新人、大口を獲る
丸和リテールの受付で、俺は購買部への取次を頼んだ。
アポなしの新人だ。普通なら門前払いになる。だが受付の女性が内線を入れると、なぜかすんなり通された。あとで知ったが「若い女の新人が一人で乗り込んできた」という物珍しさが面白がられたらしい。入口はなんでもいい。開けば勝ちだ。二十四年、俺は閉まった扉をこじ開けることばかり考えて生きてきた。開いている扉を遠慮する理由はない。
通されたのは購買部長・寺脇の応接室だった。
五十がらみの、脂の乗った男だ。俺を頭の先から爪先まで、ねっとりと眺めてから向かいのソファを勧めた。その視線の粘り方で、この男がどういう手合いかだいたい見当がついた。商品より先に売り手の品定めをする男だ。扱いを間違えると面倒だが、裏を返せば分かりやすい。
「東邦さんも、ずいぶん華やかな新人を寄越したねえ」
「商品で勝負しますので」俺は笑顔で受け流して、すぐに本題へ入った。粘つく視線に付き合うほど暇じゃない。
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俺は丸和の店舗を、来る前に三つ歩いて見てきた。
どの売り場で何が死んでいるか。どの棚がスカスカで、どの時間に客が何を探して手ぶらで帰っていくか。営業二十四年、俺の仕事はパワポの前に、まず足と目だ。机上の資料は誰でも作れる。足で稼いだ事実だけが、相手の膝を折る。俺は寺脇の前に、撮ってきた売り場の写真を広げた。
「御社のこの棚、夕方には空になってます。欠品で逃げてる客が一日あたり、ざっと試算でこれだけ。うちの定番を差し込めば埋まります。粗利も、御社の今の仕入れより一・五ポイント乗せられます」
寺脇の品定めの目が、初めて商品の方を向いた。数字は下心より強い。これも二十四年で学んだことだ。欲で動く人間ほど、最後は損得でしか動かない。
「……新人が、ここまで足で見てくるか」
寺脇はしばらく写真を睨んで、それから唸った。その日、俺は新人の分際で、丸和リテールの試験導入の口約束を取り付けた。落ちない城に、小さな穴が一つ空いた。帰りの電車で、俺は久しぶりに手応えというものを噛みしめた。この体になって初めて、心から仕事が面白いと思えた瞬間だった。
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会社に戻って報告すると、営業二部の島が静まり返った。
郷田係長が、俺の報告書を引ったくるように取り上げた。
「丸和が試験導入だと? ……これは元々、俺が種をまいといた案件だ。新人が仕上げたことにするな」
二十四年、手柄を横取りする先輩なら掃いて捨てるほど見てきた。怒鳴り返しても意味はない。この手の男は、感情の勝負なら平気で嘘を重ねる。だから感情では戦わない。俺は顔色一つ変えずに、鞄から一枚の紙を抜いた。丸和の受付でもらった来訪者カードの控えだ。日付、時刻、対応者。全部、俺の名前で記録が残っている。
「種まき、ありがとうございました。次も係長の種、刈り取ってきますね」
俺はにっこり笑って、控えを郷田の目の前に置いた。郷田の顔が赤くなって、それから白くなった。周りの先輩たちが、気づかれないように口の端で笑っている。
横取りは記録に勝てない。これも営業の基本だ。郷田はしばらく俺を睨んでいたが、やがて舌打ちして自分の席へ戻っていった。こいつはいずれ本気で潰しにくる。その予感だけは、妙にはっきりしていた。




