↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
61/65

四人で始めるスターライト・アドベンチャー

世界のどこかに、ノアという存在がいる。

人にも、妖精にも見える、不思議な存在。


そしてこの世界には、ときどき奇妙なアイテムが現れる。


それを手にした人々は、欲し、迷い、選び……翻弄されていく。


ノアは救い手なのか。

悪魔なのか。


それとも、まったく別の何かなのか。

まだ、誰も知らない。


これは、奇妙なアイテムと、それに翻弄される人々の物語。




「ほんまに行くん?」


橘ソウタがそう訊くと、大野ケンタは自転車のハンドルに肘を乗せたまま、呆れたように笑った。


「ここまで来て何言うてんねん」


「いや、来たけど」


「怖いん?」


「怖ないわ」


答えるのが少し早すぎた。


森下リコがスマートフォンを構えながら、にやりとする。


「今の絶対怖いやつやん」


「ちゃうし」


「ソウタ、帰る?」


小松ミズキが真顔で訊いた。


「帰らん!」


ソウタは即答した。


八月上旬。昼を少し過ぎた山道には、蝉の声が降り注いでいた。


道路脇には四台の自転車。その先、背の高い雑草と錆びたフェンスの向こうに、古い観覧車が見えている。


《スターライト・ファミリーパーク》。


十五年以上前に閉園した、小さな遊園地だった。


地元では少しだけ有名な場所だ。


夜になると観覧車が動く。誰もいないのに園内放送が流れる。夏休みになると、子どもの笑い声が聞こえる。


そんな噂が何年も前から残っていた。


もっとも、そのほとんどはネットに転がっている怪談を、誰かが適当にこの遊園地へ当てはめただけなのだろう。


少なくともリコはそう思っていた。


「ほんまに何か映ったら動画上げよ」


「バズったら俺のおかげな」


ケンタが言う。


「何で?」


「ここ見つけたん俺やから」


「見つけたって、普通に地図に載ってるけど」


「夢ないな、お前」


ミズキがフェンスの向こうを覗く。


「でも、勝手に入ったら怒られるんちゃう?」


「閉園してんねんから誰もおらんって」


「そういう問題?」


ソウタは二人の会話を聞きながら、腕時計を確認した。


まだ一時半。時間はある。


ケンタがフェンス脇の草を掻き分けると、人ひとりが通れそうな隙間が開いていた。


「ほら。ここ」


「絶対誰か入ってるやん」


リコが言う。


「だから大丈夫やって」


「何が大丈夫なん」


「帰る時はちゃんと四人一緒な」


ケンタが笑う。


「誰か置いて帰ったら、そいつ一生ここで働くことになるから」


「何それ」


「閉園してるのに?」


ソウタが訊くと、ミズキが少し考えて言った。


「給料も出えへんの?」


三人が笑った。


リコがフェンスをくぐる前に振り返り、スマートフォンを四人へ向ける。


「まあ、でもほんまに。帰るときは、四人一緒な」


カシャ。


最初の一枚が撮られた。




昼間の廃遊園地は、思ったほど怖くなかった。


怖いというより、古い。


入場ゲートの文字はいくつか剥がれ、《STARLIGHT FAMILY PARK》の《STAR》しか読めない。園内マップは日焼けし、色がほとんど抜けていた。


腰ほどの雑草。錆びたベンチ。中身のない自動販売機。


そして遠くには、観覧車が立っている。


ケンタが見上げた。


「……ちっさ」


「失礼すぎるやろ」


リコが笑う。


「もっとこう、でっかいの想像してた」


「十五年前やで」


「十五年前でも観覧車は観覧車やろ」


「昔の人に謝れ」


ミズキが言った。


「昔の人って十五年前の人やろ?」


四人の笑い声が、無人の園内に妙に大きく響いた。


怖くない。むしろ楽しい。


誰もいない遊園地を自分たちだけで歩いているというだけで、普段の公園とは違う秘密基地のように感じられた。


メリーゴーラウンド。ゴーカート場。小さなお化け屋敷。ゲームコーナー。


どれも動くはずはない。


それでもケンタは一つ一つ覗き込み、リコは写真を撮り、ミズキは色褪せた看板を読み上げた。


ソウタも、いつの間にか怖がっていたことを忘れていた。


「管理事務所あるで」


ケンタが指差した。


園の端に、平屋の古い建物がある。ドアは半分開いていた。




中はむっとするほど暑かった。


埃と湿った紙の匂いが混ざっている。壁には、当時のスタッフ用らしい予定表が残っていた。


《夏休みナイト営業》


《スターライトパレード 18:30~》


《迷子はサービスセンターへ》


リコがスマホを向ける。


「こういうの、ちょっとええな」


棚には古いパンフレットや、子ども向けの景品が残っていた。


プラスチックの指輪。星形のバッジ。しぼんだ風船。スタッフ用の帽子。


その奥で、ケンタが声を上げた。


「何これ」


古びたランタンだった。


金属製で、ところどころ黒ずみ、持ち手には細かな傷がある。キャンプ用品のようにも見えるが、かなり古い。


ケンタが持ち上げる。


「重っ」


「電池入ってんちゃう?」


ソウタが底を見た。


「ないで」


「充電式?」


「こんな古そうなんが?」


リコが笑う。


ケンタは側面の小さなスイッチを見つけた。


「押すで」


「いや、待って」


ソウタが言い終わる前に、


カチッ。


淡い橙色の光が灯った。


四人が黙る。


「……点いた」


ケンタが呟く。


「充電残ってるだけやろ」


リコはそう言ったが、声は少し小さかった。


ランタンの内側に電球らしいものは見えない。炎もない。


ただ、柔らかい光だけが満ちている。


ミズキが顔を近づけた。


「なんか、あったかい」


「熱いん?」


「ちゃう」


少し考えてから言う。


「懐かしい感じ」


ケンタが笑った。


「十一歳が何を懐かしがってんねん」


「知らん」


ケンタはランタンを持ったまま外へ出た。




最初に変わったのは、メリーゴーラウンドだった。


「これ照らしてみよ」


ケンタがランタンを掲げる。


橙色の光が、錆びた馬の一頭を包んだ。


ソウタは最初、目の錯覚だと思った。


灰色だった馬の頬に白い色が戻り、錆が消えていく。剥げ落ちていた金色の飾りも、ゆっくりと輝きを取り戻していった。


「……え?」


リコがスマートフォンを下ろした。


光の範囲が広がる。


一頭、二頭、三頭。


支柱から天井へ。


色褪せていたメリーゴーラウンドが、端から塗り直されていくように鮮やかになった。


そして、


パッ。


電球が灯った。


古い音楽が鳴る。


「うそやん」


ソウタが呟いた。


ギィ……。


メリーゴーラウンドが、ゆっくり回り始めた。


「うわあああ!」


ケンタが真っ先に駆け出した。


「乗れる!?」


「待てって!」


ソウタも追いかける。


リコは笑いながら動画を撮った。


「やば! これ絶対やばい!」


「乗るぞ!」


「壊れても知らんで!」


「もう動いてるやん!」


ミズキまで笑っていた。


四人は、動き始めた木馬へ飛び乗った。


音楽が響く。


夏の光の中で景色が回る。


誰もいないはずの遊園地なのに、その数分だけは本当に営業していた頃へ戻ったようだった。


やがてケンタがランタンを別方向へ向けると、光が外れた。


音楽が歪み、電球が消える。木馬の色も失われ、回転がゆっくり止まった。


元の錆びた廃墟。


四人は顔を見合わせた。


ソウタがランタンを見る。


「これ……昔の姿にしてるんちゃう?」


「そんなわけある?」


リコはそう言いながらも、スマートフォンの映像を確認していた。


そこには映っている。


鮮やかなメリーゴーラウンドと、その上で笑う四人。


加工でも幻でもない。


少なくともカメラには、そう見えていた。


ケンタの顔が輝いた。


「他もやろうや」




それからの一時間は、夢のようだった。


ゴーカート場へランタンを向けると、土埃に埋もれていた小さな車体に色が戻った。ヘッドライトが点き、モーターが唸る。


「動いた!」


四人は笑いながらコースを走った。


ゲームコーナーでは、割れたガラスも倒れた椅子も壊れた筐体も、ランタンの光の中で息を吹き返していく。


ピコーン。


軽快な電子音が鳴り、ブラウン管に光が戻った。


「俺これ知ってる!」


「絶対知らんやろ」


「動画で見た!」


「それ知ってるって言わへん」


ケンタとリコが古いレースゲームを始める。


ソウタは景品ゲームを覗き込み、ミズキは端に置かれた古い占い機の前で笑っていた。


売店では、ポップコーンの香りまでした。


もちろん誰もいない。


カウンターの奥には空っぽの機械しかないのに、確かに甘い匂いが漂ってくる。


「食べられるんかな」


ケンタが身を乗り出す。


「やめとき」


リコが腕を掴む。


「さすがに十五年前のポップコーンは嫌」


「昔の姿に戻ってるなら新品ちゃう?」


「そこ挑戦する勇気はいらん」


笑い声。


シャッター音。


スマートフォンの中に、写真が増えていく。


観覧車の下。ゲームコーナー。メリーゴーラウンド。


ただ、誰もその写真の何枚かに、同じ少年が写っていることには気づかなかった。


赤い帽子に白いTシャツ、膝丈の短パン。


十歳くらいの少年が、いつも写真の端や遠くの景色の中から、少しだけ離れて四人を見ていた。




午後四時を過ぎた頃、遊園地の様子が少し変わった。


最初に気づいたのはミズキだった。


「人おる」


「どこ?」


ソウタが振り返る。


メリーゴーラウンドの前に、父親らしい男が小さな女の子を抱いていた。その横には母親がいて、三人とも笑っている。


「え?」


リコがスマホを向ける。


その向こうにも人がいた。


ベンチでアイスを食べるカップル。風船を持った子ども。制服姿のスタッフ。


「いつ入ってきたん?」


ケンタが言う。


ソウタは答えなかった。


違う。


入ってきたのではない。


彼らは、ランタンの橙色の光の中にいる。


光が揺れると、人々の姿も一瞬薄くなる。そして妙なことに、誰一人として四人を見ない。


昔の客たちは昔の客同士で笑い、昔の道を歩き、昔の一日を続けている。


「……動画?」


リコが呟く。


「何の?」


「知らんけど。昔の映像みたいな」


ケンタが手を振る。


「おーい!」


誰も反応しない。


ミズキだけが別の方向を見ていた。


「……あ」


「何?」


「さっきの子」


観覧車の支柱。


赤い帽子をかぶった少年が立っている。


「誰?」


ソウタが目を凝らした。


その瞬間、少年がこちらを見た。


ソウタの背中が少しだけ冷たくなる。


だがケンタが振り返った時には、もういなかった。


「おらんやん」


「おった」


ミズキは言う。


「ゲームのところにもおった」


「昔の人やろ」


ケンタが笑う。


「同じ映像が何回も流れてるとか」


「でも……」


ミズキはそこで口を閉じた。




午後五時三十二分。


ソウタのスマートフォンが震えた。


母からだった。


《七時までには帰ってきなさいよ》


画面の時計を見て、ソウタはようやく時間の感覚を取り戻した。


「やば。そろそろ帰ろう」


「まだ五時半やん」


ケンタが言う。


「山道やで。帰るの時間かかるし」


「あと一個くらい」


リコも園内マップを見る。


「せっかく来たしな」


「私、もうええ」


ミズキが言った。


声は小さい。


「帰りたい」


ケンタは何か言いかけて、やめた。


その時、ソウタが園内マップの奥を見つけた。


《星空トンネル》


入口は少し離れた場所にある。半円形の古いアーチには、星と月が描かれていた。


「……あれだけ行く?」


ケンタが即座に頷く。


「行く!」


リコも少し笑う。


「最後な」


三人がミズキを見る。


ミズキはしばらく黙っていた。


「……四人で?」


「当たり前やん」


ソウタが言う。


「入って、出たら帰ろ」


ミズキはゆっくり頷いた。




夕方になるにつれて、ランタンの光は少しずつ強くなっていた。


最初はランタンの周囲だけだったのに、今では数メートル先まで橙色に染まっている。


その光の中で、遊園地の過去が現在へ重なっていく。


『本日はスターライト・ファミリーパークへお越しいただき――』


古い園内放送。


雑音の向こうから、


『迷子のお知らせです』


と声が続く。


子どもの笑い声。アトラクションの音。どこかではスタッフが「ありがとうございました」と言っている。


昔の夕方。


昔の夏休み。


それが今の廃墟へ、薄い膜のように重なっていた。


光の外には、錆びた遊具と雑草、割れた窓。


ランタンを少し動かせば、照らされた場所だけが人と光に満ちる。


リコが歩きながら呟いた。


「なんか……変な感じ」


「何が?」


「ほんまに昔に来たみたい」


誰も返事をしなかった。


前方に、《星空トンネル》の入口が見えてきた。


その前に、赤い帽子の少年がいた。


ミズキが立ち止まる。


「……また」


少年は一度だけこちらを見た。


そして、そのままトンネルの中へ入っていった。




星空トンネルの内部は、完全な暗闇だった。


「これ、ほんまに入る?」


ソウタが言う。


「今さら?」


ケンタが笑う。


「ソウタ、怖いん?」


「怖ない」


また答えが早かった。


リコが吹き出す。


ケンタがランタンを前へ出した。


橙色の光が、壁と天井に描かれた古びた星形の装飾を照らす。


その時、


ぽつ。


青い星が灯った。


続いて緑、黄色、白。


トンネルの奥まで、無数の星が一つずつ目を覚ましていく。


「……きれい」


ミズキが呟いた。


天井いっぱいの星。


足元には淡い光。


古いアトラクションとは思えないほど幻想的だった。


四人は、しばらく黙って歩いた。


途中、ミズキがふいに振り返った。


「どうした?」


ソウタが訊く。


「いや」


ミズキは四人を順番に見る。


「ソウタ」


「何」


「リコ」


「はい」


「ケンタ」


「おう」


「私」


指を折る。


「四人」


ケンタが笑った。


「何の確認やねん」


「何となく」


また歩き始める。


タッ。


タッ。


タッ。


タッ。


タッ。


ソウタの足が止まった。


後ろの三人も止まる。


足音も止まった。


「……今」


リコが言う。


「聞いた?」


誰も答えない。


ソウタは後ろを見る。


ランタンの光の中には三人。


その向こうは暗闇で、誰もいない。


「行こ」


ケンタが言った。


さっきまでとは違う声だった。


四人が歩き出す。


タッ。


タッ。


タッ。


タッ。


タッ。


やっぱり、五つ。




ガコン。


突然、足元が動いた。


「うわ!」


ケンタがよろける。


床がゆっくり回転している。


古い演出装置が、ランタンの光を受けて再び動き始めたらしい。


「待って、待って!」


リコが壁へ手をつく。


その先で、


ガシャーン。


シャッターが落ちた。


「やば!」


ソウタが叫ぶ。


通路の一部が閉ざされ、さらに奥では壁の星が次々と点滅する。


古いスピーカーから、子どもたちの笑い声が響いた。


『こっちだよ』


一瞬、ソウタにはそう聞こえた。


「もうええ!」


ケンタが叫んだ。


全員が見る。


「帰ろ! これ以上、ほんまにあかん!」


一番遊びたがっていたケンタだった。


ソウタは頷く。


「四人で出るぞ」


リコがミズキの手を掴んだ。


「走るで」


回転する床を抜け、横道へ入る。


ランタンを掲げた、その時だった。


ミズキの足が何かに引っ掛かった。


「きゃっ」


転ぶ。


「ミズキ!」


ケンタの手からランタンが落ちた。


床を転がる。


カチッ。


光が消えた。


完全な闇。


誰も動けない。


どこか遠くから、メリーゴーラウンドの音楽と笑い声が聞こえる。


その中に、足音が混じった。


一つ。


二つ。


三つ。


そして、すぐ近くで、


カチッ。


橙色の光が灯った。


誰かが、ランタンを持っている。


赤い帽子。


白いTシャツ。


小さな男の子。


「……お前」


ソウタが息を呑む。


少年は何も言わず、ただランタンを差し出した。


ソウタはゆっくり受け取る。


「……ありがとう」


少年は答えなかった。


代わりに、壁の一角を指差した。


そこには、錆びた非常扉があった。


今まで気づかなかった。


ソウタが駆け寄って押す。


開いた。


夕方の空気が流れ込む。


「出られる!」


四人が外へ飛び出した。


最後にソウタが振り返る。


トンネルの奥は暗闇に沈み、赤い帽子の少年の姿はもうなかった。




正門へ戻る頃には、空は群青色へ変わり始めていた。


ランタンの光も、もう弱い。


遊園地は元の廃墟へ戻っている。


音楽もない。


人もいない。


ポップコーンの匂いもない。


聞こえるのは、蝉の声だけだった。


フェンスを抜けると、四台の自転車がそのまま残っていた。


ソウタは妙に安心した。


「……四人おるな?」


ケンタが呆れた顔をする。


「おるわ」


「リコ」


「おる」


「ミズキ」


「おるよ」


「俺」


リコが笑う。


「おらんかったら誰が喋ってんねん」


ようやく、みんな笑った。


ソウタは手に持ったランタンを見る。


もう光っていない。


ケンタが訊く。


「それ、持って帰る?」


数秒、全員でランタンを見つめた。


リコが即答する。


「絶対いらん」


「俺も」


「置いてこ」


ミズキも言った。


入口横にある錆びたチケット窓口へ、ソウタはランタンを置いた。


「じゃあな」


誰に言ったのか、自分でも分からなかった。


四人はそれぞれ自転車へ乗り、山道を下っていった。




夜。


誰もいなくなった遊園地の古いチケット窓口に、消えたランタンが置かれている。


その前に一つの人影が現れた。


ノアだった。


白い指でランタンを持ち上げると、遠くの山道へ目を向ける。四つの小さな自転車のライトが、暗闇の中をゆっくり遠ざかっていた。


「最後まで持って帰るかと思ったけど、置いていくんだ」


ノアはランタンを見ながら、少しだけ笑った。


「……それに、四人とも帰った」


四つのライトが、順番に山の向こうへ消えていく。


「まあ、合格かな」


小さく首を傾げ、ランタンを手に歩き出そうとした時だった。


ノアの足が止まる。


観覧車の下に、小さな人影が立っていた。


赤い帽子。


白いTシャツ。


ノアの表情から、わずかに笑みが消えた。


「……?」


少年は、まっすぐノアを見ている。


ノアも見返した。


数秒の沈黙のあと、ノアが口を開く。


「君は……誰?」


風が吹き、錆びた観覧車がキィ……と鳴った。


少年は答えない。


一歩、暗闇の中へ下がる。


そして次の瞬間、そこにはもう誰もいなかった。


ノアは追わなかった。


ただ、少年が立っていた場所を、いつもより少し長く見つめていた。




翌朝。


ソウタのスマートフォンが鳴った。


四人のグループチャットに、リコからメッセージが届いている。


《昨日の写真送る》


写真が次々と届いた。


錆びた観覧車。


最初の入場ゲート。


光り始めたメリーゴーラウンド。


ゴーカートに乗るケンタ。


ゲーム機の前で笑うミズキ。


変な顔をしているソウタ。


《これ消して》


《保存した》


《やめろ》


次に届いたのは、メリーゴーラウンド前で撮った写真だった。


スマートフォンを台の上に置き、タイマーで撮った一枚。


ソウタ。


リコ。


ケンタ。


ミズキ。


四人とも笑っている。


ソウタは画面を拡大した。


指が止まる。


リコとケンタの間に、もう一人いた。


赤い帽子。


白いTシャツ。


あの男の子が、四人と並ぶように笑っている。


写真に写っていたのは、五人だった。


ソウタはしばらく画面を見つめ、それから文字を入力した。


《これ誰?》


数秒後、ケンタから返事が来る。


《は?》


《知らん》


続いてリコ。


《私も知らん》


少し間が空いて、ミズキから届いた。


《……やっぱりおったんや》


ソウタの背中が、ぞくりとした。


その時、リコからもう一枚写真が届いた。


《待って》


《これ》


昨日、遊園地へ入った直後の写真。


まだランタンを見つける前、四人が入口の古い看板の前で笑っている。


ソウタは写真の奥を拡大した。


遠くの入場ゲート。


その影の中に、赤い帽子の少年が立っていた。


最初からずっと、こちらを見ていた。


【関連エピソード】

第22話『希望のランタン』

ランタンの最初の所有者の物語。

※同作品の目次からお読みいただけます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。