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中身がおっさんの新入社員、無自覚に職場を潰し続ける ―最強のクラッシャー、営業部で城を落とす―  作者: らび


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敵は味方に

 郷田と寺脇の件は、社内に静かに、だが確実に広まった。


 新人の熊沢が、セクハラ係長と、体を要求してきた大口の部長を、二人まとめて、証拠一つで沈めた。殴りも泣きもせず、記録だけで。その話は、特に女性社員たちの耳に届いた。


 ある昼、給湯室で、俺を避け続けていた女子社員の一人が、おずおずと話しかけてきた。長らく、会釈だけの相手だった。


 「熊沢さん。……郷田さんのこと、私も、ずっと嫌だったんです。でも怖くて、誰にも言えなくて。だから……ありがとう」


 聞けば、郷田の被害は俺だけじゃなかった。何人もの女子社員が、泣き寝入りしていた。言えば立場が悪くなる。そう思って、みんな口をつぐんでいた。俺が束ねた証拠は、結果として、その子たちの溜飲も、まとめて下げていたらしい。


 「礼はいらん。俺は、自分が据え膳にされるのが、ただ腹立たしかっただけだ」俺は笑った。「でもまあ、困ったことがあったら、いつでも言えよ。証拠の取り方なら、いくらでも教えてやる。泣く前に、記録を残せ。それが一番効く」


 給湯室に、小さな笑いが起きた。合コンクラッシャーと敬遠されていた俺の周りに、少しずつ、女子社員の輪が戻ってきた。モテでは一ミリも築けなかった信頼が、筋を通したことで、ようやく築けた。顔じゃない。やったことで、人はこっちを見る。二十四年、ずっとそうだった。


  *


 そして、丸和リテールの本契約だ。


 寺脇が消えたあと、後任の購買部長は、まっとうに数字で物を考える男だった。俺は改めて売り場を歩き直し、死んでいる棚のデータを一から揃え、正面から提案した。小細工は一切なし。接待もなし。資料と、足で稼いだ事実だけ。


 「御社のこの棚、うちの定番で埋めれば、年間でこれだけ化けます。客単価も、連動してこう動きます。全部、数字が言ってます。俺が言ってるんじゃない」


 後任部長は、資料を一枚ずつ丁寧にめくって、最後に深く頷いた。


 「新人さんが、ここまで足で調べ上げたのか。……正直、驚いた。うちも、いい相手と組めそうだ」


 落ちない城と呼ばれた丸和リテールが、正式に、東邦通商の定番採用を決めた。歴代の精鋭が跳ね返され続けた城だ。新人が獲る規模の契約じゃない。契約書を部長に出したとき、営業二部の島が、どよめいた。


  *


 報告を聞いた大沢社長が、わざわざ島まで下りてきた。先輩たちが慌てて立ち上がる中、社長は俺の前で足を止めた。


 「熊沢くん。秘書室を蹴って、営業で結果を出した。口で言った分、きっちり数字で返したな。……たいしたもんだ」


 「まだ一つです」俺は答えた。「落ちない城は、まだいくらでもあります。次も落とします」


 社長が、腹の底から豪快に笑った。島の先輩たちが、悔しそうに、だが少し誇らしそうに、俺を見ている。かつて俺を避けていた女子社員たちが、小さく拍手をくれた。


 女の体の、中身おっさんの新人が、営業二部で、一番でかい城を落とした。モテでも、色でもない。足と、数字と、記録で。俺の二度目の営業人生は、どうやら、悪くない滑り出しだった。


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