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現し世の鑑  作者: 葵日野
第三章:阿須波神
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素の自分




午前中三時間のアルバイトを終えて、昼に合わせて天照を出た。昔のバイト経験が幸を為したのか、初日にしては割と働けたほうだと思う。

時計を見て、帰ってからは不足分の勉強をしっかりしなくちゃならないなと夏はバス停までの道を急いだ。


「夏様、お疲れ様ですー!」

「うわあ!!」


背後から急に抱きつかれて悲鳴を上げる夏だが、すぐに口を抑える。

街中なのに、またこいつは……!

文句を言ってやりたくて、先日編み出した秘技を使うことにする。

夏は素早くスマートフォンを耳に当てた。

“秘技・通話中”である。


「お前~! どこ行ってたんだよ!」

「お散歩ですわ。これでも邪魔をしないようにと気を使ったのですよ?」

「家にいろって言った俺の意見はどうなるんだよ」

「もう……何度も言ったじゃありませんか。目を離した隙に何が起こるか分からないのです。この間だって、私が近くにいたから全員治療出来たようなものですわ。夏様一人じゃ神力の使い方などわからないでしょう?」

「ぐ……そうだけど……」

「それに、神憑の独り歩きなど襲ってくれと言っているようなものです。彼の月彦様のお言葉を思い出してくださいませ。宿主に何かあった時、守れるのは憑き神だけなのですよ」

「ぐぬぅ……」

「わかったら文句を言わないでください」


まったくもう、困った宿主ですわ!

そう頬を膨らませる水姫に夏は何となく悔しさを滲ませる。最近、こいつに正論で論破されることが増えてきた。


「それより、アルバイト初日はどうでした? やっていけそうですの?」

「…ああ、割といい所だったよ。店長は変だけど優しいし、あと、学部は違うけど同じ大学の奴もいた」

「まあ!お友達になれそうですか?」

「うーん……」


数刻前までのことを思い出して夏は顎を撫でる。


「わかんない。すっごい人見知りでさ。慣れれば普通らしいんだけど、俺と喋る時は基本ずっとビクビクしてた」

「まあ……夏様よりも人見知りとなると、珍しいお方ですわね」

「……俺を極度の人見知りみたいに言うなよ」

「違うのですか?」

「違う。俺は外面でカバー出来てるからいいの」

「それ外面の仮面を被ったただの人見知りでは?」

「っうるさい!」


丁度バス停に着くと、耳に当てていたスマートフォンがブブッと鳴る。

人気がないことを確認すると、耳から離して画面をタップする。


「あ、丁度そいつからだ」

「連絡先を交換したのですね」

「えーっと……明日一緒に大学いかない?だって」

「え?」


水姫が目をぱちくりとさせて首を傾げるが、夏も同じ心境だった。

まさか、こう来るとは思っていなかった。

それもそのはず、極度の人見知りが知り合って一日の相手を自分から誘うなんてこと、人見知りの界隈では有り得ない話だ。

だが、メールやネットツールなどで急に積極的になるというのは人見知りやコミュ障の代名詞でもある。

友達が多そうな感じでもなかったし、割と勇気を振り絞ってくれた感じなのかなと夏は疑いもせずすぐに了承の返事をした。

そんな、少し浮き足立った夏の様子に気づいたのか、水姫はクスリと笑って「嬉しそうですね、夏様」と顔を覗き込む。


「…うん、まあ。俺猫っかぶりだし、あんまり自分から友達作れるタイプじゃないからさ。ちょっと嬉しい」

「今まではおひとり様でしたものね」

「友達いないみたいに言うなよっ!」


多くないだけだっつの、と夏はむくれる。

だが、水姫からすればそれすら疑問だった。これだけ素直で人思いの宿主だ。素でも充分魅力的だと思うが……。


「前々から気になってはいたのですが、何故人前でかっこつける必要があるのです?」

「かっこつけてるわけじゃねぇよ…」

「でも、素の方が素敵だと思うのですが……」


水姫があまりにも真っ直ぐ見つめてくるので、夏はぐっと言いたい文句を飲み込むと、空を仰いで頭を掻いた。

理由かと言われれば違う気もするが、答えられる答えと言ったらひとつしかない。


「…昔からの癖みたいなもんかなぁ」

「癖、ですか?」

「赤ん坊の頃があんなだったから、親が凄い心配性でさ。ちょっと転ぼうもんなら病院連れていくの大騒ぎで、普通に寝てる時でも定期的に呼吸確認されたりさ。とにかく、過保護だったんだよ」


心配してくれるのは嬉しいが、子供の頃の夏はそれがストレスだった。

何をするのでも制限されたり、元気なのに病院に連れていかれたことも、外出禁止になったこともあった。

元々母親が心配性だったのもあって、例の一件がそれに拍車をかけたようなものなのだけど……とにかく、俺は愛されて育った。いっそ煩わしいくらいに。


「だから、気づけば見栄を張ることが当たり前になってたって言うか。素直で聞き分けがよくて落ち着きのある風を装って、あんまり外で走り回ったりするよりも家の中で勉強するようにしたりして…。そんなふうに、普段から親に心配をかけない選択をしてたら、少しずつ親の過保護が落ち着いてきてさ」


水姫はなんとも言えない気持ちになる。

そんな複雑な事情を夏があまりにも平然と話すからだ。


「……でも、本当は外で思いっきり遊びたかったのではありませんか?」

「うん。遊びたかっただろうな。…でも心配する親の気持ちもわかるから、後悔はしてないんだ。俺は思わぬ形であの奇跡のタネを知ったけど、親はまだ“奇跡”だって思ってるんだろ? なら、やっぱり無駄じゃなかったよ」

「………」

「まあ結果的にこの外面も引きこもってたおかげの学力も役に立ってるわけだし、一石二鳥っちゃ一石二鳥だよ」

「………」


水姫は眉を下げて「夏様が良いのなら良いのですが……」と心配そうに見つめてくる。

しまった、こんなしんみりな空気にするつもりはなかったのに……。

夏は慌てて「なんでお前がそんな顔すんだよ」とその背を叩いた。


「むしろ助かってるよ、お前には」

「え?」

「……正直わからなかったんだ。ずっと外面で生きてきたから、それが当たり前になってて……自分の“素”の部分って言われても何がその“素”なのかがわからなかった」

「夏様……」


でも……お前に会ってから、お前がどんどんその“素”の部分を見つけてくれてさ。 ああ、俺って本当はこんな奴だったんだなって自分でも驚いたよ。

夏はそう言って笑う。

屈託のない、初めて聞く夏からの肯定的な言葉に、水姫は目を細める。


「……まあ、だから、今度こそ“素”の俺で、友達になれたらいいなって思うよ。アイツと」

「……そうですわね」


きっとなれますわ、夏様なら。

水姫はそう言って笑顔を咲かせた。

不意打ちなその笑顔に夏の胸はどきっと音を立てるが、はっと我に返ったと同時に後悔する。


(……水姫相手に何考えてんだ)


夏は慌てて首を振った。

中身はともかく外見は羞月閉花の如く。普段があんなだから気を抜くとつい忘れてしまうが、どこを探してもこれ程美しい人はそういないだろうと夏は素直に思う。

女優やモデルにも綺麗だと思う人はいたが、正直、水姫程じゃない。

神異の美しさ、ということだろうか。

兎にも角にも頬が熱い夏は、何とか熱を覚まそうと頬に手を当てた。なるべく、水姫を見ないように。


「あ、夏様、バスが来ましたよ」

「……」

「……夏様?」

「っ! わ、わかってる! 人来るんだからもう喋んなよっ」

「えっ」


唐突に拒絶されて水姫はショックを受ける。

夏の葛藤など知らない水姫は、先程までの肯定的な台詞はなんだったのかと夏に詰め寄る……が、夏の機嫌はなんとなく悪いままで、道中水姫とは一言も口を聞かなかった。



***


───ピコンッ。


スマートフォンのトップに「いいよ。駅に集合でいい?」と表示される。

相手は先刻まで一緒にいた少年で、その二つ返事の了承に真は悲しそうに眉を下げた。


「…………誘ったよ。これでいい?」

「ええ」


真紅の髪をした女神は満足そうに笑う。

だが、ご機嫌な女神に対して真はどこか腑に落ちない表情をしていて、それに気づいた女神はすかさず「……なぁに? なんだか不服そうね」と眉を顰めた。

真は慌てて首を振る。


「そんなんじゃないよ…」

「じゃあ何? あちきのやり方が気に食わないって言うの?」

「違う……そうじゃない、けど…」

「けど?」

「…………」


口篭る真に女神は呆れてため息をついた。


「マコ。貴方自分の意見ひとつ言えないのなら口を出すのはよしたらどう?」

「…………」

「あちきは好きなようにしているだけよ。優柔不断で意志のない貴方の為にね。わかったら余計なことはしないで、黙って言うことだけ聞いてなさい」

「…………」

「……それともまさか、今更“可哀想”だなんて思ってないでしょうね?」

「!」


真は色を失った顔を上げる。

その視線の先には笑顔ひとつない女神が在った。


「冗談よね? これまで何人手にかけてきたと思っているの。今更そんなことを思ったって無意味だし、無駄よ」

「……でも、」

「でも。だって。……貴方が口から出すのはそんな言葉ばっかり。もううんざりだわ、マコ」


またそんなことばかり口にするのなら、


「貴方も、あちきが“使って”あげましょうか」

「!」


サァっと真の顔が青くなって、即座にその首を左右に振る。

女神は満足そうに微笑んで、「いい子ね」とその頬を撫でた。


「あちきの可愛いマコ。貴方を月神にする為なら……あちきはどんな手でも使うわ」

「…………」

「だから、せめていい子でいてね? あちきを困らせないで」


女神は切れの長い目を細めて、真の顔を優しく撫でる。その瞳は愛おしいものを見るようでいて、残酷な色を纏っていた。








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