5話
「危険指定魔人ランクSはなかなかいない。過去の歴史からして上位30名くらい」
その言葉を聞いた瞬間、数字の重さよりも“現実味のなさ”が先に来た。
30名。世界に30人しかいないのか、それとも記録上の話なのかすら曖昧だ。
「1965年から1970年の間に18名を当時の我が組織が討伐しているから今はかなり減っているけどね」
「5年で18人…?」
思わず口から漏れる。
それはもう異常だ。事件でも事故でもなく、明確に“戦争”の数字だ。
人間同士ではないにしても、そんな規模で魔人が動いていた時代があったという事実が重い。
「ランクSは危険度上位2番目。君は魔人としての素質があるが制御できれば人間として生きる道もある。でも問題はそこじゃない」
問題はそこじゃない。
その一言だけが妙に引っかかった。
俺自身の存在より、もっと大きな問題が存在しているという意味だ。
視界が少しだけ狭くなる感覚。
情報が多すぎて処理しきれない。
母さん、あの男、“深淵協会”、対魔人組織。
点が多すぎるのに、全部同じ方向に引っ張られている気がする。
「君の父親は数日前に会社を退職している。偶然ではなく計画的な可能性が高い。ただ理由は不明だ」
父さんも関係している。
その言葉が一番現実を壊した。
普通の家庭だと思っていた。
少なくとも俺にとっては、それだけが唯一の“前提”だった。
それが今、根本から崩れている。
「君に才能がある可能性は高い。だから誘拐未遂も説明はつく。ただし手段が荒すぎる」
才能。
その単語は救いじゃない。
この世界では危険のラベルだ。
沈黙が落ちたあと、俺は最も聞きたくない問いを口にした。
「母さんは何者なんですか」
女性の表情がわずかに固まる。
ほんの一瞬の変化だが、それだけで答えの重さが分かる。
「深淵協会。魔人の組織だ。1951年に体系化された国家規模の敵対組織。人間社会に潜伏しながら活動している」
魔人の組織。
その言葉は現実感がないのに、異様に具体的だった。
「魔人は寿命が長い個体もいる。老化が遅い者も多い。創設時から生きている個体も存在する」
つまり人間とは違う理屈で存在している。
進化でも異常でもなく、“別の生物体系”だ。
「つまり犯罪組織ってことですか」
「単純に言えばそうだ。ただし規模は国家級だ」
国家級の犯罪組織。
その言葉が一番現実的に聞こえてしまうのが最悪だった。
「なんで世間に出てないんですか」
女性は少しだけ目を伏せた。
「政治家や行政にも魔人がいる。情報を出せば人質や内部崩壊が起きる。それに無関係の魔人まで巻き込む可能性がある」
つまり完全な情報封鎖。
正しい。
正しいからこそ救いがない。
「じゃあ俺はどうなるんですか」
「現時点では処分ではなく特別観察」
「観察…?」
「未成年であることと能力未発現だからだ。危険性はあるが確定ではない」
監視対象。
それは処分よりは軽くて、自由より重い。
「これからどうすればいいんですか」
「それは後日だね。私は権限が低い」
結局、その場では何も決まらなかった。
ただ保留だけが積み重なっていく。
その後、俺は仮の住居に移された。
そこは一見普通の部屋だったが、監視装置が常に稼働していた。
窓の外には普通の街が見えるのに、自分だけがそこに属していない。
そんな感覚が続いた。
時間だけが無機質に流れていく。
__
そして2034年10月。
あの日から7年が経っていた。
俺は22歳になっていた。
身長も体格も平均的で、見た目だけなら普通の人間だ。
だが中身は違う。
常に監視される生活は自由とはほど遠かった。
大学は卒業し、その後公安警察を経由して対魔人組織に所属した。
理由は単純だった。
両親に会うため。
そして監視されるなら、いっそ内部に入った方が動きやすいと判断したからだ。
対魔人組織の存在は一般にはほとんど知られていない。
公安内部でもごく一部の人間しかアクセスできない情報だ。
その組織に入れた理由は一つだけ。
俺が“危険指定魔人ランクS”として登録されていたからだ。
危険だからこそ中に入れる。
それは皮肉であり、同時に現実だった。
「これからどうなるやら…」
空を見上げる。
7年前と同じように、答えはまだない。
ただ違うのは、もう“選択できる人生”ではないということだ。
俺はまだ知らない。
この先が救いではなく、最初から決まっていたルートの延長だということを。
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6話は明日7時半に投稿予定です
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