表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/40

まだ見ぬ子供たちへ

「そうだ、これは空からの贈り物よ。妊娠のお祝いだそうよ」


エリカがそう言った直後、それまで後方に控えていた王宮侍女が二人、静かに、しかし手慣れた動作で彼女の背後へと移動し、布に包まれた四角い品を差し出した。大きさと形からして、一枚の絵画らしい。


空がどのような絵を贈るのか、ヒルダには想像もつかなかった。彼について知っていることの大半はエリカから聞いた話だが、少なくとも芸術を愛好する人物という印象はない。


空がわざわざ誰かに贈る絵など、エリカの肖像画以外には思い当たらなかった。


「私の肖像画じゃないわよ」


ヒルダの考えを見抜いたエリカが笑う。


アンジェラを筆頭とするヒルダ付きの少年少女たちも興味を抑えきれず、何が描かれているのか見ようと少し身を乗り出した。


そこに描かれていたのは、寄り添う若い恋人たちだった。


右側にいるのは白い礼服を纏った若い女性である。太陽に祝福されたかのような褐色の肌、黒く長い巻き髪はゆるやかな編み込みとなって身体の脇へ垂れ下がり、その髪には桃色の花が飾られていた。頭には黄金の花を模した冠が載せられている。


彼女の瞳は絵の外にいる見る者へ向けられており、まるで相手の心の内まで見透かしているかのようだった。


左側の人物は頭を覆う白いヴェールと、身体を包む色鮮やかな薄布や飾り布からすると女性だろうかと思われたが、その容貌は美しく、身体の線もまた中性的で、性別の判別が難しい。


ヴェールの下から覗く緑の瞳には、発光する染料か何かが使われているのか、あるいは輝く粉が混ぜられているのか、不気味なほど妖しい光が宿っていた。白いヴェールの下に見える髪は淡い桃色で、ヒルダはそのような髪色の人物をこれまで一度も見たことがなかった。


「右が豊穣の女神ヴィルミナ、左が闇神ハニーだそうよ」


ヒルダは驚いたように絵を見つめる。


「でも、どうしてこんな姿に描かれているの? 天空神殿の壁画とはまったく違うじゃない」


「この絵を空に譲った〈果てなき部族〉の人たちは、こちらこそが二柱の本来の姿だと言っていたわ」


「闇神の影は、わざとああ描かれているのかしら?」


絵の中でヴィルミナの足元には、座る姿勢に見合った短い影が描かれている。


だが、その隣に座るハニーの影だけは異様だった。


白いヴェールと鮮やかな布に全身を包まれた彼の足元には、巨大で歪な黒い影が広がっている。その周囲は触手にも似た無数の長い肢に取り囲まれていた。


リタール王国の信仰において中心に据えられているのは天空神であり、その子らが続き、妻である婚姻の女神は神殿の隅に祀られることが多い。


対して弟である闇神ハニーと、その伴侶である愛の女神ヴィルミナは、神話や壁画の中でも脇役として描かれる程度でしかない。


天空神の偉業を語る神話では、ハニーは兄の命を受けて人間界のある国へ降り立ち、そこで人間の少女ヴィルミナと結ばれたとされている。その後、ヴィルミナは国を滅ぼす大火災の中で海辺の民を救い、その功績によって神格を得て女神となった。


ディマン王国やリタール王国をはじめとする多くの国では、ヴィルミナは愛の女神として崇められている。しかし一部の地域――特に有名な果てなき部族では、彼女を豊穣の女神として信仰していた。


彼らは、かつてヴィルミナに救われた海辺の民の末裔なのだと言われている。


リタール王国の天空神殿に描かれた壁画では、ハニーは黒髪黒眼の屈強な男性として描かれ、ヴィルミナは金色の長髪と青い瞳を持つ豊満な女性として表現されている。


目の前の絵とは、あまりにも違っていた。


「貴女が最初に婚約破棄をしたいと言った時と、宰相になりたいと言った時、セイレン男爵夫人が何と言ったか覚えている?」


もちろん覚えている。


母と祖母は、神々の教えでは女性は夫に従うべきだと言った。


婚姻の女神は夫の浮気を嫌悪していたにもかかわらず、結局は夫を誘惑した女たちを罰するだけで、自らの夫に逆らったことはなく、婚姻から去ろうとしたこともない、と。


その時ヒルダは心の中で思った。


――でも、人々は婚姻の女神の嫉妬を醜いと笑うではないか。


それなのに、なぜ女性だけがその生き方を見習わなければならないのだろう。


天空神の娘たちは神の娘だからこそ強く、望むことを何でも成し遂げられる。


だが地上の人間の娘たちは、無数の戒律によって縛られている。


「闇神も天空神も虚空神の子供だけれど、豊穣の女神はもともと人間の娘だった。そして神になったの。私の聞いた話では、あの信仰では豊穣の女神が中心で、女性への制約もほとんど存在しないそうよ」


エリカの言いたいことを理解したヒルダは、くすりと笑った。


「もし豊穣の女神が願いを叶えてくれるなら、女性が卵を産めるようにしてほしいわ。出荷も楽だし、痛くなさそうだもの」


「いい考えね。貴女が宮廷で働くようになったら、私たちの卵を同じ籠に入れておけるし、とても可愛いわ」


「捨てるのも簡単そうね」


「ふふっ。先輩、母性愛はどうしたんですか?」


「そんなもの、孵化してから育てればいいでしょう」


二人は声を上げて笑った。


「でも、さすがに女神でも世界中の女性の身体を一度に変えることはできないと思うわ。もしかしたら世界のどこかには卵を産む亜人種がいるかもしれないし、あるいは豊穣の女神の神話のように、再び神婚が行われる日が来るかもしれない。そうしたら、そんな奇跡も起きるのかも」


「豊穣の女神はきっととても優秀な女性だったのね。桃色の髪の伴侶なんて、普通の人には務まらないもの。ああいう髪色って、ノーマンが読んでいる恋愛小説の挿絵くらいでしか見たことがないわ」


「さあね。もしかしたら昔の画家たちがああいう髪色を描いたのは、本当に二柱の神の姿を見たことがあったからかもしれないわ」


そこでエリカは、ふと別の話題を思い出した。


「そういえば、国境地帯に住んでいる女性医師が正式な移住申請を出しているの。もっと東方の遠い国の出身らしくて、とても興味深い研究をしているそうよ――無痛分娩というものを」


「あっ」


ヒルダの目が輝いた。


「ぜひ移住させてください、偉大なる王妃陛下。私の大好きで可愛い後輩。お願いします」


「まだ研究段階よ。出産する女性の体力を保ちながら、痛みだけを抑えるには、とても繊細な薬剤調整と計算が必要らしいわ」


「私は今すぐ欲しいわ。出産の時に痛くない薬。ああ、出産のことを考えるだけで気絶しそう。『女性は出産の痛みを経験してこそ母親になれる』なんて考え方、本当に理解できない」


エリカは肩をすくめた。


「聞いた話では、ディマン王国の宮廷はこの研究にかなり否定的らしいわ。王太子妃や側妃たちを含めて、宮廷の女性たちには研究そのものの存在すら知らせていないとか」


「えっ? でもディマン王国の王太子妃、美波様は異世界から来た方なんでしょう? 異世界には魔法はないけれど、私たちより進んだ技術がたくさんあるって聞いたわ。向こうの女性たちも何時間も、時には何日も苦しみながら出産するの?」


「私も気になるわ。でも残念ながら、ディマン王国は美波様を幾重にも囲い込んでいる。まるで翼を切られた小鳥みたいに。私ですら簡単には接触できないの」


エリカはため息をついた。


「勇者の陽太も同じよ。彼の周囲には『仲間』と呼ばれる人たちが常にいて、他国と情報を共有できないようにしている」


「ずっと突破口は見つからないのかしら?」


「いつか必ず見つけるわ。勇者の周りを固めているのはディマンの貴族ばかり。彼らだって一生彼と一緒に冒険を続けるわけじゃないもの」


エリカは自信に満ちた笑みを浮かべた。


「もし私たちの国にも異世界人が来てくれたら、きっと大きな力になるわね」


ヒルダは楽しそうに想像する。


「いつか来るわ」


エリカはラベンダーとレモンを合わせた花茶を見つめながら、静かにそう答えた。


ティーポットのお湯が三度注ぎ直される頃になってようやく、エリカは侍女たちに付き添われながら名残惜しそうにヒルダへ別れを告げた。


帰る前には、アンジェラやフローラ夫人の修道院から救い出された少年少女たちが披露する、不思議な歌劇まで鑑賞していった。


公演が終わった後、ヒルダはそっと自分の腹部に手を当てた。


「ねえ、エリカ。本当に皆が言うみたいに、この子を産んだら幸せになれるのかしら。もしそう感じられなかったら、私はこの子にどう接すればいいの?」


「私にも分からないわ」


エリカはゆっくりと首を振る。


「でもね。きっと『必ず幸せになれるはず』って決めつけるより、そうやって悩める貴女の方が、ずっと良い母親になれると思うの」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ