5、僕の好きなカレーライス
「レオさーん、ちょっとよろしいですか?」
「レオさん、こちらもお願いします!」
「あ、レオさん! 丁度良かった。」
おーい、僕たちもここにいますよー。なんて、言ってみたり。
今日はトラオルの皆で、お昼のバラエティ番組にお呼ばれされた。どこかの商店街をまわり、食事のシーンを撮るらしい。
この日のため、僕は伊織に食レポの練習に何回も付き合ってもらった。予習はバッチリ。
「…フーッ。俺らもいるっつーのによ。」
隣に座るラオが、荒々しい言葉遣いでため息を吐いた。僕が考えてたことをそのまま言うから、うっかり口に出してたのかと思っちゃった。
「言葉遣い。キャラ崩れてんぞ。」
ああ、恥ずかしい。
僕は基本、外では『鷹山リオ』に成り切っている。いつボロが出るか分からないから、だったら最初から切り替えておけばいいかなって思ったんだよね。でもこれが意外と大変でさ。
トラオルの前では、素を出したいんだけど。
「誰も聞いてないっつの。みーんなレオに気ぃ取られてんだから。」
「万が一ってこともある。特にラオは振れ幅デカいんだから。」
「わぁーったよ。リオは良いな、キャラのまんまで。」
何気ないレオの言葉が、胸に刺さった。
僕だって、頑張ってる。
…あーあ、ラオも伊織も同じくらい毒舌のはずなのに、どうしてこう、ラオの言葉には傷ついちゃうのかな。
「にしても、いつまで待たせんだ。」
ラオがスマホを開いた。覗き見た時刻は十一時四十分。集合は十時だったのに、スタッフさんとレオの打ち合わせが長引いてるっぽい。何をそんなに話すことがあるんだろう。
「すみません、お待たせいたしました。それじゃ、行きましょうか。」
ペコペコ頭を下げながら来たディレクターさんに続き、バンに乗り込んだ。テレビ局から車で三十分ほどにある商店街が、今日の舞台らしい。
目的地に着くまで、車内は誰も話さなかった。
トラオルのメンバー仲は、そこまで悪くないとは思ってる。でも、ラオはどうしてもレオのことが好かないみたいで、ちょっと当たりが強い。当のレオは、何を考えているかよく分からない。
バンが停車し、レオから順に降車した。特に交通人の規制はしていないらしく、車を降りたレオは数人の女性ファンに囲まれていた。もちろん、僕たちの方に来る人はいない。なんか、眼中にすら入ってない気もする。
何とかレオのファンから離れ、予定が大幅に遅れた一時間押しの撮影が始まった。
「さー始まりました、ぶらり街グルメ! 今日は僕たちトラオルが、皆さんの街の魅力を伝えまくっていきます!」
レオを司会に、番組が始まった。
トラオルはキャラ崩壊に厳しくて、喋るのは基本レオ。ラオはずっとニコニコしてて、僕は喋らないでと言われている。
まあ話を振られれば少しは喋るし、控えめだけど笑いもする。ラオだってそんな感じ。
そんなことを考えていると、不意にラオの顔がこっちに向いた。
「リオは、何が好き?」
「えっ?」
「好きな食べ物! ってかリオが食事するイメージないんだけど。」
「確かに、言えてる。」
レオが同調した。まあ、僕も同意見。考えたこともなかった、鷹山リオの好きな食べ物なんて。
正面のカメラが、僕の顔を捉えていた。
あ、僕、今までで一番長く映ってるかも。
「ちょっとー、ないの? 最近食べて美味しかったモノとか。」
「…そうだな、」
伊織が作るものは何でも美味いし、そもそも二人で食べるご飯が一番美味しい。何が好きとか、考えたこともなかった。
「カレー…」
「えぇ⁈」
「ん?」
思わず口から飛び出ていた。予想外の答えに、レオもラオも目が飛び出しそうなくらい驚いている。
僕もびっくり。なんでカレーなんて言ったんだろ。最近食べた記憶もないし。
「って、それカレーの匂い嗅いだからだろ!」
レオが笑いながらフォローしてくれた。確かに、この付近はカレーの匂いが漂っている。
カレーの匂いって不思議だよね、嗅いだらすぐ食べたくなるんだから。
「ってことで、最初のお店はココ! リオのお望み通り、老舗のカレー専門店だ!」
「カットーッ!」
え、あれ。ボーっとしてたらお店着いてた。駄目だ、お仕事なんだからしっかりしないと。
「リオ君、いいパスしたねー。」
ディレクターさんが笑っていた。
え、なんか変なこと言ったっけ。
「確かに、リオにしちゃいいパス貰ったわ。」
「ん、レオ。」
背後から肩を掴まれた。笑う顔と裏腹に、手にこもる力が強い気がする。掴まれた肩が痛い。
「ほら、早く入るよー。」
「はいはい。」
ラオの言葉に、レオは手を離して店内に入っていった。僕とカメラさんも続く。
さっきの、何だったんだろう。やっぱりトラオルって、距離感分からないなぁ。
指示通りに席に座り、合図で再びカメラが回った。僕たちの前には、順々にカレーライスが運ばれた。刺激的な香りが、僕のお腹をイジメてくる。
急激にお腹が空いてきた!
「それじゃ、いただきまーす!」
「いっただきます!」
「頂きます。」
一口頬張ると、口の中が刺激された。
か、辛い!
ピリピリする舌を置いて、スプーンを持った右手は止まらなかった。やっぱ、カレーは辛くなきゃ
伊織が辛いの苦手だから、家ではいつも甘口カレー。たまにはこういう、カレーって感じのカレーも良い。
「美味い。」
けど。美味いけど、…何か足りない。
「うンま!」
「本当に。癖になる辛さだね。」
大きなお皿に盛られたカレーを食べ進め、時折練習していた食レポを披露した。手ごたえは上々。だけど、キャラじゃないからとか、レオを目立たせたいからとかで、カットされる気がした。
何となくだけど。
その後も、僕たちは商店街を歩き回ってご飯を食べた。唐揚げとか、クリームパンとか、たい焼きとか。どれも満足に美味しかった。
だけど、僕は最初のカレーライスをずっと引きずっていた。カレーは好きだ。家でもよく出てくるし、美味しいし。お店のなら、なおさら。なのに、モヤモヤする。
原因がはっきりしないことに、一番モヤモヤした。
「お疲れ様でした!」
二時間ほど経って、僕たちは無事に撮影を終えた。
今日もレオを魅せるために立ってたような気もするけど、考えない考えない。
「今日、調子良かったな。」
スタッフに挨拶をするレオの背後で、ラオに言われた。そっぽ向いてるけど、僕に言ってるってことで良いんだよね?
「そうか?」
「じ、自分で考えろ。…だけど、レオも焦ったと思うぜ。」
「…え?」
「それじゃ、順にお送りしますね。」
挨拶を終えたレオが合流し、マネージャーの車に誘導された。ラオの話をもう少し聞きたかったけど、レオの前で聞くのは少し憚られた。
車が走り出す。車内には相変わらず、会話がない。結局何も聞けずに、現場から一番近くに住むラオが降車してしまった。
「今日の食レポ、良かったな。練習したのか?」
「えっ」
ラオが降りた直後、レオが口を開いた。
珍しい。
レオと仕事以外で話したことは滅多にないのに。驚く半面、伊織との努力が認められたのが嬉しかった。
「同居人に、手伝ってもらった。」
「女?」
「男。作家だから、そういうの上手い人で。」
レオはフッと気取った笑い方をして、それ以降は何も話さなかった。
…変な奴。
「お疲れ。」
車が停車し、ドアを開けるレオの背中にそう投げかけた。返事は期待していなかった。いつもはそんなこと言わないから。レオは振り向かずに、右手を軽く振って車を降りて行った。
「…珍しいですね。」
マネージャーですら、そう言った。僕も、そう思う。それから僕の家に着くまでの十分ほど、やっぱり車の中は静かだった。
でも、前ほどの居心地の悪さはなくなっていた。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様。ありがとな。」
軽くお辞儀をして、車を降りた。いつもはすぐに家に入るけど、今日はマネージャーの車を見送りたくなって、しばらく外に立っていた。
「お帰りなさい。」
「おう、ただいま。」
「ふっ」
「ちょっと、なんで笑うの!」
「いや、あなたが変な喋り方するから…ふふっ」
エコバッグを持った伊織が、スーパーの方角から歩いてきた。ポケットから鍵を取り出し、伊織より先に扉を開く。
「どーぞ。」
「ありがとうございます、浩太郎。」
ああ、これ。扉を開けただけで、心がポカポカする。今日の収録はいろんな人に褒められたのに、どこかピンと来なかった。
「ただいまぁ」
「なんですか、二回も言って。」
帰ってきたなーって感じ。やっぱりここが一番落ち着く。カメラもなくて、隣には伊織がいて、そして、僕は高野浩太郎。この匂いが一番
…ん、何だこの匂い。
「やっばい!」
伊織がバッグを放り投げてキッチンに走って行った。バッグはゴトッと鈍い音を立てて、玄関を転がっている。それを拾って伊織の後を追うと、部屋の中が少し焦げ臭かった。
「火を止めるの忘れてました。火事にならなくて良かった。」
「あのケチンボな伊織が、珍しいね。」
「一言余計です。」
伊織の前に置かれた鍋を覗くと、さっき見たばかりの料理があった。
「今日はカレーにしました。好きでしたよね。」
「ああ、まあ…うん。」
煮え切らない僕の態度を気にも留めず、三人分以上ありそうなカレーをかき混ぜている。鼻歌でも聞こえてきそうなくらい上機嫌だけど、何かあったのかな。
「少し早いですが、ご飯にします?」
「えぇっと…そだね。」
少しと言っても本当に少しで、いつもの夕飯より三十分ほど早いだけだった。伊織は軽やかな動きで、平皿に白米を盛っている。
お腹、空いてたんだろうな。
「あなた、それだけで良いんですか?」
僕のお皿に小さく盛られたご飯の山に、伊織が突っ込んだ。
だって、今日あれだけ食べたんだから。まだそこまでお腹空いてないよ。せっかく作ってくれたカレーを前に、そんなこと言えなかった。
「お、お腹の調子悪くて。」
「そうですか。後で薬を探しておきますね。」
後回しにするってことは、相当限界近いんだろうなー。いつもはツンツンしてるのに、お腹すくと素直になるんだから。分かりやすいヤツめ。
「頂きます!」
「いただきます。」
伊織の一口を見届け、僕も後に続いた。カレーってやっぱり不思議だ、匂いを嗅ぐと一口食べたくなって、しまう…
「っコレ!」
僕が急に出した声に、伊織の身体が小さく跳ねた。
「…なんです、急に。」
「ううん、何でもない!」
一口、また一口と、手が止まらなかった。そう、これ。このカレーだよ。さっきお店で食べたのと明らかに違うのに、それが何か分からない。でも、僕の中のカレーはこれだ。
「これ、何入れてるの?」
「昨夜の残りの野菜炒めです。意外と合うでしょう?」
「この前のは?」
「この前? …ああ、あれはおでんカレーです。」
「そっか…そっか!」
そうだ、思い出した。伊織のカレーは、毎回味が違うんだ。残り物を入れるから、お家カレーとは程遠い。
でも、何でだろう、伊織のカレーだって分かるんだよね。やっぱりカレーって不思議!
「なんです、気持ち悪い。」
「ふふっ。おかわり!」
炊飯器を開けて、今度は伊織にも負けないくらいにご飯を盛った。今日はあんなに食べたのに、このカレーはいくらでも食べられそう。
「お腹は治ったんですか? 看病しませんよ。」
そう言う伊織も、どこか嬉しそうだった。
ごめん、今日はもう食べられないかと思ってたんだよ。でも伊織のご飯は特別だった。
「伊織、いつもありがとね。」
「はあ? 腹の次は頭ですか。あ、もしかして、外で飲んできました⁈」
「何でそうなるのさ。」
伊織、僕、今日は褒められたんだよ。レオとも話せた。頑張ったよ。でも、何かスッキリしなかった。その正解を、君が教えてくれた。やっぱり、伊織は凄いよ。
言いたいことは沢山あったけど、急に恥ずかしくなって言えなくなった。いつもなら言えるのに。だから代わりに、カレーをまたおかわりした。今日で僕、何キロ太ったんだろ。
でも、明日を見ないフリして、今日は伊織と向き合っていたかった。




