で時間を稼ぎつつ、相手の構えから情報を引き出そうとする。


 遮那は──


「降伏を許そう」


 ──何も読み取らせない。神のごとき声で、続ける。


「まだ、貴様らは余の領土を踏んではおらん。ゆえに、今ならばまだ、降伏を受け入れる」

「……まさか、この船に、私しか乗っていないとでもお思いか?」


 相手に飛行戦力があることは想定された。


 なので、こういった『剣士投下』などの戦術を相手がとることは、ある程度想定された。

 その対策として、各船には兵力がそれなりの数積載されている。


 ……まさか遮那の王その人が、虎の子であるはずの帝都火撃隊エース機に乗って、一人で飛び降りて来るとは思わなかったが……


 状況は、想定よりも楽になったと言える。

 光秀視点、目の前の遮那の王を、逃げられないようにしながら倒せば、この戦争はほぼ、それで終わる。


 帝というのは、その首が刎ねられれば、地域一帯の抵抗の心が削がれる。それぐらいの相手なのだ。


 光秀は、気圧されていることに気付く。

 だが、不敵な笑みで内心の動揺を隠しながら、続ける。


 少しでも時間が欲しい。あの帝の構えから、動きを読み解くための時間が。

 船に積んでいるクローン清州兵どもの隊列を整え、甲板で部隊を展開するための時間が。


「陛下は御自ら、周囲を煙で塞いで退路を断たれているようだ。とあらば、私は、ここであなたを取り囲み、斬り伏せるのみ。追い詰められているのは、あなたであらせられるぞ、遮那王陛下」

「そのようだ」

「そのあなたが、降伏を求めると?」

「この船に積載できる兵は、せいぜい三百ほどと見受けられる」

「いかにも」

「ならば、三百人、余一人で斬ればよい」

「……私を含めた三百人です」

「ああ、そうそう」

「……?」

「冗談だ」

「……は?」

「一つ教えよう。──時間稼ぎをしていたのは、貴様だけではない」


 瞬間。


 何かが、光秀の黒船に着弾する。


 それは周囲を取り囲む煙に大穴を開け、せっかく目隠しになっていた──この黒船に周囲の黒船から救援が来ないように囲っていた煙を吹き飛ばし、晴らしながら、ごろんと一回転し、帝の前に立つ。


 その弾丸は──


「遅参いたしました! これよりは……」


 ガィン、ガィン!

 その弾丸は、二丁鉄鞭を打ち付け合うようにしながら、遮那の前に立つ。


「……この七星(ななほし)彦一(ひこいち)、帝の盾となり、目となり、敵軍(ことごと)く薙ぎ払う所存にて!」


 ……いつか、大江山(おおえやま)の時と同じように。

 報告を受けた時点で、自軍さえ突き放し、全力疾走で帝の元に馳せ参じた、七星家侍大将。

 獅子のごとき金色の髪の、分厚い男。忠義の士、七星彦一。


 遮那は、笑う。


「これで船上だけ見れば、二対三百だ。──では改めて問おう。三百の側よ。降伏を許すが、いかがする」


 遮那の声には、冗談の響きがない。

 本当に、『今、降伏すれば許してやる』『今、降伏すべきはそちらだ』という響きがあった。


 確かに船の上では二対三百。

 それ以上に、せっかくの煙を自ら晴らすという意図のわからないまねをしたので、周囲の無限増殖船の砲門が残らずこちらを向いている。


(どう考えても総大将が、船団中央の我が旗艦に乗り込んでくるというのは、自殺行為だ)


 目隠しの煙を出した意味も、それを晴らした意味もわからない。

 乗り込むにしても、総大将──しかも帝自らが来る理由も、わからない。

 もっと他にやりようがあった。もっと、意味のわかる行動もとれた。


 光秀はこれを、


(……考えても仕方ないこと)


 意味はあるのかもしれないが、こちらを混乱させる作用が今は強いとし、考えをやめる。

 そうして単純に戦況を思い、この状況が圧倒的にこちら有利であることを、改めて確認する。


 ……それ以上に。


「私が二度も主君を裏切るとお思いか? ──降伏はない。……であえであえ! そこにおわすは遮那光明尊(こうみょうのみこと)! 我らが王にして敵政権の総大将である! であえい!」


 光秀の呼びかけに応じて、クローン清州兵が、船の中から湧きだしてくる。


 舳先に立つ遮那は、ため息をつき、笑う。


「では、湖の下の都にご招待するとしよう。……行くぞ」


 遮那が軽く、飛び上がる。


 彦一が吼え、重々しく駆ける。


 清州兵が長槍を構えて列を整え、周囲の黒船の砲門が狙いを定め──


 ──旗艦へと、容赦なく砲撃を開始する。


 かくして、緒戦にして最高潮、大将同士の船上戦が始まった。

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