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中身がおっさんの新入社員、無自覚に職場を潰し続ける ―最強のクラッシャー、営業部で城を落とす―  作者: らび


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6/12

社長の誘い

 社員旅行から半月後、俺は社長室に呼ばれた。


 新人が社長直々に呼ばれるのは異例だ。営業部長が青い顔で「おい熊沢、何かやらかしたか」と小声で聞いてきた。身に覚えはない。強いて言えば、丸和の試験導入が数字で跳ね始めたくらいだ。悪い話ではないはずだが、こればかりは入ってみないとわからない。俺はネクタイを締め直す気分で、スーツの襟を正して社長室の扉を叩いた。


 大沢社長は、意外なほど機嫌がよかった。革張りの椅子を回して、俺を上から下まで眺めると、満足そうに頷いた。


 「熊沢くん。丸和の件、聞いたよ。新人が落ちない城に穴を開けた。歴代の精鋭が跳ね返された相手だ。……たいしたものだ」


 そして、こう続けた。


 「どうだね。営業なんて泥臭いところでくすぶるより、社長室づきの秘書に来ないか。私の隣で、要人の相手をしてほしい。給与も待遇も、営業の比じゃない。君のその華なら、うちの顔になれる」


  *


 秘書室。給与も待遇も段違い。社長の顔として、要人の隣に立つ仕事。


 普通の新人なら、二つ返事で飛びつく話だろう。出世の近道だ。だが俺は、迷わなかった。考える間もなく、口が動いていた。


 「ありがたいお話ですが、お断りします」


 社長が、片眉を上げた。


 「俺は、営業でメシを食いたいんです」俺は背筋を伸ばした。「要人の隣で微笑むより、売り場を歩いて、死んでる棚を一つずつ生き返らせる方が性に合ってます。数字で城を落とす。それが俺の仕事だと思ってます。華で選ばれても、俺は嬉しくありません。売った数字で選ばれたい」


 言ってから、しまったと思った。新人が社長の誘いを正面から蹴る。角が立つどころの話じゃない。だが口は、おっさんの本音を勝手に喋っていた。二十四年、俺は売り場でメシを食ってきた。今さら、微笑むだけの椅子には座れない。座ったら、自分じゃなくなる。


 社長は、しばらく黙って俺を見ていた。品定めのような、値踏みのような目だ。やがて、腹の底から豪快に笑った。


 「……面白い。待遇で釣られん新人は久しぶりだ。よし、営業で好きにやれ。ただし、口で言った分の結果は出せよ。出せなきゃ、ただの生意気な新人だぞ」


 「はい。城を、いくつでも落としてみせます」


  *


 社長室を出ると、廊下で郷田係長が待ち構えていた。腕を組んで、壁に寄りかかっている。


 「社長に呼ばれて何を話した。新人のくせに、ゴマでもすってきたか」


 「秘書室に誘われましたが、断りました」


 郷田の顔が、ぽかんと固まった。それから、信じられないという表情に変わっていく。あとで知ったが、秘書室は郷田が長年、裏で手を回して狙っていたポストだったらしい。社長への売り込みも重ねていたという。それを、入ったばかりの新人が、鼻先であっさり断った。


 「……お前、何様のつもりだ」


 「ただの、営業志望の新人です」


 俺は軽く頭を下げて、営業二部の島へ戻った。背中に、郷田の刺すような視線が張りついている。この男は、いずれ本気で潰しにくる。二十四年の勘が、はっきりとそう告げていた。来るなら来い。受けて立つ算段は、もう頭の中で組み始めていた。


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