病院の中へ
「誘拐、して欲しいんです」
架颯屋さんはその僕の一言に驚くこともせず一つ面白そうに笑った。
「意外だ。君みたいな子がそんな物騒なことを言うとはね」
演技がかったセリフを言うとククっと喉を鳴らす。先をどうぞと促され話し始める。
「友人はある場所に監禁、といっていい状態で生活しています。……友人の親の権力で警察に言いにいっても無駄でした。それどころか友人と会うことも禁止されるところでした」
はぁ、と一息つく。架颯屋さんはただ真っ直ぐぼくの目を見て聞いている。少し視線を下げる。
「今も会うことは出来ていますがそのうち許されなくなる筈です。今会えるのは友人の唯一のわがままですし…。でもぼく一人では助けることはできません。お金は払います助けてくれませんか」
視線を上げる。と、架颯屋さんは腕を組みウンウンと頷きながらこちらを見た。
「大丈夫だよ。するする」
……軽っ。
「で提案なんだけどね、場所、近いから今日様子を見に行こうか」
「今日ですかっ?」
行動的だな、と思う。何でも屋と聞いたがいまいちこういうものなのだな、というそんな安心感が得られない。謎ばかり。本当にこの人に頼んで良かったのだろうか。今更ではあるが。
「無理なら別の日に一人で行ってくるけど」
「ぼ、ぼくも行きます、入れないでしょうし…。今日行きましょう」
「うん、なら良かった向かいながら計画を立てようか」
ニコッとひとつ笑みを向けられる。もしもぼくが女だったならこの笑顔にころっと騙されそうだ。
「正直なところ」
カタンッ、と椅子の動く音が響き店主が立ち上がる、続くように自分も立ち上がった。
「君の話を聞いてて思ったんだけど思ったより大変そうだ。友人とも一緒にお話ししようか時間があればだけど」
「え、は、はい」
手慣れた様子でテキパキ話す。その様子をみるとできる大人のそれだ。
外は晴れ。じりじりと焼けるような暑さでもなく、肌に少しばかりの風を感じる。この時期が一番過ごしやすい。
「行こっか」
「はい」
架颯屋さんが裏手から出てきて一緒に向かう事になる。180もある人物が二人歩いているのはきっと、いやかなり目立つだろうが、生憎周囲には目撃する人は居らず。住宅街に変に浮いたまま誰の目につくことなく通っていった。
「いやぁ…雀上くん地味にクソ真面目だね、僕が言った通りの道を行けば10分かからなかったのに……」
はぁはぁと肩で息する架颯屋さんが数メートル後ろでそんなことを言った。
「運動できない人間ですか?」
「まさか。体力がないんだよ、あと日差しがきついのニガテ」
「はぁ?」
「まったく、30分もかけて長い坂を上るとか予定外だよ僕は。君が嫌いになりそう」
「そうですか。頑張ってくださいもうついたんですから」
「ああ……わかってるけどね……」
はぁ、と一息ついて隣に来た架颯屋さんが大きな建物を見上げる。
「久しぶりに来たよ。今更だけどその友人くんのお父さんなかなか偉そうだよね」
「まぁそうでしょう。院長ですし」
この街一番の病院を前にそんなことを言う。
「行きましょう」
「あー、車、考えようかな……」
そんな事を呟く架颯屋さんの前を歩く。中へ入ると適温の空気が肌を撫でた。日の中にいたために室内で涼しさを感じた、同時に病院の匂いも鼻をついた。
病院特有の静かなざわめき。一瞬人の目が集まってすぐに興味が失せたように逸らす人、驚いたまま見続ける人とがいる。これで大体常連さんと今日来た患者さんとを見分けることが可能だ。
「こっちです」
「受付通らなくていいんだ?」
受付の前を素通りし真っ直ぐ進み、右へと続く通りを無視して途中にある関係者が入る通路へ。
「ぼく目立つんで顔パスですね」
身長とか、その他諸々も含めかなり目立つ。
「いいね便利で」
「はい便利ですね。もう一個検問みたいな場所ありますがぼくとあと友人がいればなんとかなるはずです」
「そっかそっか」
そのまま進むと幾人かとすれ違ったが一瞬架颯屋さんに目を向け不思議な目をしたまま過ぎ去った。誰も彼も基本的にぼくと関わろうとしない人ばかりである。
狭い通路を通り抜け広くなった場所に出る。二重に自動ドアがあり、その中には警備員が一人。
自動ドアを一つ潜り、見慣れた警備員に向き直る。
「こんにちは、呼んでもらえますか」
慣れたもので、おきまりの言葉を呟く。
「今日はこの人もいるんですが、言ったらわかってくれると思うので」
しれっと知り合いな風を装う。無口な警備員は少し訝るが返事もせず電話を掛け始め、どうぞ、と通してくれた。
「……思ったより簡単に入れるね」
「まぁ……、今日はどっちかというと運が良い方ですね。あの警備員さんは結構緩いんです」
「そっか……友人だとでも思ったのかな?」
クスリと一つ笑って、僕って胡散臭い部類に入るハズだけど、と付け足した。
「友人、は……ないでしょうけど。興味ないんじゃないですか」
「ええ……そんな警備員さんで大丈夫なの……」
「あの方のおかげで入れたんですが」
「……感謝しとこう」
ボソボソと呟く。
進む先、階段は無視しエレベーター前で降りてくるのを待つ。始終どこから漏れているかわからない小さな機械音だけが響く。
と、そんな中、パタパタと小さな足音が聞こえた。
「……ん?」
「子供の足音がするねー、ここは友人くん一人ではないの?」
「いや、一人の筈……」
不気味なほどに、一人の空間がある筈なのに。
初めての事でよく考えずエレベーター横にある階段へと足を向ける。
「…………んん?」
上を見るが何も見えない。
「上がってみようか。エレベーターまだだし」
そうですね、と階段を登っていき踊り場に足をかけ上の階が見えた時だ。パタパタという足音はこちらに来ているようでついでにガラガラと何かを転がす音も聞こえた。
「あ」
「え?」
架颯屋さんの視線の先、そこに子供がいた。後ろへ顔を向けたまま、何かに追われるように走り抜け階段へ突っ込んできた。その子は後ろを向いたまま浮遊。
突然の事でびっくりするが反射的に手を伸ばし受け止める体制を作る。だが、案外その子供の勢いは強く、抱え込むようにキャッチすると同時後ろへ倒れ込んでしまう。ついでに大きなガンッという金属のぶつかるような音が耳に入ったがそれが何かはわからなかった。
「いっつぁ!」
強く背中を打ち、ついでに壁に頭、顎に子供の頭をぶつける。
久しぶりの痛みはかなり、目頭にくる。
「ううぐ、なんなん、だよ」
子供を庇ったまま起き上がり顎をさすった。
「……きみ、危ないなぁ」
架颯屋さんの声。見ると点滴の袋を持っていた。その点滴の先は子供へ繋がっている。近くにはよく見る点滴をかけて歩けるタイプのものが転がっていてカラカラと音を響かせていた。
「雀上くん案外反応が鈍いね。あれが頭に落ちると危ないよ」
「え?あ、」
カラカラ響くそれを指差す架颯屋さんを見て、先程の大きな音があれを咄嗟に弾いた音だと気がつく。あの状態であれを弾いて点滴の袋をキャッチしたなら相当の反射神経じゃなかろうか。ん?ならその反射神経でこの子も優しくキャッチくらいできたのでは。
「待ってよー」
のわーんとした、気の抜けるような声が突如降ってきた。パタパタと音がして、子供が飛んだ場所に人が現れる。
「あれっ、スズカちゃん」
「あ、なっ、コハレ!」
白髪ののほほんとした雰囲気をまとった少年がそこにいた。




