聞いていない話のオンパレード
動かなくなった山田さんに不安になった僕は、目を覚まさせることをかねて大声で呼びかける。
「山田さん!?」
動かない。マジか……。
「や・ま・だ・さん!?」
すると、彼は、浮遊した魂が体内に戻って我に返ったかのような顔をする。
「おお……」
おおじゃないだろう。
「どうされました?」
「いや、失礼」
ほんと、失礼だ。
そうして彼は、僕の耳元に口を近づける。それはもう近すぎて耳をなめるくらいに。
女の子なら許せるけれど、男はきもい。
数センチよけたが、向こうは追ってくる。
あきらめた。まさか、その方面の人じゃないよな?
「……」
この人、また黙っているよ。
早くしてくれ。くすぐったくて、息がタバコ臭いんですけど。
すると、山田さんがロボットみたいに変な声でしゃべり出す。
「これはサイシンのギジュツをツカッた『この世界』にないセイヒンの『試作品』なので、シュヒギムはゼッタイにマモってください」
今、わざわざ『この世界』って言った。
どういう意味だ?
「守秘義務は、まあ当然守りますが、これ試作品なのですか?」
彼は、僕から遠ざかり、またいつもの声に戻って回答する。
「はい。今回の作業は、この試作品の動作確認も含まれています」
どうしちゃったんだ、この人。
今、『試作品の動作確認』って言った。
この話は聞いていない。
最初、彼から説明を受けたときは、これから発売するVRの恋愛&アクションゲームをデバッグする作業と思っていた。
しかし、それを動作させるHMDの試作品の動作確認って、ゲーム以前の話である。
どう考えても、重要度が試作のHMDの操作にあるような気がしてきた。
つまり、恋愛&アクションゲームは動作確認用の単なるコンテンツで、デバッグのウエイトはHMDというわけ。
そこで、彼から受けた説明をもう一度頭の中で振り返ってみると、次のことがわかった。
-デバッグ対象は、恋愛&アクションゲームとは言ったが、そのゲームのデバッグの作業だけとは言っていなかった。
-そのゲームは、これから発売するゲームとは言っていなかった。
-そのゲームの動作環境は、すでに発売されている、あのHMDとか、あのゲーム機とかを何も言っていなかった。
-動作確認に使うHMDは試作品と言っていなかった。
ことごとく依頼内容が曖昧になっていることに改めて気づいた。
どうも僕は、既知の情報で相手の曖昧な話を勝手に補完して、理解したつもりになっていたようだ。
聞く側、つまり自分の都合いいように、こうなっているのだろう、と補完して。
これでは、おいそれとは作業に取りかかれない。
少し鎌をかけつつも、真意を引き出す必要がある。
僕は勇みながら、彼に質問をぶつけた。
「これを使って、恋愛&アクションゲームのデバッグをするのですよね?」
「ええ」
「デバッグの観点がずれると意味がなくなるので伺いますが、ユーザ視点で何をどこまでデバッグするのですか?」
「装着してみるとわかりますよ」
「いえいえ、いきなり装着しろって言われても、はいそうですかとは、こちらもできません。これ、どういう試作品なのですか?」
「怪しいものではありませんよ」
「そういう問題ではなく、私に何をさせたいのですか?」
「……」
「そちらの意図が理解できないと、こちらの作業は、その意図とずれた作業になりますが」
山田さんは困った顔つきになって、ぼさぼさ頭に右手を突っ込み、ボリボリとかく。
「先に種を明かしてしまうと、こういうことまでできるんだ、という操作者の驚きが半減するので言わないでおいたのですが」
「なぜですか?」
「先入観が入るので」
「でも、購入者は前情報で期待して購入し、それを実際に体験して驚いたり楽しんだりするのですから、隠すものじゃなくて、むしろ積極的に教えますよね?」
「それは商用ベースの話で」
「ということは、これは試作ベース?」
「……はい」
「説明の時は『試作』って伺っていませんが」
「……」
「ゲームのデバッグと伺いましたが、そうではなくて、HMDのデバッグですか?」
「……」
彼は急に黙ってしまった。
少し真相究明を急ぐ。
「言葉は悪いですが、もしかして私は実験台?」
「そこまでは申しておりませんが」
「いや、何が起こるかをおっしゃらずに、さあ装着してくださいって、実験台だと思いますが?」
彼の頭をかきむしる手が異様に早くなる。
そして、急に手が止まった
「わかりました。どういう試作品かを先にお教えしましょう」
それを先に言えよ、という言葉は飲み込んだ。
「よろしくお願いします」
大人の対応で返す。もう僕はガキの年ではないから。




