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現し世の鑑  作者: 葵日野
第三章:阿須波神
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阿須波神




翌朝、目が覚めると水姫の姿はなかった。

どこに行ったのかと家の中を探しては見たもののどこにもその姿はなく、夏は苛立ちを隠せずにいた。


(なんだよ。昨日は散々神憑の一人歩きがどうのって説教してきたくせに……)


部屋に戻ると、寝ている大佐の首輪に何かが結ばれていることに気づいた。

おみくじを結んだようなそれを解くと、中はその水姫からの手紙のようで。


“本日は別行動に致しましょう。お友達との交流を邪魔しないよう、最大限の配慮ですわ”


……なんて押付けがましい手紙だろうかと夏は頬を引き攣らせて手紙を握り潰した。

だが、確かに邪魔されたくはないし、助かるかと言われたら助かるのが本音だ。

ここ最近は水姫が近くのいるのを気にして友人とまともに喋れずにいたし、誘いも全て断っていた。

きっと水姫はそれに気づいてくれたのだなと夏は内心感謝しながら、駅までの道を急ぐ。

どうやら真の最寄り駅と自分がいつも使っている駅は同じらしいので、待ち合わせはそこにしてある。お互い入れている講義が午後からの為、一緒に昼食を摂る約束もした。

全て真からコンタクトを取ってきたので驚いたが、なんとなく彼とは仲良くなれる気がしているため、夏は今日が楽しみだった。


「マコ!」

「!」


駅前で直立していた真に声を掛ける。

それだけで肩がぴょんっと跳ねる真を見ると尚思うが、やはり昨日の積極性は顔の見えないやり取り限定なのだろう。


「お、はよう……夏くん」

「夏でいいって。同い年なんだし」

「……夏」


大学まではひと駅で着く。

タイミング良く来た電車に乗って、その間他愛のない話をしたりして。

他愛のない話って言っても、お互いの自己紹介のようなものだ。俺は医学部、真は経済学部。俺は実家が神社で、真は食堂。何が好きで何が嫌いかなんて話もした。

話してみて思ったことがある。

真は挙動不審なところがなければすごく喋りやすい。

穏やかに笑うし、気遣いも出来るし……。

水姫の言ってたことを鵜呑みにする訳じゃないが、“素”の方が良いというのは分かる気がする。

気が合うとはこういうことなのか、夏は割りといつも通りに接せられた気がした。

駅に着くと、夏はいつも通り大学へ向かおうと、いつもと同じ出口へ足を踏み出した───が、ぐいっと後ろに引かれる。


「…マコ?」

「…………」

「……おい、どうしたんだよ?」


下を向いたまま動かない真を訝しがって夏はその顔を覗き込むが、はっと我に返ったのか、「な、なんでもない」と慌てて笑顔を作る真。


「こっちの方が近道なんだ。夏にだけ教えてあげるから、着いてきて」

「え、近道?」

「うん。こっち」


言われるままについて行くのは、いつも出る出口とは反対側だった。

普段出ない道に出て、賑やかな表側とは違う静かな様子の街を夏は興味深そうに見渡す。

自宅がギリギリ都内から外れたところにある自分は、普段から大学に行く以外の目的で街を歩かない。つまり、不慣れだ。

こんな時、傍に水姫がいてくれたらと虫のいいことを思う。

真は前にいてくれるが、初めて出る道で人気の無い場所……ビビりにはちょっと刺激が強すぎる。


「エッ」


今度は路地に入っていった真に夏は一度足を止める。

…だが、こんな怖いところに一人置いていかれるのも嫌だった夏は、致し方なく追いかける。

こんな所都内にあったのかと益々不安になるが、真が先程から無口だし、この辺りに詳しくない自分はついて行くしか無い。

やがて、路地を通り抜けると、開けたところへ出る。

やっと大学に着いたのかと夏は辺りを見渡すが、よく見ればそこは既に使われてない廃工場で。

重苦しい雰囲気のその場に夏は言葉を失う。


「おい、マコ、ここって…」

「ごめん」

「は?」

「ごめん……夏……」


俯いていた真が顔を上げる。

その表情は酷く歪んでいて、今にも泣きそうな真に夏が身を乗り出したその時。

───ガタンッ。

頭上から妙な音がした。

ふと上を向けばケタケタと人を馬鹿にするような子供の声が聞こえた。

同時に降り掛かってくる影は──大量の鉄パイプだ。

ガラガラとけたたましい音を立てて落ちてくるそれが、スローモーションのように見える。

身体が動かなかった。

やばいと思った時にはもう遅くて、夏は覚悟を決めるように慌ててその目を瞑ったのだった。


「…………?」


───が、いつまで経っても痛みは来ない。


薄らと目を開けると、視界に映ったのは見慣れた水のような長い髪だった。


「……水、姫……?」

「お怪我はありませんか、夏様」


見下ろせば、水姫の前で鉄パイプ転がっている。

これだけの物が直撃していたら間違いなく死んでいただろう。

しかし、何故自分が無事なのかわからない夏は「おい、どういうことだよ!」と一向にこちらを向かない水姫の背を揺すった。


「ずっとつけさせていただいていました」

「つけてたって、何で…」

「あの喫茶店、霊力を感じると言いましたよね。夏様は杞憂だと仰いましたが……念の為、今朝確認に行ったんです」

「は……?」

「ずっと感じていた筈の“神憑”の霊力。何故か、今日は感じませんでした。あの日あの店にいた三人のうち二人がいましたが、それで感じないとなると、答えはひとつ───」


水姫の視線の先は腰を抜かしたらしい真の姿。顔が真っ青だ。

慌てて駆け寄ろうとすれば、水姫に止められた。


「其処な者! 神憑ですね」

「ひ…っ」

「我が宿主に手を出したこと、無かったことには出来ませんよ」


真が小さな悲鳴を上げる傍ら、夏は水姫の言葉を飲み込むのに時間がかかっていた。


マコが……神憑?


手を出したって…。


答えが欲しくて目の前の真を見れば、しっかりと視線が重なる。

その目は揺れていて、真の心情を物語るようだった。


「……マコ?」

「っ……夏、俺……」


真の顔が歪み、夏は言葉を失う。

先程のパイプ……まさか。


「「「キャ~~!」」」


次の瞬間、今度は頭上から子供の悲鳴が聞こえてくる。

水姫が挙げた手の先から、シャボン玉のようなものに入った小神が降りてくる。


「ツカマッタ!」

「バレタ、バレタ!」

「ヒエェ~!」

「……こいつら……」


まだ目の前の状況についていけていない夏が愕然とするそんな中、どこからともなく聞こえてくるのは「あ~あ…」と言う高い声だった。

背後からだ。

夏と水姫は勢いよく振り返る。

その視線の先で後光を受ける存在に、自然と息を呑んだ。


「バレちゃった。マコ……貴方本当に鈍臭いわねぇ。駄目よ、もうちょっと上手くやってくれなきゃ。あちきの計画が台無しじゃない」

「……貴方は、」


()(きん)箍児(こじ)のような頭輪を装着した赤い髪を靡かせ、上から見下ろしてくるのは妖艶な女性だった。

大胆にも肩や胸元が開いた花魁(おいらん)のような和服に身を包み、クスクスと笑うその唇には赤い紅が塗られ、それが怪しさを引き立てる。


「はあい、水分。何年ぶりかしら。元気にしてた?」

「……阿須波あすは様」


名を口にした水姫に夏は説明を求めるようにその顔を見上げる。

水姫はすぐさま順応して頷くと、視線はそのままに口を開いた。


「この方は阿須波神(あすはのかみ)。かつて、古代の宮廷を守護する為に祀られたと言われる五柱ごはしら──総称・座摩大神(いかすりのかみ)のうちの一柱(ひとはしら)です。現在は大阪の坐摩神社(いかすりじんじゃ)を拠点とし、“守護神”として名高い女神ですわ」


説明を受けてもさっぱりだが、とりあえず神様だということは分かった夏は警戒を強める。


「どういうおつもりですか、阿須波様。先程の物言いでは、故意に夏様を攻撃したように思えます」

「あら、敏いのね。でも、そんな遠まわしな言い方をしなくても、貴方はわかっているでしょう? “わざと”だって」


面白そうに口角を上げた阿須波神は人差し指をくいっと曲げる。

すると、妙な音を立ててこちらに向かってくるのは無数の小さな火の玉で、水姫はとっさに夏の肩を引き寄せ自らの水で弾き返す。


「お、おい、阿須波…!」


まさか直接的に攻撃するとは思っていなかったのか、真は声を上げる。

しかし阿須波神からの応えは返ってこない。

水姫は深いため息をつくと、鋭い目付きで阿須波神を見上げる。

夏に危害を加えようとしていることが確定したのだ。黙っていられる局面ではない。


「阿須波神。私とて、宿主の命がかかるのなら容赦はしません」

「へぇ?」

「ですが、貴方はあくまでも地の守り神。守護に長けてはいれど、私のように森羅万象を司る神ではない…この意味がお分かりですか?」

「……」


阿須波神はふっと笑うと、「浅はかな所は相変わらずよねぇ」と腕を組んだ。


「…そう言えば、先日のボヤ騒ぎ大変だったわねぇ」

「!」

「あんな火…どこから沸いたのかしら。不思議ねえ」


水姫と夏は目を見開く。

先程の火にしても、この間の小神による火事にしても。そして、先程捕まえた小神たちにしても。

まさか、と夏の握り拳に力が篭っていく。

そんなこちらの反応が満足だったのか、阿須波神はくつくつと笑いながら、俯き様に長い睫毛で頬に影を作った。


「確かにそうよ、水分」

「阿須波様……!!」

「あちきは固有の力を持たない、護ることしか取り柄のない地の神よ。でもね」


──残念ながら、守ってばかりじゃないの。


その言葉とパチンと鳴らした指を合図に、自分たちを囲むように集まってきたのは小神たちだった。



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