第1話 危険なリクエスト
「はい、ということでね。始まりました【突撃! 隣の都市伝説】~ッ!」
と、元気よくカメラに向かってご挨拶。画面に映る僕の狐面。
スマホの時刻は深夜零時過ぎ。配信アプリは正常に稼働中。
コメント欄のファンのたちも嬉しそうな反応だ。
:キタワァ!
:やってる~?
:キャー楽しみ☆
「ついに第四十九回ということで、今日も心霊スポットに突撃していくぞー!?」
:四十九ってやば
:忌み数字じゃね?
:終わりってことだよ
「あーやっぱそこ気になる? でも大丈夫。第十三回のときも乗り切ったから!」
登録者数十○万人。始まりはプラモデル制作の内容だったが、ある日の雑談で話した怪談が妙にウケて、あれよあれよとホラー路線に切り替わった僕の配信。
そこら辺のホラー配信者と違うのは一点だけ。
取り上げる怪談が、全部 "本物" だということ。
幽霊も妖怪も、この世界にはちゃんと存在する。そしてそれらが "視える" 僕は――本物の霊能力者だ。とはいえ、実力は下の下。視えるだけで戦えない。
だからこそ、危険度の選別だけは死に物狂いでやる。
怪異というのは、観測されると "縁" ができる。
見つかれば最後、向こうからやってくる。
それが弱い怪異なら、さほど大事には至らない。せいぜい霊障を患う程度だ。
が、たまにネットに転がっている怪談には、マジでヤバいやつが混じっている。
そういうのは持ち前の勘で、事前に調査から外している。
だけど稀に、いざ蓋を開けてみれば地獄なんて例外も。
なのに、僕は性懲りもなく――
「それじゃー行くよ。今回で最後となる超危険な心霊調査――」
また危険な調査に乗り出している。
「 "平坂高校の怪異・柳の下の幽霊少女" 。その謎を解き明かします!」
事の発端は一週間前。学校の昼休みに何気なく見たスマホ。
「ん? なんだこれ……」
メール欄に表示された『譟ウ縺ョ荳九?蟷ス髴雁ー大・ウ』という件名。
スパムだろうか。こう文字化けされては不信感を拭えない。
どうせ迷惑メールだろうと思い、そのままゴミ箱に送った。
瞬間。
――『譟ウ縺ョ荳九?蟷ス髴雁ー大・ウ』。
またもや新着に表示される文字化けメール。
「は?」
おいおい、昼間から怪奇現象? さすがの僕も呆れ果てた。
とはいえ、もしかしたら要望かもしれない。僕が運営するチャンネルは、よくファンからのリクエストを受ける。それは匿名で募集しており、冗談半分なのか、たまにチェーンメールを装って送られてくることも。
きっと今回も、その手の悪ノリで送ってきたのだろう。
まったく、憎めない演出をする。ここは乗ってやるか。
僕は画面をタップしてメールを開いた。
案の定、本分も文字化けしている。
こういうときこそ、文字化け翻訳サイトの出番だ。検索エンジンを利用して目的のサイトへGО。件名と本分を選択してペースト。いざ翻訳スイッチОN。
すると、表示されるメール内容――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
件名:柳の下の幽霊少女
本文:拝啓。【突撃! 隣の都市伝説】さま。
あなたにお願いしたいことがあります。
件名にもある怪談をご存じでしょうか。
是非、このネタを取り上げてほしいのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ちょっと待て」
僕は目を疑った。
「知ってるぞこれ」
うちの学校の怪談だ。
柳の下の幽霊少女。
それは僕が通う高校『夜霞市立朝霧高等学校』に伝わる有名な怪談だ。
草木も眠る丑三つ時。誰もいなくなったはずの学校で、髪の長い少女が夜な夜な校内を徘徊するという――まあ、どこにでもありそうな話だが、
これは真実である。
聡明な読者諸君なら、幽霊を指していると思われるだろう。
しかし、この幽霊少女は実在しており、学校の生徒なのだ。
柳夕麗。
朝霧高校普通科二年三組。出席番号三〇番。
黒髪ロングに切れ長の瞳。透き通るような白い肌。お菊人形を思わせる和風の美貌は、同じクラスの僕から見て、否、客観的に見ても絶世の美少女と断言できる。
だというのに。
彼女に近づいた生徒は、ほぼ例外なく不幸に見舞われる。
告白した男子が不登校になった。
話しかけた女子が事故に遭った。
放課後に尾行した連中が倒れた。
すべて、柳の木の下で起こった出来事。
そのうち、校内でこんな噂が広まった。
『柳の下には幽霊がいる』
『あの子と目を合わせると呪われる』
『街で会っても、絶対に話しかけるな』
……僕から言わせれば、彼らの判断は正しい。
触らぬ神に祟りなし。見習うべき危機察知能力だ。
もちろん僕は、柳夕麗が幽霊でないことは承知だ。彼女が柳家という霊能力者のなかでも、実力派の名家なのも。そして彼女の周囲で起きる不幸は、彼女に近づく怪異の "おすそ分け" であることも察している。
だから僕は、絶対に関わらないと決めていた。
ろくに戦えない僕が本職に近づくなんて、命がいくつあっても足りやしない。
なのに。
「…………」
スマホの画面を見つめたまま、僕は固まった。
昼休みの喧騒が遠い。購買のパンを半分食べかけたまま、もう片方の手でスマホを握り、僕は現実から切り離された気分で画面を確認する。
三百万円。
口座の残高が、三百万円増えている。
「は……」
声が出た。情けないくらい間抜けな声が。
見間違いかと思って目を細めてみたが、数字は変わらない。三百万は三百万だ。僕の貯金が急に世界一になったわけでも、スマホが壊れたわけでもない。
原因のメールを、もう一度開く。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
本文:――手段は問いません。
見事、今回の依頼を調査・考察していただければ報酬に
一千万円を支払います。まずは、先払いとして三百万。
完成すれば残りの七百万円を支払うことを約束します。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「正気かよ」
一千万だぞ、一千万!? 僕が配信で稼ぐ額の、ざっと何倍だ!?
そんな大金を、身元も明かさない依頼人が、口座番号すら教えていないのに振り込んできた!?
常識で考えれば、詐欺の類だ。
そう、常識で考えれば。
「……一千万……」
つぶやいた瞬間、僕の理性は盛大に音を立てて崩壊した。
その日から僕の調査は始まった。
もうネタは決まっているし、真相も知っている。あとはそれをどう視聴者に見せていくか、腕の見せ所だ。
手始めに同業者(ホラー動画やSNSを運営する個人)のネタを確認。
すると出てきた『柳の下の幽霊少女』。怪談の記事が表示された。
やはり、どの投稿も触れているのは表面だけ。真実には辿り着いてない。
すでに真相を知っている優越感と、大金が約束された将来にほくそ笑みながら、僕は彼らの記事を参考に執筆を開始、勢いで書き進めていく。
脚本は一日で完成した。全部で四回分。会心の出来だ。
さっそくSNSで告知をする。とたんに歓迎される僕の投稿。
ああ、言ってしまった。しかし発表したからには、やるしかない。




