階段で
「どういう状況?」
「こっちが聞きたいんだよそれは」
えーぇ?とコハレが小首を傾げて困った雰囲気を出す。数秒思案するとあ〜、と声を一つだし理解したよ〜、と間延びした声でそう返した。
時間がゆるゆると流れペースが崩される。横をちらりと見ると架颯屋さんが楽しそうにコハレを見ていた。見ようによっては美味しい餌を見つけた捕食者……は言い過ぎ。けれど爛々とした瞳がそれを思わせた。
「ちょっと、大丈夫か?あの?」
子供に目を向けそう言うが、何故だか微かに震えているように見える。あと、金髪の奥に赤く見えるそれに気づいて小首を傾げた。
「……なんで、いるんですかっ!!」
と、声が大きく響き衝撃が走る。聞き覚えのある声に喋り方、これは。
「おろしてください。触らないでこのくそバカッ!」
「えっなっ詩帆?!」
「キモいからそんながっしり掴まないでください」
「あばば、ちょ、おいこら人の体の上で暴れ、」
腹に強烈な痛み。冷静な怒りの篭った声に対し容赦なく暴れまくる。
「どぅっ!!」
踵で抉られるように刺さった。さっきの痛みの比ではない。
「はぁ……冗談じゃない!!コハレこれはどういう事ですか!」
側に降り立つと同時に、コハレに非難が飛ぶ。煩い。こんなに叫ぶ声を聞いたのは久しぶりでそれに対しても驚く。今日はなんなんだ。
「えー?ボクもわかんないけど、なんか緊急の用事だと思うなぁ」
「はぁ?緊急?」
「うんそれ以外はーわかんないなぁ。それにシホも急に来たよね」
と付け足し、煩かった声がなんとも非難しづらそうな唸り声に変わる。怖い。
お腹の痛みはまだ続くが、なんとか顔を上げた。
知人、いや一人は今日会ったばかりなのだが、自分しか共通点のない人間がこうも居ると気味が悪いし面倒くさい。
あと。
「……詩帆、」
「煩い!!名前を呼ぶなくそ愚弟が。私に長く会いに来なかったくせ、コハレには会いにきてたって知ってるんですよ」
「んなっ、えっと、それはーだなー」
「口、閉じてくれますかね。言い訳は無用ですよ」
「いやあの、ごめ、」
「はい?す、い、ま、せ、ん、?」
「す、すいません。…、とりあえずその姿にツッコミを入れさせてくれないか?」
「うぐ……ッ」
詩帆が被っていた金髪のカツラを指差す。このカツラによって詩帆だと気がつかなかった。
詩帆は乱れまくったカツラをひん剥き階段へと投げ捨て、出てきたのは赤く染まる綺麗な髪。頬が少しだけ赤く染まっているのが見えた。
「コハレ、詩帆と何してるんだよ……というか知り合いって知らなかったんだけど」
痛む体を労わりつつやっと立ち上がる。
「結構前からよく一緒にいたよ?言わなかったボク?」
「聞いてないな……」
「えぇ?じゃあ、今日わかってよかったね」
「……そうだな」
頭が痛いのは打ったせいではないだろう。
「ちょっーとごめんね、ひとついいかな」
「え?」
架颯屋さんが挙手をしていたのでどーぞと促す。他二人は今やっと誰なのかと気づいたようだ。
「そっちのコハレくんが君の友人で、そっちのちっちゃい子は、君の妹?」
「あっ!いや!」
静止しようも遅かった。
横目でチラリと見ると詩帆が小さい体をわなわなと震わせている。
「私は!!スズカの!姉です!!誰ですかあなたは!」
「わーわーわー詩帆ちょっと落ち着いて」
「煩い!喋りかけないでくれませんかうざいですよ」
「あ、あー……」
あまりの勢いにどうしようもなく黙る。沈静化を待つしか手立てはなく、その間架颯屋さんに被害が及ぶのは自明の理。
「で?!貴方は何ですか、名前くらい教えてもらっても?」
「えぇ?人に尋ねる時は自分が名乗ってからにしようよ詩帆ちゃん」
「名前を勝手に呼ばないでくれませんかこの不審者!」
「不審者は初めて言われ……うぅん言われたことある気もする……」
「ほんと一体誰。スズカと一緒に来てるみたいですし、というか一体スズカは何をしようとしてるんですか」
おっとぉこっちにきた。
「詩帆には、関係ない、かな」
「お前の名前を言ったけどお前に聞いてないんだよ黙ってくれますかスズカちゃん?」
「うっ」
小さい姉に頭が上がらない。威圧感は圧倒的に詩帆が大きい。
「そう、君らきょうだい、っておかしくない?」
と、ポンと手を打ち架颯屋さんが首を傾げてそういった。引っかかっていたのはそこらしい。
「髪の色があまりに違いすぎる」
「スズカと私は、義理のきょうだい、ですから。こっちはある程度の情報を開示してますよ、あなたも自己紹介をすべきでは?」
本当に誰か呼んでくるぞ、という雰囲気。それは大変困る。目だけで架颯屋さんに上手くやってくれと訴える。
はぁと一つため息をつくと、架颯屋さんは手に持っていた点滴袋を持ち上げた。
「助けてもらった人に対して、お礼も言えないのかな」
火に油を。
ほほぉ、なんだこの人。楽しそうに笑うな。
詩帆に顔を向けると、蒼白だった。そうだった、切れると詩帆はどんどん顔から表情や熱が消えていくタイプだ。両手は震え、ぎりりと歯を食いしばっているように見えた。爆発寸前だ。
「だいたい何を怒ってるの詩帆ちゃんは、雀上くんに対してさ。キャンキャン叫ばないでほしいな、恥ずかしいならそう言えばいい」
「な、ぁ、」
パクパクと口を閉じたり開けたり。蒼白な顔に少し赤みが差し、図星を突かれて何も言えないらしい。
ここに来て、タイミングが悪すぎたのだと気がついた。
基本詩帆はこんなにキャンキャンいう煩い奴ではない。コハレと何かがあり、走ってきて、ちょうどそこに、タイミング悪く登場してしまったのが愚弟に成り下がったぼくであったと。そして見られたら恥ずかしいという姿をうっかり愚弟の目に晒されてしまい、どこにぶつけたらいいのかわからないもどかしさで叫んでいたということ、だと思われる。いや実際に不満はあったのだろうがそれも一緒に爆発してしまったと。
「部屋に帰ります」
「えっ」
ぽそりと呟かれ驚く。
「スズカ、それ重いから下まで運んでください」
「え、あ、ああ」
いまだカラカラ鳴っていた点滴をかける狂気みたいなそれを持ち上げ立たせる。
架颯屋さんに袋を貰おうと近寄ろうとすると、詩帆がそれを遮り少しお辞儀。
「すいません、ありがとうございました」
「どーいたしましてー」
にこやかに笑う架颯屋さんが袋を手渡し、詩帆がこちらを向く。
そわぁ、と背筋が冷えた。あまりにも無表情であったがために。
袋を引っ掛け、階段下まで一緒に降りる。
「スズカ」
「は、はい」
思わず敬語。ただならぬ雰囲気に、体が変に強張った。
「あとで私の病室に寄っていくんですよね」
「えっ」
「ね?」
「はい」
喉から勝手に許可する言葉が降りた。ニコリと笑顔らしきものを見せると詩帆は赤髪を翻し、ぺたんぺたんと音を響かせながら去っていく。見送る背中は小さい。
詩帆が自動ドアを過ぎた所で後ろの階段に足をかける。
「詩帆ちゃんかわいいね!ついつい意地悪しすぎちゃったな」
そんな言葉が上から降ってきて、
「シホ怒ると周りが見えないからなぁ、すいません誰かさん」
「いいえー、誰かさんは怒ってないから大丈夫だよコハレくん」
「わー、それはよかったー」
ゆるい、場にあってない声が二つ響いた。
こいつら。ぼくの状況をわかってくれているのだろうか。




