恋を信じた愚か者たち
翌朝。
新婚夫婦の住む屋敷に、ハントの悲鳴が響き渡った。
「こんなことをしたって、俺の愛が手に入ると思ったのか!?
なんて浅はかな女なんだ!」
ハントは顔を真っ赤にして怒鳴る。
対するヒルダは、少しだけ傷ついたような顔をした。
それを見た瞬間、ハントの胸が微かに痛んだ。
公平に言えば、婚約期間中のヒルダはずっと彼に優しかった。
どんな夜会にも付き添い、
定期的なお茶会では楽しげに会話し、
いつも気遣うような手紙を送ってきた。
ヒルダは穏やかで、人をよく気遣う女性だった。
飛び抜けた美貌こそないが、彼女に好意を寄せる男は決して少なくなかった。
ただ、その誰もが、王家と近しいヘクト伯爵家には敵わなかっただけだ。
実際、ハントはヒルダを嫌ってはいなかった。
彼女のそばにいると、不思議と安心できた。
母親のように何をしても否定してくることもない。
ヴィクトリアのように、常に周囲の視線を欲しがることもない。
結婚式後の晩餐会で、母が「早く子供を作れ」と何度も口うるさく言ってきた時でさえ、ヒルダは嫌な顔一つせず聞いていた。
だが、それでも——。
ヴィクトリアは異国へ旅立つ前、涙を流しながら彼に言ったのだ。
「どうか私だけを愛して」と。
ハントの母は、父が死んで一年も経たないうちに再婚した。
祖父母が彼女を軽蔑し、社交界で陰口を叩かれていた光景を、ハントは今でも忘れられない。
だからこそ。
新婚二日目にして、ハントは屋敷を飛び出した。
衝動的に、ディマン王国へ赴任する外交使節団の随員募集へ応募したのである。
本来なら、長期間の選抜と訓練が必要な役職だった。
だが彼は、王家と近しいヘクト伯爵家の権力を利用し、あらゆる手続きを捻じ曲げて自分を無理やりねじ込んだ。
もう一度、ヴィクトリアに会いたかった。
自分が結婚したことを伝えたかった。
そして——。
もし、自分が永遠に彼女だけを愛せなかったなら。
その時、ヴィクトリアはどんな顔をするのか、知りたかった。
だが。
ハントはすぐに後悔することになる。
港へ到着した直後、彼は現地で流行していた疫病に罹患した。
激しい嘔吐と下痢に襲われ、最も重要な最初の一週間を、寝台の上で過ごす羽目になる。
ようやく起き上がれるようになった頃には、他の外交官たちはすでに仕事を始め、現地での基盤を築いていた。
彼だけが取り残されていた。
そもそも彼は、権力で無理やり入り込んだ余所者だ。
他の者たちとは訓練も共にしておらず、まともに顔を合わせたことすらない。
当然、輪に入れるはずもなかった。
むしろ、露骨に疎まれている気配すらある。
ディマン王国の食事も口に合わず、
蒸し暑い気候も不快で、
毎日が苦痛だった。
そんな彼のもとへ、ヒルダは何度も手紙や生活用品を送ってきた。
ハントは、一度も手紙を開かなかった。
封を切ることすらせず、部屋の隅へ積み上げていく。
それでも、彼女が送ってきた生活用品には何度も助けられた。
だがハントは、自分がどう謝ればいいのか分からず、ついに一通の返事すら書けなかった。
そして赴任から三ヶ月後。
彼は、ようやくヴィクトリアと再会した。




