1 一ヶ月前(二)
塔の中は灰色の石で造られた広間だった。
サリマたちが入ってきた穴から、黄土色の砂の流れが見える。ザァーザァーと止むことのない砂の音。広間に入り込んでいる砂は意外と少ない。
上の方に開いたいくつもの小窓からは、午前の明るい光が差し込んでいた。
広間の奥に石の扉があった。壁と同じ色の石だが、凹凸が少なく、上部が半円に湾曲している。扉の片側に青銅の板が嵌めこまれ、そこに取っ手であろう青銅の輪が付けられていた。
扉の周囲には多くの白骨が落ちていた。扉に近付くほど多く、遠ざかるほど疎らだ。骨は磨いたように白く、その下に埋もれるように衣服の残骸や物入れ、長剣や古い青銅の剣なども落ちていた。
「扉を開けようとして殺されたのか……? しかし骨の数が多いな」
足先で骨を掻き分けながら、アズベハが扉に近寄っていく。
「その扉に近付くと、骨に襲われるぞ」
アシュタルテの忠告に、アズベハの足が止まる。
「意味がわからん。骨とは、ここに落ちている骨か?」
「アシュタルテは二年もここにいたんだ。何か危険があるのだろう。だが、この扉を開けないわけにはいかない」
アズベハを追い越して、扉の取っ手を掴んだサリマの腕を、いつの間にか近付いていたアシュタルテが背後から抑えた。
「無駄だ、わたしでも開かなかった」
背後でガチャガチャと音がした。
サリマが振り返ると、一番後ろにいたアズベハが、振り下ろされた青銅の剣を長剣で受け止めていた。アズベハは青銅の剣を跳ね上げ、相手の頸椎を真横に切った。
落ちた頭蓋骨が、乾いた硬い音を立てて転がる。
もう一人、勢いのまま肩から鎖骨を割って斜めに切り込み、肋骨をバラバラと弾き飛ばした。ぐるりと一回転して更に一人、斜め下から腰椎を分断すると、骸骨の戦士の上半身は床の上で剣を振り回し、下半身は立ったまま、ウロウロと歩いていった。
「何だ、こいつらは!?」
床に散らばった白骨がズリズリと動いていた。全てではない。いくつかの頭蓋骨の周囲の骨が、磁石に集まる釘のように、頭蓋骨に吸い寄せられる。
頭蓋骨を押し上げるように、足先の骨から、膝、大腿骨、骨盤、と骨が組み上がり、腰椎から頸椎まで背骨が積み上がると、そこに肩甲骨や肋骨、腕の骨が吸い付いた。
全身の骨が繋がると、骸骨は命を吹き込まれたように動き出す。青銅の剣を拾い、戦士となって再び襲ってくる。
こちらに迫ってくる骸骨の剣を受け止めるため、サリマは長剣を構えたが、直後に手の中から消えていた。横にいたアシュタルテに奪われたのだ。アシュタルテは、骸骨の戦士と二、三度打ち合い、その後、頭蓋骨を切り割った。
「おまえは戦うな。こいつらは、おまえより強い」
次々と来る骸骨の戦士と戦いながらも、アシュタルテの声は落ち着いている。
「そうさせてもらうよ」
剣の扱いに自信のないサリマは、その場を離れ、扉から遠ざかった。広間を横切り、反対の隅にうずくまっている二頭の〈砂漁り〉に近付く。
追ってくる骸骨の戦士はいない。扉の近くにいる者以外、攻撃対象ではないようだ。
白骨は無数に落ちているが、戦士となって襲ってくる数は限られていた。きっちり七体。だが、アズベハとアシュタルテが何度背骨を折り、頭蓋骨を粉砕しても、落ちていた別の頭蓋骨を中心に骨格が組み上がり、骸骨の戦士が再生されてしまう。使われる骨は、砕けていなければ、どれでも構わないようだ。
二人は骸骨の戦士よりも明らかに強いが、永遠に戦い続けることはできない。
「どうする! きりがないぞ?」
アズベハが怒鳴る。
「割れた骨は使われないようだ。頭蓋骨を全部砕けば、終わるかもしれない」
アシュタルテが返事を返す。
「全部!? やれやれ……」
落ちている頭蓋骨は数十、あるいは百以上かもしれない。
二頭の〈砂漁り〉は、ぶるぶると震えながら身を寄せ合っていた。サリマは自分が乗ってきた方の腹帯に結わえてあった、縄の束を解いた。一端に三つ又の鉤が付いた鉤縄になっている。
サリマは扉の前で戦うアシュタルテへ声を掛けてから、石の扉の取っ手を目掛けて、鉤縄を投げた。
だが、鉤縄は骸骨の戦士の片腕に当たって、肘から先を弾き飛ばし、扉には届かなかった。
腕を飛ばされた骸骨が振り向く。頭蓋骨に表情はないが、空洞の眼窩で睨まれたように感じて、サリマはぎくりとした。しかし直後、アシュタルテの剣がその頭蓋骨を縦に割った。
アシュタルテが扉の取っ手に鉤を掛けるのを見て、サリマは〈砂漁り〉の手綱を握り、尻を叩いた。
ズリズリと、石の扉が開く。
サリマはもう一頭の〈砂漁り〉に乗り、一気に広間を駆け戻った。立ち塞がる骸骨の戦士に体当たりさせようとしたが、臆病な〈砂漁り〉は手前で急に止まってしまう。
反動で〈砂漁り〉の背から振り落とされたサリマだが、ちょうど扉の前だったので、そのまま中に潜り込んだ。と同時に、すぐ後ろで剣のぶつかり合う音がした。扉の外から刺し込まれた剣を、アシュタルテが防いでくれたのだ。
扉の中は、窓のない穴倉のような狭い部屋だった。暗かったが、扉から差し込む日差しがちょうど奥まで届いていた。部屋の中には何もなく、ただ隅に緑色の水差しが横倒しに転がっていた。底が丸く膨らみ、水鳥の首のように細長い注ぎ口と持ち手が付いた独特な形をしていた。
サリマは水差しを手に取った。見た目以上にずっしりと重く、翡翠で作られているようだ。淡い緑から青みがかった濃い緑、さらには白や茶色の絵の具を混ぜたような歪んだ渦模様が、膨らんだ腹の部分に浮かび上がっている。
水を入れる上部の口には、同じ翡翠で作られた丸い蓋がはまっていた。その蓋を覆うように赤い呪符が貼られ封印されている。呪符には黒い文字で何かが書かれていたが、サリマの知らない文字だった。
「おお! マタル・アク・アネン! 哀れな僕を、どうかお許しください!」
水差しが喋った。くぐもった低い男の声が、確かに水差しの注ぎ口から聞こえてきた。
「魔神か?」
「おお! ご主人様! それはあなたが、よくご存じでしょう」
マタル・アク・アネンとは、魔神をこの塔に封印したと言われるシェルバ建国の王のことだ。彼は呪術師でもあったと言われている。
(おれを、かつての王と間違えているのか?)
サリマは迷った末、答えた。
「おまえに頼みがあって来た。この塔を取り巻く砂の渦を止めて欲しい。それは、おまえが起こしているものだろう?」
しばらく沈黙があった。扉の外では、戦いの音がまだ続いている。
やがて魔神が言った。
「おお! ご主人様! 砂を止めることなど、造作もないことでございます。この封印を剥がして下さればよい!」
声音は変わらないが、どこか侮りが感じられた。
「……魔神よ、封印が解けたら、おまえは何をするか?」
「おお! ご主人様! あなたを殺し、この世界を滅ぼします」




