最強の新人営業
丸和の一件で、俺は営業二部で、一目置かれる存在になった。
新人なのに、先輩たちが案件の相談に来る。女子社員は、困りごとを持ち込んでくる。郷田のような手合いに絡まれた後輩が、こっそり助けを求めてくる。合コンクラッシャーという派手なだけの異名は、いつのまにか「営業クラッシャー」に上書きされていた。落ちない城を落とす女。今度のあだ名は、少しだけ、気に入っていた。
中身はおっさんだ。モテたくてモテているわけじゃない。ただ売り場を歩いて、数字で城を落とす。困っている奴がいれば、記録の取り方を教えてやる。それを続けていたら、気づけば、ここに俺の居場所ができていた。モテでは一生築けなかったものが、仕事で、ようやく手に入った。遠回りだったが、俺らしい道のりだと思う。
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その週末、俺はもう一度、田淵と会った。
ちゃんと、答えるべきだと思った。曖昧に笑って手を振り続けるのは、こいつの誠実さに対して、失礼だ。
「田淵。お前の気持ちは、本物だ。それは一度も疑ってない。嬉しかった。……でもな」俺は、言葉を一つずつ選んだ。「俺には、どうしても越えられない一線がある。恋とか情とか、そういうのとは別のところにある、俺の背骨みたいなものだ。それを、今の俺は、どうしても曲げられない。たぶん、この先も」
田淵は、しばらく黙っていた。それから、少しだけ笑った。無理に作った笑みじゃなく、どこか吹っ切れたような笑みだった。
「……フラれた、ってことっすね」
「待たせるって言うのも、ずるいしな」俺は頭を下げた。「すまん。お前は、いいやつだ。本当に」
田淵は「いや」と首を振った。「ちゃんと答えてくれて、よかったです。俺、熊沢さんのそういう、逃げないとこが、好きだったんで。……フラれても、嫌いになれないや」
逃げないとこ、か。俺はこの体になってから、ずいぶん多くのものから逃げてきた気がする。鏡から、視線から、自分の気持ちから。だが、田淵の前でだけは、逃げずに済んだ。それだけは、よかったと思う。腐れ縁は、これからも続くんだろう。それでいい。
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一生、女として、独身で生きるのか。
答えは、まだ出ていない。性行為という壁も、消えてはいない。それはこの先もずっと、俺の中に居座り続けるんだろう。消えないまま、付き合っていくしかない澱だ。
でも、と俺は思う。
急いで答えを出す必要も、ないんじゃないか。俺にはまだ、やることが山ほどある。売り場があって、落とすべき城があって、潰すべき害虫がいて、守ってやりたい後輩がいる。孤独は、確かに消えない。だが、一人ぼっちじゃない。飾らない相沢がいて、守った女子社員たちがいて、フラれてもへこたれない田淵がいる。
それで、今は十分だ。答えは、生きていくうちに、いつか出る。出なけりゃ、出ないで、それも俺の人生だ。四十六年生きて、二度目をもらった。焦ることは何もない。
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月曜の朝、俺は営業二部の島で、新しい担当リストを広げた。
また一つ、業界で「落ちない」と噂される城の名前がある。歴代が跳ね返された相手だ。俺はそれを見て、にやりと笑った。中身のおっさんの、営業の笑みで。
「さて、今週は、どの城を落とすかな」
女の体で、中身はおっさんのまま。無自覚にモテ、無自覚に場をかき回し、そして自覚的に、足と数字と記録で城を落としていく。クラッシャーの二つ名は、これからも、俺について回るんだろう。
上等だ。潰せるものなら、何だって潰してやる。俺の二度目の人生は、まだ、始まったばかりなんだから。
――最強のクラッシャー、社会に出る。これにて、ひとまず幕。
(了)




