魔法理論
フィアロジーナ・ラグジュアリード。
ズィワイで魔法ギルドに魔法を教えてくれる人物として紹介された名前だ。
「では、始めましょうか」
俺はその人物に渡りを付けることに成功していた。
「よろしく頼む」
「はい。頼まれました」
くすりと笑うその人物は、思えばこの町に来てすぐに出会っていたのだ。
愛称でしか名前を聞かなかったので気付かなかったこともあるが、それこそこの町に来た初日だ。まぁそもそも来てからまだ数日しか経っていないのだが。
――何のことはない。奴隷商館の受付だった。
正直期待はしていなかった。
パン屋店主と「魔法ギルドでこんな名前を聞いたのだが」という話をしていたら、ルナがこともなく「あの、それフィアさんのことですよ」と言ったのだ。
そう言えばルナはあの時歩き疲れてこっちの話をろくろく聞いてなかったような気がする……と思ったら、「フィアさんとは面識がありましたので」とルナが付け足した。要するに俺はすでに気付いているだろうと思っていたらしい。
そんなわけでルナにはパン屋で子供の相手――ちゃっかりと有料で子守という話にしていた――をしてもらうことにし、俺だけが奴隷商館に引き返し、フィアに話をして今に至るというわけだ。
「私の授業は理論から入ります。まぁそんなに長くないので聞いて下さい」
という前置きから始まったフィアの授業は意外とためになるものだった。
まず、精霊系呪文の成り立ちから。そういえばランドに教わるつもりで結局何も教わってなかったなぁと思い出した。
「最初の一節は名乗りです。これはある程度素質のある方は省略するのが普通ですね」
フィアの言うところでは、素質とは要するに格や命令権のようなものらしい。
素質が高ければ高いほど命令権は上がり、格下相手へ命令しやすくなるとのことだ。
ついでに言うと、じゃあ素質が低い者は大きい魔法は使えないのかと言えば、命令――この場合は依頼と言い換えてもいいかもしれない――の方法次第らしい。
それを踏まえて魔法の呪文を例に挙げる。
「これが今回お教えする魔法の呪文ですが、とりあえず声には出さずにお願いします」
大き目の封筒から取り出し手渡した紙を見る。俺がニホン文字しか読めないとわかっていたからか、文字は日本語で書かれていた。さらりと読んで納得する。まぁそうだよな。声に出すとヤバそうだもんなこの呪文。何だか天井に穴開けそうだし。
【我、蒼き深い谷より来し者】
【赤く輝ける小さき獣よ】
【雷を穿つが如く、空に一条の炎を】
【雷穿焔】
【我、蒼き深い谷より来し者】
まず最初の一節は、さっきフィアが言ったように名乗りだ。
フィアの場合で書かれているのか、名乗りが「蒼き深い谷より来し者」と書いてある。まず相手に名乗るのは礼儀として基本だろうというフィアの言葉には頷くしかないが、フィアは最初俺に名乗らなかったので説得力がない。まぁ黙っておくが。
【赤く輝ける小さき獣よ】
「次の一節は、象徴対象を指定する部分です」
象徴対象。検索するまでもなく意味はわかる。要するに魔法の源になる、力の持ち主のことを言っているのだろう。例えば精霊とか悪魔とか天使とか。知識がないのでそれくらいしか思い付かないが、まぁそういうところだろう。
「象徴対象が格下である必要はありませんが、格下か格上かによって呪文そのものが変化することが多いです」
フィアの解説によれば、格下であればそもそも「名乗る」必要がないらしい。
そう言えば俺、魔法を使う時そもそも呪文を唱えた覚えがあんまりないな、と常識検索。無詠唱は素質が高ければ、まぁまぁあることらしい。象徴対象は勝手に自分のことだと察して行動するし、魔法を発動する――要するに術者が許可をするということだ――際には勝手に術者の思考を読み、最適な行動を行使する。魔法名、どの程度の行使かを察すればそれだけで魔法が発動するわけだ。
【雷を穿つが如く、空に一条の炎を】
「さらに次の一節は、行動指定です」
解説はさらに続く。魔法は本来、ここでようやく魔力を込め始める。
例えば俺の場合なら、【成長】や【植物操作】のように、魔力のコントロールを始めるのもここだ。
素質の高い者は、本来ここから呪文を教わり、魔力の流れを覚えることで無詠唱魔法の発動を覚えるわけだ。
【雷穿焔】
「最後の一節、これは【集中開放】、または【力ある言葉】などと呼ばれる……いわば魔法発動のトリガーです」
この世界に銃があるのかどうかはわからないが、トリガーという言葉はあるらしい。あれ?トリガーってそもそも銃から生まれた言葉だっけか。まぁ意味はわかるので無視することにする。
素質や熟練度が高い場合に限られるらしいが、このトリガーなしで魔法を使うことも出来るには出来るらしい。
ここまでを大雑把に説明してくれたフィアは、ふと何かを思い出したような顔をした。
「ちなみにミカミさん、魔法ギルドのカードを見せてもらっていいですか?」
そう言えば、と思い出し魔法ギルドのカードを見せる。
「――はっ!?20っ!?」
案の定、思ったところで驚愕してくれたのでよしとしよう。
そこからは、色々と講義に修正が入った。
まず、素質レベルが俺くらいあると、ほぼ全ての魔法を詠唱なしで、考えるだけで発動できるらしい。
ついでに聞いてみると、フィアの素質レベルは19らしい。なのでフィアも一部の呪文を除いて無詠唱なのだそうだ。
「じゃああの呪文は?」
「誰かから魔法を教わる際には、一度魔力の流れを掴む必要がありますので」
解説によれば、一度あえて不要な詠唱を行い、その魔力の流れを掴むことで、次からは無詠唱でもある程度魔法を操ることができるらしい。
フィアの師匠に当たる人の教えだそうで、そもそも魔法とは単なる魔力の流れであり、魔力のコントロールができない者は呪文でそれをある程度カバーできるらしい。しかしあくまである程度なので、上級魔法の完全なコントロールは難しく、自分を超える「格」を持つ存在は操れない。らしい。
まぁ理屈を完全に理解したわけではなかったが、とりあえずフィアは「それなら」と前置きしつつ、さっき呪文の紙を取り出した封筒をそっくり俺に差し出した。
「いいのか」
「……はい。ルナを守ってもらわなければいけませんから」
一応遠慮してみるが、そう言われては受け取らないわけには行かないだろう。
俺に封筒を手渡したフィアは、くすりと笑って呟いた。
「これでもう、あなたに教えることは何ひとつありません」
「いやいや」
師事して1日目でそれを言ってしまうのか。
まぁ続けてフィアが言うところによれば、ギルドカードを見せて呪文だけ教えを乞えば、前提魔法の条件さえ満たせば、ほぼ無条件でほぼ全ての魔法を習得できるだろうとのことだ。
ちなみに前提魔法の解説も聞いてみると、つまるところ下級の魔法をある程度研鑽することで、魔力の流れを掴むことが肝要なのだそうだ。例えるならば、缶切りもないのに缶は開けられないというところか。
というか、もらった呪文書――というか紙――がニホン文字だからか、どこか日本人臭いと思ってしまうのは、やはり俺が日本を恋しく思っているからなのだろうか。
未練がないかと言われれば未練はある。あっちの世界に帰るつもりはないが、あっちの世界にコンタクトを取れるのならば、……いや、考えるのはよそう。きっと無理なものは無理なんだろう。虚しくなるだけだからな。




