友として
《先日、京王大学で起こった火事ですが、原因不明だった出火元がコンセントからによるものだったことが分かりました。この件に関して京王大学理事長は───》
────例の件から数日。
スマートフォンのネットニュースを見て、夏は頬を引き攣らせる。
画面に映るニュース番組は先日の録画だ。
アナウンサーの顔の横に表示されているのは間違いなく自分が通っている大学の外観で、隣を歩く真も複雑そうな顔をしている。
そんな彼の気持ちも代弁するように、傍らの水姫を睨みつけた。
「お前、何かしたな」
「……」
「聞こえないフリすんな」
水姫はにっこりと微笑むだけで黙秘を貫く。
しかし夏は知っている。こういう顔をする時は大抵“何か”をした証拠だ。
先日のボヤ事件でテレビ局が来ていたのは知っている。しかし、これが神様による事件だということを知らない一般人からすれば、出火元が不明なのは理論的に謎を産む。
当然、専門家を出しての大騒ぎとなった。
《──それにしても、コンセントからの出火にしては大規模でしたね。教室丸々焼けていたんでしょう?》
《他の教室に引火しなかったことは奇跡と言えるでしょうね》
《生徒達は皆無事だったのは幸いですが、誰一人無傷だったのは不思議です》
夏と真は色を失いながらそのニュースを見る。
この件、中々に大変だった。特に夏は。
何せ、授業を受けていた生徒の中で自分だけ意識があったのだから。
状況説明を求められたり記者からインタビューされたり……本当に大変だった。
真は真で犯人の相方ということもあり、罪悪感に苛まれたし、お互い、今回の件に関しては当事者であるため、あの一件以降落ち着かない毎日を過ごした。
「なあ、頼むからもう余計なことしないでくれよ……」
「多少弄って物理的証拠を残しておけば、この件は早々に沈下するでしょう? これ以上騒がれても夏様たちが困るだけですわ」
「そりゃそうだけど……。で、マジで何したの?」
「それより雨宮様、阿須波様は一緒ではないのですか?」
「話聞けよ!」
真は二人の漫才染みたやり取りに苦笑しながら「阿須波は基本自由行動なんです」と水姫の疑問の答えを口にする。
それに反応したのは夏だ。
「自由行動って……神憑のひとり歩きは危ないんじゃないのか?」
「確かにそうだけど、俺の場合は神力で小神が召喚るから」
阿須波神は地の守護神。
土地を守護することに長け、小神を召喚し傀儡として操ることが出来る神力を持つ。
そんな阿須波神の神力が身体に宿っている真は、同じようにその神力を使えるのだという。
つまり、“ひとり歩き”にはならない。
「便利な神力だな…。プライベートがあるってだけでかなり羨ましいよ…」
「いやいや、夏こそ凄いよ!」
前のめりになる真に身を引く夏。
「人を治療したり、神様を沈下させたり。そんな神力があるって知らなかったから、驚いたよ」
水神の水ってすごいんだね、と真が屈託の無い表情で笑うので、呆気に取られた夏は間もなく照れ臭そうに笑った。
以前のように曇った表情はなく、落ち着いた雰囲気の真に、夏は安堵していた。
バイトも大学も同じで接点も多い。あの日以降、このまま確執が産まれたらどうしようとは思っていたが……今は無事、こうして普通に話せている。
自分を責め、俺を避けることで距離をおこうとする真に何度もめげずに声をかけた成果だ。
……阿須波神に頼まれたという理由もあるが、何より、自分の意思で。
真のしたことは間違っているかもしれない。だがそれは、やはり人間側に選択肢がないことが原因だと夏は思う。
神憑はどうあっても神様の言いなりだ。
──今もきっと、どこかで苦しんでいる人がいるのだろう。
「……遣る瀬無い」
「え?」
首を傾げる真になんでもないと苦笑する。
大学の門を過ぎたところで、「じゃあね」と真が手を振る。学部が違う真とはここで別れなくてはならない。
「真、午後も講義入れてんの?」
「え、うん」
「せっかくだから昼飯一緒に食べよう。この間食べれなかったしさ」
「えっ…」
真の動きが固まる。
何度か瞬きをして、返ってきたのは「……いいの?」という自信なさげな声で。
夏は吹き出すように笑った。
「いいのって、こっちが誘ってんのに」
「でも……俺……」
真の眉が下がっていく。
真が内心どれほどの葛藤をしてるかなんてわからない。だが、その一歩を踏み留まるほどに、彼の中であの件の罪悪感は溜まっているのだ。元々が優しいやつだから、尚更。
夏はそれを理解しているからこそ、“素”の言葉で語りかけた。
「確かに、騙されたのは悲しかったよ。下手したら死んでたかもしんないしなー、授業も遅れるところだったし」
「うっ…」
「火事の件だって、正直まだ怒ってる。関係ない人まで巻き込んで、最悪そいつら全員死んでかもしれないんだ。……ほんと、お前らには散々な目にあったわ」
どんどんと凹んでいく真を見て、夏は悪戯が成功した子供のように笑った。
申し訳ないとは思うが、ここで『全然気にしてない』とでも言えば、それは外面の俺だ。
まずは自分がどう思ったかを伝えて
そして──
「でも、一旦忘れないか?」
「…え?」
顔を上げた真としっかり視線を合わせて、夏は頷いた。
「嫌なこと全部。俺たちさ、同じ大学で、同じ歳で、同じ神憑で、バイト先まで同じなんだ。……割りと接点多いと思うけど?」
「………っ…」
「俺は好きなことして生きていくって決めてるんだ。だから今は、面倒なこと全部忘れて、俺、お前と友達になりたいんだけど…」
──友達にならない?
夏のその言葉に真は目頭を熱くしながら、間もなくゆっくりとその手を取った。
夏って変な人だね、と言いながら。
普段なら否定するであろう夏だが、今だけは至極満足そうだった。
水姫は、そんな二人を愛おしい存在を見る目で見つめていた。




