残酷
小柄ながらに様々な外見を持つ小神たち。だが、小さいとはいえこれだけ集まると圧倒的だ。
「あちきの欠点は貴方の欠点でもあるわ。固有の力を持つ者は、その柵から一生出ることはできない。でも、固有の力を持たぬ者は───様々なモノを手に入れることができる」
ケタケタと笑う子供の声が耳障りだ。
『マダー?』
『ヤッチャッテイイノー?』
『キャハハハ!』
人を小馬鹿にするようなその声は四方八方から飛んできて、水姫は守るように着物の袖を夏の前に出す。
じりじりと後退るが、背後にも逃げ場はない。
「あちきの加護はどんな弱小神でも力を増量させ、干渉することで操ることができる!さあ行きなさい、小神ちゃんたち!」
その言葉を合図に飛びかかってくる小神たちに、夏と水姫は身を引いた。
神格の高い水姫は、操られていると言っても小神では霊力による圧で勝てない為、軽々と小神たちを先程のシャボン玉に収めていく。
しかし夏は違う。
水姫の神力を預かっているとはいえ、身体は生身の人間だ。戦う術といえば、地面に落ちている鉄パイプを振り回すくらいだ。
「なんなんだよこいつらっ……うわっ!」
「夏様!」
ひと振りすれば、反動で隙ができる。
そんな隙を狙ってかまいたちを打ち込んでくるのは風属性の小神だった。
水姫が直ぐに対処するが、とにかく数の多いそれに太刀打ちが利かない。
水姫と夏は背中を合わせた。
「やばいだろ、これ……!」
「夏様、相談があります」
「っなんだよ、こんな時に」
「私が時間を作りますので、夏様は阿須波様を捕らえてください」
「え!?」
驚愕のことを言われて振り返る夏だったが、水姫に怒られて直ぐに元の体勢に戻される。
「私の神力で雨霧を発生させます。……ですが、それをすればきっと私はもう使い物になりません。なので、一発勝負です。夏様が確実に仕留めてください」
「ど、どうすればいいんだよ。俺だってこの間ようやく神力が使えるようになったばかりなんだぞ?」
「大丈夫。阿須波様は守護に長けていれど攻撃する術はありません。これだけの小神を召喚し操っているのです、平然としていますが、既に神力は底を尽きる頃」
「!」
そうだ。憑き神の神力は、通常の三割……
「そういうことです。傀儡を操る行為は、繊細な技術が必要です。今の阿須波様の背後は隙ありと言ってもいいでしょう」
水姫の説得力のある説明を受け、夏ははっきりと頷くと「……わかった。でも、具体的にはどうすれば?」と阿須波神を見上げる。
あそこに行くには廃工場内部の階段を上がらなくてはならない。
水姫の残りの神力を考えれば、そんなに時間はないだろうし、一発勝負になるに違いない。
「そこは大丈夫。こうなると思って、しっかり夏様のご自宅から持ってきていますわ」
「……は? 自宅から?」
「お話は後程」
水姫はすっと両手を掲げる。
その足元からは水が弾け、神力の多大な解放が周囲へも伝わる。
夏は半信半疑だった。
こいつが水神であることは最早疑わないが、本当に雨などを降らせることは可能なのかと。
しかし、そんな心配を杞憂で終わる。
どこからともなく集まってくる雨雲を夏は目を皿のようにして見ていた。やがて、ぽつりぽつりと落ちてくる繊細な雨も、また。
───サァーーーーー…………。
細かい雨が地面に色をつける。
『ナンダ!?』
『チカラデナイー!』
『スイジンメーー!』
小神たちの声が周囲から聞こえるが、雨は霧のように辺りをぼやかす。
小神たちの力が出ないということは、水姫の水の“沈静”の効果が効いているのだろうと夏は安堵の息をついた。
「夏様、今のうちにこれをお持ちください」
「! これ……」
「今回に至っては、ご実家が神社で助かりましたわ。──さあ、今のうちに」
私も、そう長くは持ちません。
水姫はそう言って夏の背を押した。
夏は走る。
辺りの霧が強くて視界がはっきりしないが、水姫は神力が身体に宿っているおかげか、“人間”としての視力は使えないが、“水神”としての空間認識能力は働く。
なんて便利な身体なのだろうと、夏は初めてこの身体を誉めた。
階段を駆け上がって、屋上に出る。
膝をついている阿須波神の背が見えてきて、夏は影に身を潜めながら手に持っているものを再確認する。
───注連縄。
神の動きを封じる神具で、自宅にあった水姫用のお縄だ。
見るのも嫌だと言っていたのに、このためにわざわざ隠し持って来たのかと思うと夏は苦笑した。
少しずつ霧が晴れ始めた。急がないと。
夏は忍び足で阿須波神の背後を取る。
水姫の雨により力が上手く入らないその身体を、夏は──
「!!?」
「っ…動くな!」
「離しなさい!くぁっ!」
腹から腰、腕を注連縄でしっかり結ぶ。
身体を揺らし暴れる阿須波神だったが、やがて霧が晴れる頃、鮮明になった下には小神はいなかった。召喚術も傀儡術も解けたらしい。
夏は改めて注連縄の効果を思い知った。
これは、使える……。
「夏様!」
「うわっ、水姫!」
浮遊してこちらへ飛び込んでくる水姫を抱き留める。
振り返ると、そこにはこちらを睨みつけている阿須波神がいて。
水姫の視線は再度厳しくなる。
「……注連縄とは、卑怯な道具を持ってるじゃない」
「卑怯ではありません。戦法です」
「はっ、どうだか……」
「お喋りはよしましょう、阿須波様。郷に入っては郷に従え……まずは神界に則ったやり方で貴方を裁きます」
「……裁く?」
真の顔色がサッと変わる。
しかし、既に諦めた様子の阿須波神は抵抗を見せず鼻で笑った。
「勝手になさいよ」
「───そうですか。では、」
「阿須波に近づくな…!!」
その時だった。
夏と水姫の背後から勢いよく駆けてきたのは真で、その覚束無い足で躓きながら阿須波の前で両手を広げる。
目を丸くする阿須波の前で、真は必死にこちらを警戒して見せた。
「マコ……」
「近づくな! 阿須波に近づいたら、俺が絶対に許さない……!」
夏は愕然として言葉が出ない。
こんなに鋭い目で、こんなに声を荒らげる奴だとは思わなかったからだ。
こんな姿、初めて見る。
それは阿須波神も同じなのだろう。その表情が物語っていた。
しかし、そんな言葉に水姫は残酷な眼を返す。
「許さない、と仰いましたね。私とて同じです。貴方方は何も知らない夏様を騙し、危害を加えようとした。許されることではありません」
「……っ、それは、」
「特に貴方は、夏様を深く傷つけた。夏様は貴方のことを、無二の友になれるかもと仰っていたのに……」
水姫の言葉に真は夏を凝視する。
そして、少しずつその顔をぐしゃぐしゃに歪ませた。
目元に滲む涙はこれまでの後悔を示すようで、がくりと膝を折ると落とした涙で地面を染める。
「俺は……俺はもう嫌だ。こんな怖い戦いも、選択できずにいる中途半端な生き方も、阿須波が傷つくのも…っ」
「!」
真の“本当”の言葉だった。
いつだって人の言いなりで、一度だって自分の言葉を発したことがない真の──自分の言葉。
「もうこんなのやめよう、阿須波。俺、頑張るから。怖いしわけわかんないし逃げたいけど、でも、それ以上に俺は阿須波が大事なんだ。生きている間に、精一杯恩返しがしたいんだよ」
「……マコ……」
「だから、俺なりに頑張って出雲に行く。……頑張るから。だから、本当はやりたくないやり方で平気なふりをするのはやめてくれ」
「!」
俺の為に、一人で“残酷”になろうとしないで───。
真はそう言って阿須波神の前で頭を下げた。
……ぽたり。ぽたり。
涙が落ちていく。
阿須波神は染まっていく地面を一頻り眺めて、そっとその頭を撫でた。
ゆっくり、何度も。
「………いつの間に、そんなに立派になっちゃったのよ」
あちきは一度だって、そんなこと言ってないでしょう?
阿須波神の力無い言葉に、真は「……何年一緒にいるんだよ」とだけ呟いた。




