ざまぁ、営業の流儀で
精算の刻は、俺の方から選んだ。
まず、寺脇だ。
俺は寺脇の誘いに、初めて乗るふりをした。「大事なお話でしたら、落ち着いた個室で」と、こちらから料亭の個室を指定する。もちろん仕込みは済ませてある。鞄に忍ばせた手帳型のレコーダー。そして、相沢の親戚が丸和の社外取締役と繋がっているという、思わぬ伝手。営業二十四年、金にはならなくても、人脈だけはどの財産より厚く積み上げてきた。こういう夜に効く。
個室で、寺脇は上機嫌に本性を出した。酒が回るほど、言葉の箍が外れていく。
「ハンコはねえ、熊沢さんの気持ち次第だよ。今夜、どう転ぶかでねえ。……なに、悪いようにはしない。お互い、大人なんだから」
体と契約を、はっきり天秤にかけた。その一言を、俺は膝の上のレコーダーに、くっきりと録った。欲しかったのは、言い逃れのきかない、この一言だけだ。あとは適当に酔ったふりをして、終電を口実に、俺はその場を抜けた。
翌朝、俺はその音声を、二か所へ同時に届けた。丸和の社外取締役と、東邦の法務部へ。寺脇は購買部長の職を解かれた。そして皮肉なことに、寺脇が握り込んでいた本契約は、彼が消えたあと、純粋に商品の数字だけで、あっさり通った。城は、下心ではなく、正攻法で落ちた。それが一番、気分がよかった。
*
次は、郷田だ。
俺は、郷田が残業の夜に囁いた言葉を、何週間分も録りためていた。肩を揉むふり、首筋を滑る手、優しくしろという要求。一つ一つは「冗談だ」で逃げられても、束ねれば、言い逃れのきかない黒になる。手柄横取りの件も、受付カードの控えと社内メールで固めてある。これも二十四年の癖だ。証拠は、一つじゃ足りない。原本一つに頼る間抜けはしない。
俺はそれを、証拠一式にまとめて、人事部とコンプライアンス窓口に提出した。
郷田は、呼び出された会議室から、青い顔で出てきた。すれ違いざま、俺を睨んで、声を押し殺して吐き捨てた。
「……お前、女のくせに、こんな真似を」
「女だからって、黙って据え膳にされる義理はないんでね」俺は、おっさんの地の声で返した。「それに俺は、手も足も出しちゃいません。喋ったのは、全部あんただ。俺はただ、記録に喋らせただけです」
郷田は翌月、地方の倉庫管理へ飛ばされた。セクハラと手柄横取り。一度掘り始めたら、埃は他からもごまんと出たらしい。狙っていた秘書室のポストも、当然、消えた。
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二人を片付けて、俺は思った。
腕力じゃ、俺はこの体で、誰にも勝てない。海辺のナンパ四人組ですら、金的がなけりゃ危なかった。だが、腕力で勝つ必要なんて、最初からないんだ。
営業二十四年で身につけたのは、拳じゃない。相手の言葉を記録に取り、証拠を束ね、相手が一番逃げられない刻に、正面から静かに突きつける。その作法だ。殴らない。騒がない。ただ、動かぬ事実を積んで、相手自身の言葉で、相手の首を絞めさせる。
据え膳にしようとした男たちは、揃って、自分の舌で自分の墓穴を掘った。
俺は手も汚さず、城を一つ落とし、害虫を二匹、駆除した。女の体で。中身はおっさんの、営業の流儀で。
これが、俺のやり方だ。拳の代わりに、帳簿と記録で殴る。二度目の人生でも、それだけは変わらない。




