誰もが幸せになると言ったから
その後、ヒルダは穏やかな日々を送っていた。
アンジェラは美しい少女だった。
歌うことと音楽を奏でることに優れ、彼女の歌唱レッスンの前を通りかかるだけで、ヒルダの気分は自然と明るくなった。
ヒルダは送られてきた少女たちや、少数の少年たちとも一人ひとり面談を行った。
何が得意なのか、そして何をしたいのかを聞くためだ。
得意なことと、やりたいことは違う。
ヒルダはそう考えていた。
話を聞いた後、それぞれに適した授業や訓練を用意し、一定の水準まで学んだ者には、領内で実際の仕事を経験させた。
例えばアンジェラは舞台女優になることを望んでいた。
その容姿と才能を考えれば悪くない選択だとヒルダは判断し、歌唱教師と演技教師を雇った。
同時に、帳簿の付け方や会計についても学ばせた。
有名な女優や歌姫が数字に疎かったために、支配人や家族に報酬の大半を奪われたという話を、ヒルダは何度も耳にしていたからだ。
政府から支給される予算は、あくまで学費と生活費のみである。
衣服の新調や追加の書籍購入などは対象外だったため、その費用はヒルダが負担していた。
ヒルダはある種の因果応報を信じている。
自分に余裕があり、相手にも嫌悪感を抱いていないならば、できる限り手を差し伸べたいと思っていた。
だが――。
夫ハントが連れ帰ったあの奴隷の少年だけは、話が別だった。
あの日、ハントはこう言った。
「これは俺が妻のために連れ帰ったものだ。俺には使節団の仕事があるし、我が国から嫁いだヴィクトリア側妃殿下の補佐もしなければならない。俺の心はすでにヴィクトリア殿下のものだ。だから俺に似たこのものに、国内で夫の役目を代わりに果たしてもらおうと思う」
ヒルダは即座にその意味を理解した。
貴族社会では、決して珍しい話ではない。
もちろん公の場で語られることはない。
それは女性だけが参加する秘密のサロンや、貴婦人たちが親しい友人と交わす小声の会話の中にのみ存在する話題だった。
貴族の男性が子を残す義務を果たせない場合、別の方法を取る必要がある。
親族から養子を迎える者もいる。
あるいは別の男性――多くの場合は夫の親族――との間に子を作らせる者もいる。
そうすれば、子供は夫婦双方に似た容姿になるからだ。
婚約期間中、ヒルダもその可能性について考えたことがあった。
しかし新婚初夜を無事に終えた時点で、その可能性は消えたものと思っていた。
まさかハント自身が、ディマン王国から自分にそっくりな奴隷少年を連れ帰り、
「夫の役目を果たさせる」
などと言い出すとは思わなかった。
契約書を作る時間はなかったが、ヒルダは即座に映像と音声を記録できる魔道具を起動し、ハントの宣言を記録した。
もしハントが二度目に帰国したあの夜に妊娠していなかった場合。
遅くとも一か月以内には、この少年との間に子を授からなければならない。
そうでなければ周囲に不審がられる。
ヒルダには子供が必要だった。
そして―子供が欲しかった。
子供は必要だった。
愚かなハントに代わり、ヘクトール伯爵家を継ぐ存在として。
子供さえ生まれれば、ハントが静かに暮らし、ヒルダと子供の邪魔をしない限り、ヒルダは彼を見逃すつもりだった。
だが、もし今後も愚かな行動を繰り返すなら。その時は二度と自由に外を歩けなくしてやる。
それだけのことだった。
ヒルダには、ハントの考えが理解できなかった。
ヴィクトリアという女性を愛しているのなら、その女性の元へ行けばいい。
自分と結婚した以上は、その女性を忘れて夫として生きればいい。
どちらも選ばず、妻を抱き、子を望みながら、その翌日に逃げ出す。
そんな生き方は、あまりにも非効率だった。
そしてもう一つ。
ヒルダ自身も知りたかった。
子供を持てば、本当に幸せになれるのかを。
幼い頃。
当主になりたい、宰相になりたいと言った時。
両親は言った。
貴族の女性にとって最も幸せなのは、結婚して子供を産むことだと。
新婚翌日にハントが去った後。
実家へ相談に戻った時も、家族は同じことしか言わなかった。
早く子供を作りなさい。
子供を育てれば幸せになれる。
長年屋根裏部屋に閉じ込められ、冷えた食事だけを与えられながら生きてきた前伯爵夫人ですら、
「子供を産みなさい」
と勧めた。
子供がいれば、本当に幸せになれるのだろうか。
ならば本当なのだろう。
ヒルダはそう考えた。
ただ一つ問題がある。
誰一人として、幸せそうには見えなかった。
ヒルダは純粋に興味を抱いた。
だから試してみようと思った。
とはいえ。
実際に行うとなると、少しだけ妙な気分だった。
目の前の少年は痩せていて、小柄で、顔立ちもまだ幼い。
どうにも良心が痛む。
これは権力による性的搾取ではないのだろうか。
権力による暴力ではないのだろうか。
「俺はもう十六歳です。どう使っていただいても構いません」
少年は床に正座し、肘掛け椅子に腰掛けたヒルダを見上げた。
夜の寝室で見る彼の青い瞳は、浜辺に打ち上げられたシーグラスのようだった。
遠目には美しい。
だが近づいて見れば、その色はどこか濁っている。
「だから言ったでしょう。この国に奴隷という概念はありません。あなたはもう自由です。そんな言い方をしなくていいの」
ヒルダはため息をついた。
「確かに夫はああ言いましたし、私にも必要な事情があります……その代わり、十分な報酬は支払います」
すると少年は不思議そうな顔をした。
「もう報酬はもらっていますよ?」
「え?」
「ここ数日、柔らかいベッドで寝ています。毛布も暖かいですし、チーズとハムの挟まったパンも美味しかったです。レモン入りの水も美味しかった。だからお返しをしなきゃいけません」
ヒルダは思わず額を押さえた。
「あなた、今までどんな生活をしていたの?」
「そうですね……物心ついた頃から、母さんと狭い部屋で暮らしていました。毎日パン二つと水だけでした。でもパンは柔らかかったし、水も綺麗でしたよ」
少年は首を傾げながら続けた。
「その後、ご主人様に売られて。母さんは船の中で病気で死んでしまいました。新しい場所では、どんな仕事をしたかで食べ物が変わりました」
「仕事?」
「いろいろです。家を建てるみたいな力仕事ならパンやおにぎりが増えました。猛獣や他の奴隷と戦う仕事なら、勝った人は脂の乗った肉をもらえます。何度か観客を満足させた時は、新鮮な果物も食べさせてもらいました」
「殴られたりは?」
「ありますよ?」
少年は不思議そうに答えた。
「失敗したら殴られますし、勝っても殴られます。」
ヒルダは思わず身を乗り出した。
「待って。ハントはあなたが晩餐会で小説を朗読していたって言っていたわよね?」
「ああ、それは競売で俺を買った新しいご主人様の命令です。運が良かったんです。母さんが文字を教えてくれたので」
「なんてこと……」
ヒルダは自分の無知を思い知った。
リタール王国で奴隷を所有できるのは王家や一部の上級貴族だけである。
セイレン男爵家のような家格では、そもそも奴隷を所有する機会などなかった。
だからヒルダにとって奴隷とは、
「辞職できない使用人」
程度の認識だったのだ。その人生がどのようなものなのか、真剣に考えたこともなかった。
「管理人は俺を高く売りたかったんです」
少年は少し胸を張った。
「だから必要な知識は全部教わりました。実践したことはありませんけど、きっと満足してもらえると思います」
妙な自信だった。
ヒルダは思わず笑いそうになる。
可愛い。
そして、とても哀れだ。
彼女はもう一度、小さくため息をついた。
ヒルダは思った。
少なくともハントよりは話が通じる。




