表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/10

第6話 どう足掻いても一緒

 法具。

 それは、護法使いが怪異と戦うための武具だ。

 使い手の霊能力を増幅し、安定させ、戦闘を支援するための道具。刀や槍のような古典的な武器だけじゃない。数珠、護符、果ては経典に至るまで、霊力を通しやすい媒体なら、すべて『法具』となる。


 そして、そんな『法具』を作る職人にも階級がある。

 護法使いたちから〝三哲〟と呼ばれる特別な家系。

 刀剣を鍛える鍛冶師。法術を組み込む細工師。

 そして怪異を殺す武器を造る――天目家。


 僕の実家だ。


 天目家は代々、『法具』を作ってきた。

 僕の祖父が、今もそれを作っている。


「これを見て」


 柳が座卓に置いたのは、壊れた鉄扇だった。


「私が使ってる『法具』よ。昨夜の戦いでこの有り様。中骨がいくつか折れてる。親の部分にも罅が。あと一戦、持つかどうかも怪しい」


 そっと手に取る。

 見ただけでわかった。

 これは一級品だ。


 骨組みには霊銀が混ぜられている。表面には極小の法術刻印。開閉の動作に合わせ、霊力の流れを循環・圧縮する構造だ。


 おそらく細工師が刻印を施し、鍛冶師が芯材を打った特注品。

 そして、その全体を調律したのが――天目家の技術。


「僕が天目家の人間なのは、そうだ。否定しない」

「なら――」

「でも、僕は継ぐつもりがない」


 鉄扇から視線を上げた。


「家督を継ぐつもりがないから、『法具』も作ってない。材料の扱いや基礎は知ってる。でも、それだけだ。申し訳ないけど、力になれない」


 断った。はっきりと。


「残念だけど、他を当たってくれ」

「どうして」

「僕の霊能力は、危険なものだから」

「何かあったの」

「関係ないだろ」


 脳裏に、火花が散った。

 赤熱した鉄。焼けた匂い。悲鳴。

 無意識に、指先に力が入る。


「…………」


 柳は追及しなかった。ただ黙って僕を見ていた。

 その氷みたいな瞳が、ふと細められる。


「協力しないと、この街が危ない」


 暗転。再び土壁に映し出される映像。


「景縫の一族は厄介でね。祖先に "影鰐(かげわに)" っていう怪異がいて、彼らはその血を色濃く継いでいるの。だから、真澄も私と同じ半分怪異。けれど彼の瘴気は私と違って、他の怪異を凶暴化させてしまう」


 夜の商店街。怪異が通行人に忍び寄り、それを柳の氷が撃退した。


「このまま放置すれば、学校の七不思議も含め、街の怪異は凶暴になる。いまは私が夜に巡回してるけど、真墨の使い魔と並行して戦うのは無理。だから――」

「キミに『法具』を作れって?」

「それと私のそばにいて。霊力を補う役として」

「こ、の……ッ!」


 脅迫じみた前置きに一方的な要求。さすがの僕も頭にきた。


「僕の話を聞いてなかったのか!? もう何も作ってないんだよ! キミは物作りとかしたことないから分からないだろうな!? 一日でもサボれば、勘を取り戻すのに一週間かかる! 僕はもう十年も手を動かしてない! 今さら作ったって、出来るのは失敗作ばかりだ!」

「だったら、また鍛え直せばいい」

「そういう問題じゃない!」

「じゃあどういうこと」

「それは……ッ」


 答えられなかった。

 柳は、しばらく沈黙していた。

 それから、責めるような声で言う。


「止められるのに、見ないふりをするの?」


 映像には、怪異に襲われる住民たち。


「決闘は残り一週間。追い詰められた真墨は、近いうちに必ず本気を出してくる。当然、戦いは激化するし怪異も人を襲う。あなたの家族も友人も巻き込まれる」

「脅しかよ」


 気づいたら、立ち上がっていた。


「帰る」


 これ以上、ここにいたくない。

 そう思い、廊下に出ようとした。

 瞬間、僕は動けなくなった。


 まるで見えない糸で内臓を掴まれているみたいに、身体がこの場から離れることを拒絶していた。足が痙攣し、仰向けに倒れる。


「な、なんだ……ッ!?」

「"血の契約" よ」 


 倒れた僕を覗き込んでくる柳。その瞳は、妖しく光っていた。


「昨夜のキス、覚えてる? あのとき、あなたと契約したの。契約には二種類あって、ひとつは互いの力を共有する "同化" 。もうひとつは力ある者が相手を従わせる "従者" 。私が結んだのは後者よ」


 聞いたことがある。古くは坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)鈴鹿御前(すずかごぜん)の伝承のように、強大な敵を倒すために編み出された、人と怪異の間で交わされる秘術。


 血を媒介に、魂を繋ぐ。互いに力を融通し合い、ときには運命すら共に。

 けれど柳が結んだのは――怪異が人を飼うための禁呪。


「本来は対等な契約なのよ。人と怪異が協力するための。でも、」


 そっと僕の胸に触れる。


「"従者の契約" は別。格上が格下を縛る、一方的な支配」


 ぞわり、と背筋が粟立った。


「解除しろ……ッ!」

「嫌よ。あなた、逃げるもの」

「当たり前だ!」


 声が荒れる。

 実家も、法具も、護法使いも。ぜんぶ見ないふりをしてきた。

 もう関わりたくない。

 あんな力――二度と。

 だが柳は、僕の意思を無視するかのように嘲笑う。


「残念だけど、何もかも手遅れ」


 長い髪がさらりと揺れる。


「あなたはもう、私の奴隷」


 彼女が顔を近づけた。


「逃がさない。地獄の底まで、ずっと一緒♡」

「んむ――ッ!?」


 唇が重なった。

 瞬間、身体の底から熱が引き抜かれる。

 肺が潰れるような脱力感。視界が、白く霞む。


「ちゅ、る……」


 柳の舌が、熱を絡め取るように僕の霊力を吸い上げていく。

 妖艶で、冷たくて。どうしようもなく、恐ろしい。


「ふ……ん……っ!」


 引き剥がそうとするも、力の入らない腕では肩に触れるだけだ。

 その動きが気に入らなかったらしい。柳は「無駄よ」と小さく囁いて、より深く伸ばした舌で簒奪を再開する。


「はぁ……ちゅむ……ん」

「お……やっ、めぇ……」


 抗議の声を上げても唇で塞がれる。容赦ない征服。息すらまともにできない。

 苦しくなり、怒りで我を忘れそうになる。でも、なぜか心地よくなっていく。柳の冷たい感触で、怒りがすぐに溶ける。血の昇った頭が、静かになっていく。


 おかしい。

 なぜ、こんなにも僕は――


「ふむ……ぅん……」


 息も絶え絶えになった頃、やっと唇が離れた。


「はぁ……ふぅ……」


 見下ろす顔に、感情はない。でも、その目は濡れていた。

 月明かりに似た、冷たく静かな潤い。


「お願いよ」


 そんな瞳で、柳は吐息混じりに懇願してきた。


「私一人じゃ、限界が近い。あんな男に嫁ぎたくない。私は、私には、権利がある。好きな人くらい、自由に選ぶ権利が……っ!」


 言うにつれ、落ちてくる涙。


「だから――助けて」


 続きは、なかった。

 言葉は、そこで止まった。

 柳の唇が、わずかに引き結ばれる。変えられない現実に、悔しさを滲ませて。

 助けて、という言葉が、頭の中で反響した。


 昨夜の光景が蘇る。壁に叩きつけられ、膝をついて、それでも鉄扇を手放さなかった彼女。震える足で立ち上がり、果敢に鬼へと向かっていく姿。


 それを、ずっと一人でやってきたのか。

 それを、これからもやっていくのか。


「ひとつだけ、聞いてもいいか」

「……なに?」

「助けを求めたのは、僕が初めてか」


 間があった。

 やや、長い間があって。


「うん」


 静かな肯定。

 畳の上に倒れたまま、天井を見上げる。


 詰んでいる、というのは昨夜からわかっていた。血の契約がある。命の借りがある。盗撮、ストーカーの罪も。そして、いずれ迎えるだろう街の危機。


 でも、それとは別の何かが、胸の奥で動いていた。

 彼女を――柳夕麗を放ってはおけない。


「わかった」


 柳の目が瞬いた。


「けど、条件がある」

「言って」

「ぜんぶ終わったら、契約を解除しろ。キミとはそれで終わりだ」

「……わかった」

「あと、脅しもなしだ」

「二つに増えた」

「うるさい。約束しろ」

「ええ、約束する」


 身体の自由が戻ってきた。

 起き上がる。深呼吸する。


 柳は僕から離れ、湯呑みに手を伸ばした。茶を一口飲み、窓の外を見る。

 その横顔が、廊下で夕日を見ていた時と、少しだけ似ていた。


「よろしく、天目一くん」

「よろしく。柳夕麗さん」


 縁側の向こう、朝の庭に風が渡った。

 茶はすっかり、冷めきっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ